2022年のある日、アメリカの友人から「なぜあの建物を壊すのか」と尋ねられた。東京の銀座にあった、中銀カプセルタワービルのことだ。
中銀カプセルタワービルは建築家・黒川紀章(1934〜2007)が設計した集合住宅で、日本の建築運動「メタボリズム」を象徴する作品だ。生命の新陳代謝に着想を得て、時間とともに変化し適応していく都市や建築のあり方を提示した。
2025年7月10日から2026年7月12日まで、ニューヨーク近代美術館で開催中の「The Many Lives of the Nakagin Capsule Tower(中銀カプセルタワーの多様な人生)」では、1972年の竣工から2022年の解体までの50年の歴史を、そこで暮らした人々の記録とともに振り返っている。

Exhibition view of “The Many Lives of the Nakagin Capsule Tower ” at The Museum of Modern Art, New York

Exhibition view of “The Many Lives of the Nakagin Capsule Tower ” at The Museum of Modern Art, New York
中銀カプセルタワービルには140のカプセル型住戸があり、解体後は23室が保存された。同展で展示されていたそのうちの一つ、A1305室は最上階の一室だ。約10㎡というとても小さなワンルームには、ベッドやテレビ、ステレオ、電話、ユニットバスなどが機能的に組み込まれ、住居にとどまらず、オフィスや書斎、アトリエなど多用途に使えるよう設計されていた。禅窓か潜水艦を彷彿とさせる丸窓が視覚的な抜けをつくり、圧迫感を軽減している。SF的な世界観を感じさせながらも、どこか屋根裏部屋のような心地よい密度がある空間だ。

Exhibition view of “The Many Lives of the Nakagin Capsule Tower ” at The Museum of Modern Art, New York

Exhibition view of “The Many Lives of the Nakagin Capsule Tower ” at The Museum of Modern Art, New York

Exhibition view of “The Many Lives of the Nakagin Capsule Tower ” at The Museum of Modern Art, New York
一見して、50年以上前の建築とは思えないほど、その造形は今なお斬新である。そこには、1970年代の東京が抱いていた未来への夢が垣間見える。
60年代の東京オリンピックや学生運動の余韻の中、アングラ文化やファッション、シティポップなどの音楽が花開き、高度経済成長とともに急速な都市化を遂げた70年代の東京。タルコフスキーの映画「惑星ソラリス」に映る高速道路や、「ブレードランナー」に投影された都市像からも、世界が東京に近未来像を見ていたのがうかがえる。中銀カプセルタワービルは、ある種そうした期待に応えるかのような建物だ。
だが、この近未来的な都市像が、その行き着く先なのだろうか。
メタボリズムという建築運動とは何であったのか。1960年の世界デザイン会議で発表されたマニフェスト「METABOLISM/1960 都市への提案」には、次のように記されている。
「メタボリズムとは来たるべき社会の姿を、具体的に提案するグループの名称である……人間社会を、原子から大量雲にいたる宇宙の生成発展する一過程と考えているが、とくにメタボリズム(新陳代謝)という生物学上の用語を用いるのは、デザインや技術を、人間の生命力の外延と考えるからに他ならない。したがってわれわれは、歴史の新陳代謝を、自然的に受け入れるのではなく、積極的に促進させようとするものである。」
その背景には、原子レベルの現象が原爆となって都市を消滅させた戦後の現実と、欧米から輸入された近代建築を乗り越えようとする切迫した意識があった。そうした文脈が、この建物を単なるテクノ・フューチャリズム的な現象にとどまらないものにしている。

Exhibition view of “The Many Lives of the Nakagin Capsule Tower ” at The Museum of Modern Art, New York

“Nagagin Capsule Tower, Tokyo” 1970-72, Plans, elevations, sections, cutaway exonometric sketch, and signage design, Pencil and ink on transparent paper

Exhibition view of “The Many Lives of the Nakagin Capsule Tower ” at The Museum of Modern Art, New York
本来同ビルは、各カプセルを細胞のように約25年周期で交換することで、老朽化を防ぎながら都市の中で生き続けることを想定していた。しかし技術面や資金面の問題から一度も交換は実現せず、惜しまれながらも、最終的に解体を余儀なくされた。現在、カプセルは日本各地にとどまらず、世界に散らばり、こうやって新たなかたちで増殖している。
本展が焦点を当てるのは、その建築的な革新性だけではない。そこに暮らした人々の営みである。通勤者向けの住宅やセカンドハウスにとどまらず、DJブースや茶室、図書館、ギャラリーなどに利用され、創造性とコミュニティが息づく「巣」のような場所となった歴史そのものだ。都市化のなかで繰り広げられる個性的な住人たちの多様な暮らしの実践と、建物の維持費や老朽化という現実的な課題の絡み合いは、中銀タワーカプセルビルをさらに数奇な存在にしていった。

Exhibition view of “The Many Lives of the Nakagin Capsule Tower ” at The Museum of Modern Art, New York

Exhibition view of “The Many Lives of the Nakagin Capsule Tower ” at The Museum of Modern Art, New York
本展のキュレーターEvangelos Kotsioris氏は、「その奇抜な外観と、波乱に満ちた変遷の歴史という両面において、中銀カプセルタワービルは20世紀で最も際立った建築物の一つ」と評し、カプセルという個人主義的な構造が、老朽化の進行とともに逆説的に住人同士の交流を生んだ点を指摘している。給湯器が壊れれば銭湯に連れ立ち、エアコンが止まれば一つの部屋に集まった。やがて仕事帰りに飲み食いするような近所付き合いが生まれ、そうした日常の積み重ねが共同体の感覚を育んでいった。(*)
展示を見終えてまず感じたのは、時代の関心の移り変わりである。かつてのような壮大なテクノロジーの未来像よりも、いま人々が向き合っているのは、都市におけるコミュニティのあり方や、その切実な課題であると感じる。メタボリズムがそれをどこまで射程に収めていたかは別として、人間の都市生活をめぐるビジョンの探求は、世界中で、いまもなお続いている。

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