アートがホテルの未来を変える。サステイナブルな未来を見据えたリノベーション「アートホテル」の街づくり

オリンピック・パラリンピックを見据えた建築ラッシュから第三次ホテルブーム到来とも言われているホテル業界だが、オリンピック終了後に供給過多になるのではないか、との心配の声がある。更には、コロナ禍も重なって当分の間、インバウンドの旅行客を見込めない今、供給過剰の状況はしばらく続きそうだ。また、民泊が解禁され、グランピングやオーベルジュなど他業種からの参入も増え、今後は更に競争が激しくなることが予想される。そのようなホテル業界で生き残っていくには、訪れる人を惹きつける「何か」が必要だ。そこで、近年各地でオープンが続く、テーマを設けて差別化を図ったアートホテルに注目してみた。その中でも、街のランドマーク的な建物をリノベーションして新たな街づくりの拠点となるようなハブへと生まれ変わらせた、リノベーションホテルを紹介していきたい。アートで人々が繋がり、地域を活性化させていく。今後のホテルに求められるものは何なのか、新しいホテルの価値やあり方を探っていきたい。

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「Nazuna 京都 椿通」路地

SHIROIYA HOTEL

まず、ご紹介したいのが、群馬県前橋の「SHIROIYA HOTEL」。創業300年の旅館「白井屋」をリノベーションして2020年12月にリニューアルオープンした。世界的建築家、藤本壮介によるインパクトのあるデザインは、見る人の残像に残る。既存の建物と地形を活用し、新しいアートとの融合で、地域交流の場として蘇らせた、最も旬な例である。既存の旅館建物裏にある機能的な煙突。これに更に塔を追加して際立たせ、元々存在していた地形と連動させることで新たな風景を創り上げた。それに呼応する形で存在する建物内部の大きな吹き抜けは、プロジェクトの最初のインスピレーションだった。既存躯体の柱梁がむき出しになった4層の吹き抜けには、ブリッジや階段が造られ、いろんな角度から奥行きだけでない、多様な空間を楽しめるようになっている。様々な人々がそこに集い、交流する。それを象徴するかのように、世界中から集まったアート作品が随所に配置されている。adf-web-magazine-shiroiya-hotel-maebashi

土手を利用したランドスケープと、インパクトのある吹き抜けのロビー。半分公共で半分プライベートのような設計デザインは、これからの都市空間のポテンシャルを感じさせてくれる。

MEMU EARTH HOTEL

旧サラブレッド生産牧場のトレーニングセンターだった土地に、2018年11月に誕生した「MEMU EARTH HOTEL」。この土地の特徴は、牧場の記憶を継承するリノベーション建築に加え、寒冷地実験住宅施設や、隈研吾や伊東豊雄など日本を代表する建築家の実験住宅、さらには「国際大学建築コンペ」の最優秀作品などが点在する「建築の聖地」としても知られており、それらの建築物もホテルへとコンバージョンしているところだ。「地球に泊り風土から学ぶ」をテーマに、先進的な建築と十勝の自然による原体験を提供するホテルの「サービス」の要素と、「資源再読」をテーマにSDGsに向けた研究を展開する「研究施設」としての要素が共存することで、ホテルが持続可能なアイデアを発信するメディアとしての役割を担っている、世界にも類を見ないプロジェクト型のホテルである。

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隈研吾監修による「国際大学建築コンペ」の最優秀作品群の一つ、ハーバード大学設計による「HORIZON HOUSE」

更に2019年8月には、ホテル内の畑に宿泊者専用のトレーラーバー「FARM Bar NEMU」がオープン。隈研吾デザインのモバイルハウス「住箱」を舞台に、十勝の自然環境と調和した持続可能な食のあり方を追求している。adf-web-magazine-farm-bar-nemu

TRUNK(HOUSE)

