尾道市立美術館と尾道旧市街斜面地にある三つの会場で開催

マレーシア出身のアーティスト、シュシ・スライマンの尾道での10年間にわたる創作活動を展示した展覧会「ニューランドスカップ(NEW LANDSKAP)」が9月16日から11月12日にかけて、尾道市立美術館と尾道旧市街斜面地にある三つの会場で開催されています。

展覧会のタイトルに使用されている「LANDSKAP」という言葉はマレー語で「風景」を意味しますが、アーティストの想像力は文化的な基層にも及び、「LANDSKAP」は視覚的な要素だけでなく、場の来歴、さらに場に潜在する不可視なエネルギーも包括したものとなっています。

本展覧会は、アーティストと一棟のごくありふれた廃墟の出会いから始まったプロジェクトの深さと広がりを、尾道市立美術館の空間と再生された廃屋の両方で同時に見ることができる絶好の機会となります。

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尾道旧市街斜面地(山手地区)にある会場の一つであるシドラハウス。シュシ・スライマンの尾道でのプロジェクトはここにあった元八百屋の二軒長屋の廃屋から始まった。二軒長屋の東側の棟は損傷が激しかったため解体し、マレーシアや日本の植物が植えられた庭園にマレーシアと日本に関する本が収蔵された書架が設置され、森の図書館へと生まれ変わっている。西側の棟は職人達によって梁や柱の修復が行われ、ワークショップを交えながら伝統的な工法による屋根や壁などのリノベーションが行われていった。正面にはマレーシアから職人を招いて作られたマレーシア様式のバルコニーが接続されている。

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尾道市立美術館に設営されたアーカイブルーム。シュシはシドラハウスの改修にあたり、廃屋に属するものは何も捨てないという約束事を作った。撤去された瓦や、地面に埋もれていた釘やボタンの一つまで、遺跡を発掘調査するかのように廃屋にあったものは細かく収集・分類され、アーカイブシートに記録されていった。このアーカイブルームにはそうして集められたものが並べられている。

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尾道市立美術館の展望室に展示されている、アーティスト杉井隼人による廃屋から出てきた木材を再利用して制作された椅子の数々。手前のベンチはシュシが尾道の斜面地を歩く人々が休憩する場所を作りたいと考え、NPO法人尾道空き家再生プロジェクトのメンバーと共に廃材を利用して制作したもの。この他にも、美術館のDirt Room(泥の部屋)には、壁・屋根・地面などから出てきたさまざまな土と共に、そうした土を再利用して陶芸作家と共に作ったカップやレンガなども展示されている。また、別会場の光明寺会館では瓦を細かく砕いて顔料や絵の具を作るワークショップも行われており、さまざまな形でシドラハウスから出てきた廃材が再利用されているのを見ることができる。

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美術館のKawara Room(瓦の部屋)で説明を行うシュシ・スライマン。瓦の部屋では、尾道旧市街地から集められた千枚ほどの瓦で構成されたインスタレーションと詩が展示されている。膨大な数の瓦は尾道市立大学の学生たちの協力によって運び込まれ、NPO法人尾道空き家再生プロジェクトのメンバーによって設置された。また、美術館のForest Pillar(柱の森)と名付けられた部屋には取り壊された建物から集められた柱が林立するインスタレーションが展開されており、アーカイブを中心とした作品だけでなく、感覚全てを使って鑑賞する体感型の作品も展示されている。

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尾道市立美術館の正面外壁のガラスとコンクリートの面に対して建てられた、尾道の典型的な木造アパートの表面。取り壊された松谷アパートの材料を中心に再構成されたこの大規模なインスタレーションは、尾道の職人の方々の協力によって実現したもの。このプロジェクトにおいて職人やアーティスト、尾道空き家再生プロジェクトのメンバー、学生達など、シュシとサポーターとの関係は互いに影響を与え合うものであり、シュシは感謝を込めて「この展覧会は彼らとのコラボレーションによって実現したもの」だと説明する。

