イラク系ドイツ人アーティストのリン・メイ・サイードによる個展
西ベルリンに位置するGeorg Kolbe Museumではイラク系ドイツ人アーティストのリン・メイ・サイード(Lin May Saeed)、「パラダイスに雪はゆっくりと降る("The Snow Falls Slowly in Paradise”」を来年2024年2月25日まで開催する。Saeedの出身国、ドイツの美術館での初展覧会。動物と人間との共存、動物の権利(Animal rights)、動物の被支配と解放をテーマに非伝統的な素材を用いて作品を展開する。様々な表現方法を用いて御伽噺調に語りかける作品群は時にユーモラスでまた古くて新しい物語でもある。
Saeedが作品に用いた素材は幅広い。ブロンズ、油絵、紙、レディメイド、木材、発泡スチロール、布。これはアーティストのとしての器を示すだろう。ありとあらゆる手法を駆使してテーマは少しずつ作品の音調が違うのだ。中でもSaeedの代表的な作品である”発泡スチロール”を用いた作品は観覧者になんとも言えない不思議な印象を与える。
一般的に発泡スチロールは捨てられていく運命にある梱包の素材。それをあえて作品に加えているというSaeedの意図が垣間見れる。複雑に絡み合った人間と自然の関係を皮肉にも切り込み形を掘り出していく。 アクリルペイントで彩色されたサーフェスはファンタジー的な優しい印象を残すパステルカラー。一見柔らかく繊細な印象を受ける作品群はSaeedの強い信念を巧みに織り込み、秘めた強い想いを感じる。
発泡スチロールというものは自然に返らないらしい。いつまでも残る厄介な素材である。自然分解できない、どうしようもない素材を人間が作り出し、消費する。Saeedはあえてその素材を美しいものへ変換することで私たちに訴えかける。私たちは動物や自然とどう共存できるのか ?— メインルームに設置された彫刻はまるで正面から動物たちが突進してくるかの様 (Installation View1)。
彩色の色によって発泡スチロールの見え方も変わる。ある作品は石の様に見えたりしてローマ帝国の石のレリーフを思い出した(発泡スチロールは本当に色々変化するんだ)。花や人間も描写はリアリティーを追わない。シンボルとして存在し、幼児的表現は私たちにダイレクトな印象を与え、さらに親近感を持つ。繊細な描写もまるで壊れてしまうのではないかと思う様な部分も。それとは反対にザクザク、ダイナミックに彫りカットされた部分や、魚屋でみる発泡スチロールの箱を連想させる。 素材の繊細さとその裏腹の強いメッセージは美術館全体に、こだまする。
惜しくも、Saeedは自らのオープニングに参加することなく、若くしてこの世を去ってしまった。後2週間生きながらえていたら・・・。
生前、本人と親しかった友人から、口伝いに訃報を聞いた。長い闘病生活の末、この世界の幕を静かに下ろした。私も、お会いできそうだったのだが、それは叶わなかった。
Saeed自身も最後の最後まで何度も美術館に足を運び、微調整やアイデア提供を怠ることがなかったという。
私は作品を通じて彼女のエッセンスの様な人間性がしみじみと伝わってくるような感じがした。
とても真っ直ぐで真摯に動物に向き合ったSaeedの想いが作品から溢れ出し、そして少し悲しくも感じたが、これからも作品達が彼女の意思を語り、私たちのフィルターを通じて物語として、心の中に存在することに違いない。
「パラダイスに雪はゆっくりと降る」概要
会期 | 2023年9月14日(木)~2024年2月25日(日) |
時間 | 11:00 - 18:00 |
休館日 | 木曜日 |
会場 | Georg Kolb Museum Sensburger Allee 25 14055 Berlin |
入場料 | 8ユーロ、18歳まで無料 |
URL | https://georg-kolbe-museum.de/ |