建築家・隈研吾の原点を知るための一冊
青幻舎は、現代日本を代表する建築家の一人である隈研吾のその原点と呼べる町、高知県・梼原(ゆすはら)町での30年に渡る歩みを隈自身による語りと写真家・瀧本幹也が切り取った梼原の隈建築群の写真で辿る写真文集『隈研吾 はじまりの物語~ゆすはらが教えてくれたこと~』を2021年6月下旬に刊行する。
2000年代以降、木材は隈研吾の建築において主要な素材となっており、柱や梁といった構造、パネル板や薄いルーバー(羽板)といった装飾など、その使い方は縦横無尽。だが、隈が木材を使うことになったきっかけに高知県・梼原(ゆすはら)町との出合いがあったことはあまり知られていない。90年代にバブルがはじけて、東京の仕事がすべてキャンセルされた時に隈は梼原と出合い、そこではじめて町からのリクエストに応える形で木材を使い始めることになった。
本書では、隈がはじめて木造を用いた建築となる「雲の上のホテル」をはじめ、「梼原町総合庁舎」「雲の上のギャラリー」「まちの駅『ゆすはら』」「雲の上の図書館/ YURURI ゆすはら」の、梼原町にある5つの隈建築を年代順に紹介し、隈が続けてきた木材の実験的な試みと進化を辿る。
時に新しい長が前任者の仕事に反発し、継承されないこともある行政での仕事にもかかわらず、梼原町では歴代の町長が建築を大事にし、隈は約30年に度り、街づくりに携わることができた。この経験が後の国立競技場や歌舞伎座を始めとする、場所に根付いた建築を作る過程で生かされたと、隈は述懐する。本書に収録されている梼原の隈建築群の写真は、主に広告写真やCMの世界で活躍しながら、『Le Corbusier』(2017)など建築写真の評価も高い写真家・瀧本幹也が撮影した。瀧本が直感的に隈建築に合うと感じた硬質な光によって、情緒を排して切り取られた写真は、梼原の建築が持つ木の質感を見事に捉えており、隈も「本書の写真はその陰影を巧みに捉え、木という物質の本質を捉えている」と語る。
2011年の東日本大震災を経て、新型コロナウイルスのパンデミックを経験し、隈が提唱する、いわゆる「負ける建築」によって社会と繋がり、共同体のあり方を捉えなおす建築観が重要さを増している。本書は、1964年東京オリンピックをきっかけに建築を志した隈が、新しい未来の可能性を見出す端緒となった小さな町とそこに住む人々の営みとの出合いの物語である。
隈研吾 プロフィール
建築家。1954年生まれ。東京大学建築学科大学院修了。コロンビア大学客員研究員を経て、1990年隈研吾建築都市設計事務所設立。東京大学教授を経て、現在、東京大学特別教授・名誉教授。 1964年東京オリンピック時に見た丹下健三の国立屋内総合競技場に衝撃を受け、幼少期より建築家を目指す。その土地の環境、文化に溶け込む建築を目指し、ヒューマンスケールのやさしく、やわらかなデザインを提案。また、コンクリートや鉄に代わる新しい素材の探求を通じて、工業化社会の後の建築のあり方を追求している。これまで20カ国を超す国々で建築を設計し、日本建築学会賞、毎日芸術賞、芸術選奨文部科学大臣賞 、国際木の建築賞(フィンランド)、国際石の建築賞(イタリア)等、受賞多数。
瀧本幹也 プロフィール
写真家。1974年生まれ。建築写真にかぎらず広告写真のフィールドで、ポートレート、静物など、さまざまな被写体と向き合う。そうした豊富な経験と卓越した技術のもと、独自の視点で捉えられる建築写真は高い評価を得る。代表作に『BAUHAUS DESSAU』(2005)『Le Corbusier』(2017)『LAND SPACE』(2013)など。映画では『そして父になる』『海街diary』『三度目の殺人』の撮影を担当。