デジタルファブリケーション技術 3D、4Dプリンティングの未来
建築・デザイン分野での「デザイン、生産、消費」におけるサステナビリティ(持続可能)が、かつてないほど重視されている。そんな今、とりわけデザインや生産に関わる建築家や建設企業はこの課題とどのように向き合っていくべきなのか。多くの企業がサステナブルな素材の活用を掲げ、環境負荷の少ない新素材への注目度が高まっている。それらの素材を活用し、デザイン性の高い製品作りを可能にするアプローチの一つとして注目されているのが、デジタルファブリケーション技術である。
この分野の可能性に、国内でいち早く着目し、今もこの分野のトップランナーであるのが、慶応義塾大学の田中浩也教授だ。田中氏によれば、建築3Dプリントと別のテクノロジーを組み合わせることで、増大するワーケーション需要に応えられるような施設や居住環境を創出するなど、新たな市場を開拓することも可能だと提唱する。今回は、そんな田中教授が率いる慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)田中浩也研究室と東京都港区にある水辺の複合施設・ウォーターズ竹芝が連携し、東京の水辺空間に「新しい庭」を創る取り組みの第一弾「みらい作庭記-2021 Winter-」での学びやデジタル・ファブリケーション、3D / 4Dプリンティングの可能性、今後の取り組みなどについて話を伺った。
慶應義塾大学SFC田中浩也研究室について
2005年からデザイン工学の研究室として発足した田中浩也研究室では、2010年ごろより本格的に3D / 4Dプリンティングの技術開発を開始。現在では、所属約30名弱の学生が、ほぼ全員「ひとり1台」の3Dプリンタを自宅に所有し、テクノロジーとデザインの融合からなる新領域デザインを開拓している。これまでにVuild、Nature Architects、 SEKISAI、 Byte Bitesなど多数のデザインテック・ベンチャー、起業家を継続的に輩出してきた。 東京2020オリンピック・パラリンピックでは、リサイクルプラスチックを用いた3Dプリント表彰台98台の製造設計を担当した。
伊藤: デザイン工学(エンジニアリング)の視点から、 デジタル・ファブリケーションや3D/4Dプリンティングの可能性に着目し、ものの寿命を適切に制御・更新する設計手法の可能性等を研究している、田中浩也研究室の特徴を教えてください。
田中浩也: 約10年にわたって3Dプリンティングの研究を行ってきましたが、現在では試作だけではなく最終製品をつくれるところまで来ました。2021年現在、3D/4Dプリンティングの技術開発は、ソフトウェア、ハードウェアの研究が一定の成熟を見せており、今後大きく価値を生む鍵は「マテリアル」であると考えられます。特に、リサイクルプラスチック、バイオマスプラスチック、生分解性プラスチックのような、環境負荷の少ない新素材が次々に登場しており、そのようなマテリアルの特徴を生かしたプロダクトを制作しながら、3Dプリンタを核として新たな資源循環系を構築するようなデザインを「環デザイン」と名付け、実践・方法論化・体系化・理論化を推し進めようとしています。東京2020オリンピック・パラリンピックでは、リサイクルプラスチックを用いた表彰台の製造設計を務めましたが、そこで掴んだ方法論を「レガシー」として、市民社会に定着させていきたいとも考えています。
伊藤: 2021年12月8日(水)から2021年12月14日(火)まで、ウォーターズ竹芝にて開催されたオンライン・オフラインイベント「みらい作庭記-2021 Winter-」について、どのような経緯があってとり組むことになったのか、またこの取り組みを通じてこのプロジェクトではどんな循環を生み出したいと考えていたのでしょうか?
