衰退した日本の地域社会を活性化するために建築が果たす役割を検証
今回はニュージーランドやカリフォルニア、オランダ、日本といった様々な国で建築について学ばれているナンシー・ジー(Nancy Ji)さんに日本の建築やコミュニティデザインについてお話を伺いました。
ナンシーさんのインスタグラム
ナンシーさんは中国に生まれて、子供のときにニュージーランドに家族と移住。ニュージーランドのオークランド大学の建築学科で3年間学び、その内の1年間はカルフォルニアのバークレー大学へ留学。その後オーストラリアのメルボルン大学の建築学科の修士課程を修了。メルボルン大学で学んでいる間、オランダのデルフト工科大学へも一学期の間通い、日本へも二度渡ってAtelier Bow Wowや隈研吾建築都市設計事務所へ夏季インターンに訪れています。
メルボルン大学修了後は建築事務所(ベイツ・スマート・アーキテクツ)で、主に集合住宅や商業施設のプロジェクトに携わり、2019年から慶應大学の博士課程に在籍中。2021年1月に瀬戸内海の上島に移り、現在はしまなみエリアの空き家や地域再生についての調査やフィールドワークを行なっています(2022年3月まで調査予定)。
また、2015年からメルボルン大学で授業を持っており、現在は日本からリモートで「Studio Japan」という日本をベースにしたオンライン授業をしています。「Studio Japan」は彼女がオリジナルのシラバスを書いて学生に日本の地方を紹介し、地域の活性化につながるような新しいデザインや提案をしてもらうというものです。これらのプロジェクトは学生の提案が実現されるわけではありませんが、学生の作品を日本で展示することで、海外の学生たちと地元の人々との交流を図っています。
山本:日本での研究についてもう少し詳しくお伺いしてもいいでしょうか。
ナンシー:私の日本での博士課程の研究は、地方の活性化に関するもので、衰退した日本の地域社会を活性化するために建築が果たす役割を検証しています。最初は建築家が設計したプロジェクトや直島などの有名な事例を研究していましたが、観光客を集める美術館だけでなく、古い家屋を改造した小さなカフェやゲストハウス、ショップなども、その土地柄を反映しており、研究価値があることに気づきました。その多くは、都市から地方への移住者が、さらに地方の奥地へと移り住んで事業を始めたものです。そこで私は、このような小規模なプロジェクトが、日本の地域「再」活性化にどのような役割を果たすことができるのかに焦点を当て、研究を再開しました。特に、空き家をどのように再利用しているのか、また、DIYなどのプロセスを通じて、誰がどのように地域住民や市民を巻き込んでいるのかなど、その変容の過程を見ています。
山本:ナンシーさんから見た日本のDIYカルチャーやコミュニティデザインの特徴や面白さはなんでしょうか?
ナンシー:日本のDIYは空き家の再生が多く、木造建築、畳、床の間、土壁など伝統的な方法で建てられた古い日本家屋を、現代のライフスタイルや考え方に合わせてアップデートしているのがとても興味深いです。
DIYのプロセスも様々ですが、特に興味深いのは、尾道の迷宮堂のように、多様な人々が集まって共通のプロジェクトを行うものです。この人々がどのように集まり、何を動機としてボランティア活動を行うのか、DIYの社会的利益を明らかにするものとして興味深いものです。朝からラジオ体操をするなど、日本特有の習慣を見るのも楽しいですね。
そこに参加している人の多くが素人や若者であり、彼らは「一つの会社に一生勤め上げ、マイホームを買う」という、日本の前世代で一般的とされるサラリーマン的な生き方とは異なるオルタナティブな生き方を指向していて、そこから日本の若者の意識の変化や新しい考え方が理解できるような気がします。
例えば、迷宮堂でボランティアをしている高校を卒業したばかりの若者は、普通の9時5時通勤の仕事に魅力が感じられず、将来自分で家を立てるために迷宮堂をはじめとした様々なプロジェクトや場所を手伝うことでスキルを身につけていると言っていました。
迷宮堂の改修に参加するナンシーさん。迷宮堂のインスタグラムより
山本:海外では日本のようにDIYとコミュニティスペース作りに密接なつながりがあるケースは見られるのでしょうか?
ナンシー:私たちには同じ通りに住む近所の人たちと一緒に野菜を育て、畑を管理するコミュニティガーデンなどがありますが、迷宮堂のように長期間にわたってボランティアの人たちがコミュニティスペースづくりに参加しているケースはあまり見かけません。
私が今まで見てきた日本のDIY事例は今のところ個人宅がほとんどなのですが、だからこそ日本の事例は非常に興味深いです。
おそらく、そこではDIYの効果はスペースを形作るというよりもコミュニティや内輪の結束を高めることに発揮されており、友人や家族、近所の人たちなどを集めてワーキング・ビー(Working Bees: 友人や家族、所属コミュニティの人々などがボランティアで集まって共同作業を行うことを意味するオーストラリアやニュージーランドで使われる言葉)を開催することがよくあります。
山本:DIYカルチャーやコミュニティデザインについて、日本と海外で特徴的な違いはあるでしょうか?
