メキシコの人々にとってのミューズといえば、フリーダ・カーロだろう。
女性の肉体や精神的苦痛を赤裸々に表現しながら、同時に女性的でもあり男性的でもあるその存在は、ラテンアメリカにとどまらず、フェミニズムやクィアの文脈においても再評価され、近年ではカーロは多くのマイノリティにとってのポップアイコンとなっている。

その人気ぶりを象徴するかのように、2026年3月21日から9月12日までニューヨーク近代美術館で開催されている「Frida and Diego: The Last Dream(フリーダ・カーロとディエゴ・リベラ:最後の夢)」には、連日長蛇の列ができている。筆者が訪れたのは開始から1か月以上が経過した5月上旬だったが、それでも入場制限が設けられており、その熱狂ぶりに驚かされた。

本展は、メトロポリタン歌劇場とMoMAによる初のコラボレーション企画であり、5月から上演予定の新作オペラ「El Último Sueño de Frida y Diego」にあわせて構成されている。会場入口には、舞台・衣裳デザイナーのジョン・バウアーによる舞台模型が展示されており、空間全体にもそれに呼応した演出が施されている。

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Exhibition view of “Frida and Diego: The Last Dream” at The Museum of Modern Art, New York

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Set model for the Metropolitan Opera’s El Último Sueño de Frida y Diego, set design by John Bausor

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Exhibition view of “Frida and Diego: The Last Dream” at The Museum of Modern Art, New York

展示会場では、カーロの作品「Tree of Hope, Remain Strong(希望の樹よ、しっかりと立て」から着想を得た木のモチーフや、生涯に渡り30回以上の手術を経験したカーロの苦悩を象徴する木製のベッドフレーム、さらには療養中に自画像を描くために用いた天井の鏡などが再現されていた。

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Exhibition view of “Frida and Diego: The Last Dream” at The Museum of Modern Art, New York

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Exhibition view of “Frida and Diego: The Last Dream” at The Museum of Modern Art, New York

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Frida Kahlo, Tree of Hope, Remain Strong, Oil on hardboard,1946

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Diego Rivera, Flower Festival: Feast of Santa Anita , Encaustic on cavas, 1931

「Tree of Hope, Remain Strong(希望の樹よ、しっかりと立て)」は、太陽と月という対比的な構図の中に、手術後の痛々しい姿と、メキシコの伝統的なテワナの衣装をまとった二人のフリーダを描いた作品だ。小さな作品ながら神秘的であり、会場に入るとすぐに観る者の目を引きつける。その背後には、ディエゴ・リベラの「Flower Festival: Feast of Santa Anita(花の祭り:サンタ・アニタの祝祭)」が配置されていた。メキシコの聖金曜日に行われる花の祭りを描いたこの作品には、メキシコ先住民の文化や伝統へのリベラの関心が色濃く表れている。内省的なカーロの作品と、記念碑的なリベラの作品は対照的でありながらも、二人がパートナーとして共有した視座を浮かび上がらせる。

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Frida Kahlo, Self-Portrait on the Border Between Mexico and the United States, Oil on metal, 1932

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Frida Kahlo, Self-Portrait on the Border Between Mexico and the United States, Oil on metal, 1932

「Self-Portrait on the Border Between Mexico and the United States(メキシコとアメリカの国境線の自画像)」では、排気ガスに覆われた工業地帯にFORDと記された煙突が立ち並ぶアメリカの風景が描かれる一方で、もう片側のメキシコには、メソアメリカのピラミッドの上に太陽と月が交わり、稲妻を生む神話的な世界が広がっている。そこには偶像や頭蓋骨が配され、生と死が象徴されている。一見すると直接的なアメリカ文明批判のように見えるこの作品には、当時アメリカのデトロイト美術館に壁画を描いていたリベラへの批判も込められているという。

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Diego Rivera, Agrarian Leader Zapata, Fresco on reinforced cement in galvanized steel framework, 1931

一方、リベラの作品には、メキシコの革命家エミリアーノ・サパタを描いたものもある。農民反乱軍を率いるサパタが白馬の手綱を握り、大農場主に勝利した姿である。当時、メキシコやアメリカの新聞が彼を中傷するなかで、リベラは淡く柔らかな色彩を用いながらも、サパタを英雄として提示し、革命の象徴として描いている。

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Frida Kahlo, My grandparents, my parents, and I, Oil and tempera on zinc, 1936

カーロの母方の祖父母はメキシコの先住民とスペイン人の血を引き、父方の祖父母はドイツ生まれのハンガリー系ユダヤ人であったとされる。ナチス・ドイツがニュルンベルク法を施行した翌年、カーロは「My grandparents, my parents, and I(祖父母、父母、私)」を描き、優生思想に対する抗議の意思を示した。カーロの作品は、ベッドに横たわりながら制作されたものも多く、いずれもとても小さなサイズである。しかし、このような多様なルーツに加え、共産主義者、またバイセクシュアルでもあったカーロの鮮烈な個性と思想は、どの作品からも痛切なまでに伝わってくる。

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Exhibition view of “Frida and Diego: The Last Dream” at The Museum of Modern Art, New York

オペラは5月30日から上演され、カーロの死から3年後にあたる1957年の「死者の日」を舞台に、リベラが冥界からカーロを呼び戻すという物語が展開されるという。本展はそのプロモーション的な位置づけにあるため展示数自体は多くないが、メキシコ革命後の文化とアイデンティティの形成に大きく寄与した二人の作品は、今日ますます強い訴求力を持ち続けている。