田中浩也: JR東日本(ウォーターズ竹芝)よりお誘いを受け、施設の特徴である「東京都心の水辺空間」に新たな魅力を創出すべく、研究室で制作を続けていた構造体を第一弾として展示させていただきました。今回は、寒い冬の時間でも子供たちが元気に走り回り、自然とからだが動かせるような「遊具」を制作・設置しています(※特に循環のコンセプトは含められていません)。
来年以降、この取り組みを続けていく中では、リサイクルプラスチック、バイオマスプラスチック、生分解性プラスチックのような新素材を取り込んでいけたらと考えており、また可能であれば、都市における生態系の再生(リジェネレーション)にも繋げられたらと考えています。
伊藤: 3Dプリンタで制作した特殊な構造体や遊具への人々の反応から、今後どんな取り組みが考えられると感じましたか?
田中浩也: コロナを経て、公園や広場に集まる人々の層は確実に多様化しました。子供、高校生から大人、高齢者まで。犬の散歩に来られる方もいれば、サイクリングの途中に休憩に来る人もいる。そこでの過ごし方は、まさに千差万別です。コロナの状況が落ち着けば、観光客も再びここに混ざり始めるでしょう。
今回の3Dプリンタ遊具は、どんな世代にとっても「はじめて見る未知の物体」でしたので、眼に留めたあらゆる世代の方が「なんだろう?」と不思議に思い、実際に触れたり動かしたりしながら楽しんでくれました。同時に、子供は無条件に未知の物体とふれあい、純粋に楽しんでくれていたと思います。
こうした経験を経て、今後続けていくべきは、バイオマスプラスチック、生分解性プラスチックのような地球環境への配慮を進めつつも、同時に「新しいパブリックスぺース」を構成していくようなものづくり・場づくりの研究であると思っています。住民参加型で、地域とともにつくりあげていくような新しい仕組みを、デジタル空間を交えながら進めていくことも大切です。研究室で蓄積してきた、大型3Dプリンティング技術(1メートルから最大30メートルまで)を応用するもっとも重要な領域が発見できたという、確かな手ごたえを得ました。
伊藤: 今後より多くの場所で3D / 4Dプリンティング技術が使われていくために、今一番課題となっていることはどんなことなのでしょうか?
田中浩也: 最大の課題は品質と基準の担保です。常設物として屋外に置かれるもの、遊具などには高い品質基準(強度、対候性など)が定められています。このことが怪我や事故をおこさないように安全を守っている一方で、基準をクリアした遊具しか設置できないことは、風景の画一化につながり、日本中の広場や公園に同じような遊具しか見られない光景が広がってしまっています。かつて、ドラえもんに描かれていたような「土管」がそのまま公園に転がっていて、それを使ってかくれんぼができる、といった牧歌的な時代はすでに過ぎてしまいました。ここから、どうするかが今問われていると感じています。
伊藤: では、この現状に対し今後どのような取り組みを考えているのでしょうか?
田中浩也: 3D / 4Dプリンティング技術で物を「作っていく」側は、これからも、これまでと同じように、人に怪我をさせない、安全を担保するものづくりの意識をもたなければいけません。強度試験や対候性試験としったテストも、研究室の別のプロジェクトではすでに行っているのですが、しっかり行っていきたいと思っています。他方、3D / 4Dプリンティングでつくられたものを「使われる方」には、これが仮設のものや実験である限りにおいては、こうした背景を理解して、ものと人とまちとのよりよい、新しい関係を探索することに一緒に参加していただきたく思っています。大切なのは、あたらしいものを「育てる」感覚や、共同で「使い方・扱い方をつくる」感覚なのだろうと思います。作る側、使う側、運営管理する側、の信頼関係を構築していくことが、これから、3D / 4Dプリンティング技術が社会に広がっていく際の最大の鍵となるのではと考えています。「まち」と「もの」と「ひと」との本来あるべき関係性を再構築していくのです。
3Dプリンタに関して、日本は出遅れているというイメージが強いが、こうした社会での実装が増えることで今後まだまだ可能性があるのではないかと感じた。この分野の第一線を走り続ける田中浩也研究室の取り組みに今後も注目したい。
慶應義塾大学SFC田中浩也研究室 INFO
URL | http://fab.sfc.keio.ac.jp/ |
@4Dfab_lab | |
YouTube | Hiroya Tanaka |