ナンシー:ニュージーランドのDIYは、父親が週末にホームセンターへ行って日曜大工を行うことを主に意味しており、屋外デッキや庭のプランターなどの小さな増築をするといった内容が一般的です。
日本と違いニュージーランドでは不動産価値が現在も上がり続けているため、不動産への執着や家を持つことへの憧れや誇りが強くあります。また、家の改築を紹介する番組も多く、リアリティ番組のコンテンツとして人気です。
日本のDIY文化は、特に郊外に家を持つ中高年層の間で広く浸透しており、都会の真ん中、特にマンションに住んでいるとDIYは難しいように思われます。
山本:日本のDIYカルチャーやコミュニティデザインにおいて、昔ながらの木造建築の改修のしやすさやフレキシビリティが多様なスペースの創造を活性化させている要因の一つになっているのではないかと私は考えていますが、その一方でアパートメントのような日本の一般的な賃貸住宅では現状復帰などの規約が厳しく、壁にピンを刺すことすらできない場合があり、人々が気軽にDIYを行えるとは言い難い環境です。Nancyさんの言う通りその傾向は都市部に行くにつれてより顕著になります。そのような制約があるからこそ、空き家や古民家を利用してコミュニティスペースを作る際に、DIYに興味を抱いている人々が集まりやすくなり、みんなでスペースを作り上げていく風潮が生まれているという側面もあるように私は感じています。
ナンシー:はい、私もそう思います!襖や間仕切りなどの動かせる非構造壁で部屋が分けられているので、簡単に間取りを変えられますよね。
私は今、古民家がどのように利用され、その機能が変化しているのかという事例を集めているところです。ゲストハウス、カフェ、アトリエは、空き家を改造する際によく見られる事例で、誰でも気軽に訪れることができます。それらは都市部でも地方でも見られますが、大都市中心部以外の方が断然種類が多いように見受けられます。観光客や旅行者、特に外国人からは伝統的なものに触れられる点が高く評価されています。
山本:海外(特に欧米文化圏)の建物といえば石や煉瓦、コンクリートなどでできているため、家の構造体をDIYで変えることは難しく、その一方で内装(水道・建具などの屋内インフラの整備、家具の制作や壁の塗装など)を自分で行うDIYカルチャーは日本より盛んだという印象を私は抱いています。ナンシーさんから見て海外の若者世代はどのくらいDIYに興味を持っているように見えるでしょうか?
ナンシー:ええ、その通り、(欧米圏の)ホームセンターはとても大きく、子供用品から家や庭のDIY用品まで揃い、週末は多くの人で賑わいます。DIYは週末の趣味として馴染みあるものです。おそらく、日本の家には庭がついていなかったり、あっても小さかったりすることが多いのに対し、オーストラリアやニュージーランドの家には広い土地や庭がついていることが多く、メンテナンスの必要性があるという側面が、この違いを生んでいるのではないかと思います。
また、私の父や私の友達の父親の多くが、自分の工具や工具を置いたり作業をしたりするための小屋(ガレージ)を持っています。私が思うに、スペースの有無とDIYには相関があり、都市部に住んでいる人は工具を置いたり作業をしたりするための十分なスペースがないため、DIYがなかなかできないのでしょう。
DIYとして一般的に行われているのは、インテリア装飾、修理やメンテナンス、柵の設置や家庭菜園、通路の舗装など、家の改修に属する内容が主です。配管や設備はプロに任せるのが普通で、電気も同じです。そういったDIY活動は自己表現の一環であり、アイデンティティーの創造でもあります。私も、父が郵便受けを作ってくれたことが記憶に残っています。
また、中には、家を転売することを目的として、本格的に取り組んでいる人々もいます。
山本:海外では住宅価格の上昇や家不足が深刻な国も多いみたいですね。私がしばらく住んでいたドイツのベルリンでも、難民受け入れの影響もあって住居不足が深刻で、滞在先がなかなか見つからず、住人が入れ替わるたびに家賃が上昇していく状況を目の当たりにしました。しかし、そのような状況も都市部と地方ではまた異なってくると思います。
特に日本では都市部に人口が集中した結果、都市部の地価や家賃が異常に高いのに対し、地方では過疎化や空き家の増加が問題になっています。
ナンシーさんが知っている他の国でも、このような地方の空き家の増加は起きているのでしょうか?