東京神楽坂に建つ築70年の料亭「山路」をフルリノベーションした「TRUNK(HOUSE)」は、料亭の看板も含めて残した歴史ある外観と、コンテンポラリーな内装・インテリアのコントラストが特徴であるホテル。古い日本家屋と新たな雑居ビルが同居するカオスな街並みを東京らしさととらえ、ホテルのデザインに取り入れている。プライベートバトラーがゲストの要望に応える一軒家というホテルのスタイルは、この街にしかないモノ、料理、サービスを提供したいという想いから生まれた。有名な建築デザイン雑誌『Architectural Digest(アーキテクチュラル・ダイジェスト)』のグレートデザインアワードをはじめ、世界的な賞を多数受賞しており、国内外でそのデザイン性を高く評価されている。adf-web-magazine-trunk-house

BnA_WALL

「泊れるアート」をテーマに、旅行者と日本のアーティストが交流できる物理的なプラットフォームを構築する実験的なプロジェクトとしてスタートしたBnA Hotel。旅行者は気鋭のアーティストたちが作り上げたひとつの作品の中に泊るという特別な体験ができるだけでなく、その裏にあるコミュニティーにもアクセスできる。これまで、「BnA gallery Ikebukuro」「BnA machiya Kyoto」、「BnA Hotel Koenji」を成功させ、世界中のクリエイターの注目を集めたBnAプロジェクトの次なる進出の場として選ばれたのが、江戸時代より商業の街として栄えた日本橋。ここに、2021年2月、アートホテルコレクティブ「BnA_WALL」が誕生した。かつて西陣織の東京本社ビルとして使用されていた建築を生かし、日本を代表するアーティスト、アートディレクターと共に宿泊型アート作品26部屋を制作。宿泊費の一部を部屋を制作したアーティストに還元する仕組みを考案し、施設を通して新たな文化共創の形を実践している。adf-web-magazine-bna-wall-1

また、宿泊者以外も利用可能なロビーラウンジには、定期的に塗り替えられる大型壁画「WALL」を、地下にはアーティストが工房として活用できる「Factory」を併設。adf-web-magazine-bna-wall-2

MARUYO HOTEL Semba

伊勢の玄関口である桑名市船場町に、2020年10月にオープンした一棟貸しの宿「MARUYO HOTEL Semba」。明治創業「丸与木材」の築70年超の本家をリノベート。家族と地域の歴史と文化を、そして現在と過去の繋がりを紐解くようにして、創業期から伝わる「丸与」の商号とロゴを引き継いでいる。インテリア・デザイン、アートのディレクションは名古屋で現代アート、工芸のギャラリーを15年営む、正木なおが監修。具体の堀尾貞治の作品や、江戸時代の杉戸絵、城所右文次のバンブーチェアなど、現代アートとアンティークが融合。今と過去、アートと工芸、古美術が絶妙なバランスで調和した空間が完成している。adf-web-magazine-maruyo-hotel-semba-1

Nazuna 京都御所

京町屋や武家屋敷をリノベーションした旅館「Nazuna」ブランドのひとつ「Nazuna京都御所」。2019年5月に、京都の丸太町にオープンした。築110年以上の大型の京町屋2棟をスモールラグジュアリーな旅館に生まれ変わらせた。かつて木材屋として使われていた頃の名残を残しながらも、和菓子の名がついたコンセプトルームは、それぞれのテーマに沿って制作・選定された現代的なアートワークに彩られている。至るところに改修前の面影を残しつつ、床暖房などの最新設備を整えており、心地よい滞在の提供を追求。『ミシュランガイド京都・大阪+岡山2021』において、2年連続で3パビリオン(非常に快適な旅館)を獲得している。蔵を改修した貸切風呂で、入浴しながら鑑賞できる体験型アート作品をアーティスト・クリエイターとのコラボレーションにより実現するなど、ユニークな試みも行っている。

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客室「柏餅」

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After 光の蔵⾵呂 - Color Field Bathing-

つづいて、土地の特性や建物の特徴を活かし、地域ごとに異なるスタイルのホテルを手掛けてきたリビタがプロデュースした「THE SHARE HOTELS」のラインナップから3つのホテルをご紹介したい。