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美術館のRe-visit History(文化の基層へ)と名付けられた部屋には、歴史的資料や縄文文化に関する資料などが村田家と尾道市立美術館学芸員の梅林信二らの協力により展示されている。これらの資料は、シドラハウスの前身となった元八百屋の建物の大家である村田家の先祖であり、尾道市の文化人・歴史研究者であった村田四郎にまつわるものを中心として集められている。中央の黒いボックスには村田四郎が尾道の遺跡で発掘した縄文人の骨が展示されており、発掘後京都大学で保管されていたこの縄文人の骨が尾道に戻ってくるのは約97年ぶりとなる。シュシはこのプロジェクトの初期の段階から東南アジアとの「文化的DNA」を共有していると推測される縄文人の存在に注目していた。村田四郎という存在を介してシドラハウスと尾道と縄文がダイレクトに繋がったことにシュシは霊的な導きを感じており、振り返るとそうした出来事の連鎖は「兆し」(マレー語でペタンダ)として現前していたのだと述べている。

『私の思考の中で、風景は、さまざまな断片を目にすることによってかたちづくられてきた。この展覧会は、そうした視覚的な断片を新しい視点から読み直すために開かれる。

尾道の風景の美しさ、とりわけ山手地区でこの10年のあいだに経験してきたことは、私の思考や感覚にひそむ「フラクタルなもの」、つまり何かしら断片化されたもの、バラバラになったものを理解する上で影響を与えている。』 ー 美術館の入り口に印字された文章より

シュシ・スライマンのプロジェクトはまだ終わっておらず、この展覧会は尾道での10年間にわたる彼女の創作活動の成果報告でもあり、途中経過報告でもあると言えるでしょう。

彼女が尾道で見出すさまざまな断片がこれからどう連鎖していき、何を引き起こしていくのか、計り知れない大きな可能性を秘めています。

美術館のミュージアムショップには、シュシ・スライマンの尾道での創作活動とプロジェクトの経緯について詳細に書かれた図録が販売されているので、より詳しく知りたい方はぜひ図録をお求めください。

シュシ・スライマン / Shooshie Sulaiman プロフィール

1973年マレーシア、ムアール生まれ。1996年マラ技術大学にて美術学士号取得。その後マレーシア国立美術館のYoung Contemporaries Awardを受賞し、ドクメンタ12(2007)、アジア太平洋現代美術トリエンナーレ(2009)、光州ビエンナーレ(2014)、シンガポール・ビエンナーレ(2011、2022)に参加するなど国際的に活躍。

日本では1998年に茨城のアーカスプロジェクトに参加したほか、「エモーショナル・ドローイング」(東京国立近代美術館/京都国立近代美術館、2008)、「サンシャワー:東南アジアの現代美術展 1980年代から現在まで」(国立新美術館/森美術館、東京、2017)、同年ヨコハマトリエンナーレ2017「島と星座とガラパゴス」(横浜新美術館、神奈川)の出展で知られ、また、2013年から「AIR Onomichi」に継続して参加。主な個展に「Sulaiman itu Melayu/ Sulaiman was Malay」(小山登美夫ギャラリーシンガポール、2013)、「Malay Mawar」(カディスト美術財団、パリ、2016)、「Main Getah/Rubberscape」(Museum MACAN Children’s Art Space、ジャカルタ、2019)、「赤道の伝承」(小山登美夫ギャラリー、東京、2021)、「fake M.」(小山登美夫ギャラリー、東京、2023)など。

「NEW LANDSKAP」展概要

会期2023年9月16日(土)~11月12日(日)
時間9:00~17:00(入館は16:30まで。10月7日のみ20:00まで開館)
別会場の光明寺會館、シドラハウス、書斎(ライティングスタジオ)は会期中の土日祝日の11:00~17:00のみオープン。入場無料。
休館日月曜日休館(10/9日の祝日は開館)
会場尾道市立美術館 尾道市西土堂町17-19 千光寺公園内
別会場光明寺會館 尾道市東土堂町 2-1
シドラハウス 尾道市西土堂町 13-38
書斎(ライティングスタジオ) 尾道市西土堂町10
観覧料一般 800円、学生 550円、中学生以下無料
URLhttps://bit.ly/3rDrh2f