ナンシー: オーストラリアやニュージーランドの場合、過疎化による空き家は多くありませんが、他の要因で空き家率が高くなっています。イタリアの小さな村などヨーロッパの田舎では、大都市に人が移り住んだ結果、家が安売りされるようになっている点が日本と似ていますね。ニュージーランドでは、「ゴーストハウス」と呼ばれる不動産がありますが、これは、誰も住んでいないのではなく、オーナーが投資の一環として購入し、テナントの管理をせずに不動産の価値が上がるのを待つために、意図的に空き家にしている物件のことを指します。また、空き家のまま放置されている別荘も少なくありません。
コロナ禍で加速した在宅勤務者の増加により、都心に通勤・居住しなくても同等の収入が得られることから、都心以外の地域への移住に関心が高まっています。オーストラリアやニュージーランドでは、郊外や地方で住宅価格が上昇し、都市化の流れが逆転しています。日本の地方にも同じような影響が及ぶかどうか、興味深いところです。
山本:少し前まで、日本ではマイホームを持つということはローンを組んで新築の家を建てる、もしくは新築の建売住宅を購入するということを意味していましたが、空き家の増加や日本人の低所得化など様々な要因により、新築にこだわらず中古物件を購入してリフォームやリノベーションを行う人が増えました。特に地方では空き家の増加によってタダ同然の格安物件が手に入ることも珍しくなく、その状況をチャンスとして捉え、マイホームや自分の店を持つなど自分なりのスペースを作るという夢や目的を実現するために、地価の上昇し続ける都市部から地価の低い地方へと移住する人も増えています。
またその背景には、日本の停滞する経済と改善されない労働条件を鑑みて、ローンや劣悪な労働環境に縛られてまで土地や建物などの資産を手に入れるよりも、お金のかからない生活環境を整えて、低所得でも充実した人生を送ることを志向する人々が増えてきているという側面もあるのでしょう。
日本人ではないナンシーさんの視点から見て、日本のこの停滞的な状況と、そこから生まれている非資本主義的な志向は、他の国とも類似する傾向でしょうか、それとも日本独特の状況でしょうか?
ナンシー:オーストラリアとニュージーランドでは、マイホーム、特に最初の家を購入するためにローンを組むことは一般的です。通常は建て売り住宅ですが、アパートやタウンハウスなどの「Bought off the plan (青田売り)」、つまり、物件が建築される前に購入し、物件が建築されてから引き渡される場合もあります。また日本と同様に、住宅価格の高騰とそれに見合った賃金の上昇がないため、マイホームを持つことが難しくなっています。オーストラリアでは、古い住宅の価格が必ずしも低くなく、新築ではなく中古物件を購入するのが一般的で、これは日本で一般的な「スクラップ&ビルド」の価値観とは異なる点です。ただし、日本の状況は特別なことではなく、例えば中国を含む各地の農村部では、都市生活を捨てて、より持続可能で自給自足的なライフスタイルを送る人々の例があり、今でもかなり安く土地と家を購入することができます。またオーストラリアやニュージーランドの田舎町でも、住民を呼び込もうとしているところがあります。例えば、ニュージーランドのクルーサ地区の小さな町、カイタンガータがそれにあたります。
山本:最後に、Nancyが今まで見てきた日本の建物の活用事例やコミュニティスペースのなかで特に興味深かったものをいくつか紹介していただけませんでしょうか?
ナンシー:はい、私が今いるしまなみエリアには興味深いプロジェクトがたくさんあります。
例えば尾道の向島にある「そらのき」では若い女性がクラウドファウンディングでお金を集めて空き家を改修し、洋服のお店兼工房として活用しています。また、お店の横には泊まれる場所やレンタルスペースもあり、彼女がいる下の階では料理教室など様々な興味深いイベントが催されています。
私が住んでいる愛媛県の佐島にある「book cafe okappa」は、使われなくなった保育所を改修して地域のカフェになった場所です。東京から移住してきた二人の若い女性がDIYでリノベーションを行い、今では観光客や島の人たちがよく訪れるカフェとして、またコミュニティスペースとして愛されています。
生口島では、オーナーが若い人に1年間無料で家を貸すシェアハウスを想定した「0円ハウス」というプロジェクトが進行中で、料金も0円にしようとしており、バイオトイレなども設置されているそうです。
岡山では、元病院を改装したワーク&アートスペース「牛窓テレモーク」が多目的に利用されています。
私が今まで訪ねてきた様々なスペースやプロジェクトは、私のインスタグラムrural_fieldnotesからご覧になれます。
山本:インタビューにお答えいただきありがとうございました。ナンシーさんの論文が完成して拝読できる日を楽しみにしております。
ナンシー:ありがとうございます。