KAIKA 東京

ひとつ目は、浅草の築54年の倉庫ビルを再生して2020年7 月にオープンした、アートストレージとホテルが融合した「KAIKA 東京」。複数のアートギャラリーが作品を公開保管する収蔵庫をはじめ、様々なアート作品が収蔵されている。墨田区の文化芸術活動に連動し、館内に収蔵・展示するアート作品の公募を実施したり、国内外のアーティストの個展を定期的に開催するコマーシャルギャラリーをオープンするなどの取り組みを行っている。adf-web-magazine-kaika-tokyo-share-hotels-2

KUMU 金沢

ふたつ目は、金沢中心部に建つ築44年のオフィスビルをリノベーションして、2017年8月に誕生した「KUMU金沢」。禅や茶の湯などの金沢の伝統文化を未来につなぐサロンとして、まちに開かれたシェアスペースで、工芸作家やアーティスト、茶人、住職とともに多様なコンテンツを展開している。観光客や地域住民とともに、金沢の伝統文化をアップデートし、金沢の魅力を国内外へ発信する文化サロンとなることを目指している。adf-web-magazine-kumu-kanazawa-1

TSUGU

3つ目は、2019年5月に京都三条にある登録有形文化財、築105年の日本生命京都三条ビルをリノベーションしてオープンした「TSUGU京都三条」。東海道五十三次の起点/終点として描かれた京都三条は、かつて全国各地からひとやものが集まり、新しい文化を生み出した場所である。この文脈を踏まえたコンセプト「ローカルへ旅を継ぐ」をもとに、日本各地のローカルプレーヤーとともに様々なコンテンツを展開。また、共用部には美術家・映像作家、山城大督の作品「Monitor Ball」を恒久展示。映像装置で、瀬戸内や京都で撮影した風景を360度から鑑賞できる作品だ。adf-web-magazine-tsugu-kyoto-sanjo-1

最後に、大手ホテルチェーンの取り組みも見ていきたい。好立地に建てられた歴史的資産を、大手ホテルならではのリノベーションで再生し、それぞれのコンセプトで魅力的なホテルに仕上げている。

The Okura Tokyo

築53年のホテルオークラ東京の本館をリニューアルし、2019年9月にオープンした「The Okura Tokyo」。開発コンセプトは”伝統と革新”。旧本館に息づいていた日本の伝統美を継承しつつ、最新の設備・機能に刷新した。ホテルオークラが培ってきた日本の伝統美の継承、そして次世代への橋渡しという観点から「ホテルオークラ東京」旧本館ロビーを設計した谷口吉郎の息子である谷口吉生が、ホテルロビー、飲食施設、オークラスクエア等を設計。オークラを象徴する照明器具「オークラ・ランタン」や「梅小鉢のテーブルと椅子」、「世界時計」、そして「行燈」などを再配置し、精緻に復元。かつての空間構成や照度・音響などを様々な角度から調査・検証することにより、その空気感までを含めて継承している。また、ホテルを「人々が文化を共有する場」ととらえるオークラは、芸術を愛したホテル創業者の意思を継いだ催しを定期的に開催したり、囲碁サロンやフィットネス&スパの運営を行っている。

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プレステージタワーロビー

Azumi Setoda

世界各国でラグジュアリーホテルを展開するアマンの創業者エイドリアン・ゼッカとリゾート開発などを展開するナル・デベロップメンツによる新旅館ブランド「Azumi」。「旅館は”人”である」を第一義とし、地元とのインタラクティブで温かい繋がりをコンセプトにしている。その第1号「Azumi Setoda」が、2021年3月、瀬戸内のしまなみ海道沿い、瀬戸田にオープン。瀬戸内海を中心に育まれた生態系を基盤に発展してきた瀬戸田町の生活、文化、歴史などに触れることができる立地。築140年の旧堀内邸を改装。設計は京都を拠点とする建築家の三浦史朗が手掛けた。客室には、三浦と造園設計集団WA-SO designによる坪庭を設置。家具は地元企業の土井木工と共同製作。別棟の銭湯付帯の宿泊施設「yubune」の浴室タイル壁面には、美術家のミヤケマイが描いた、瀬戸内の海の情景が広がる。

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「yubune」男湯内観 Photo Tomohiro Sakashita

エースホテル京都

世界各国で、リノベーションのアートホテルを多数手がけてきたシアトル発のホテルブランド「エースホテル」。宿泊施設というだけでなく、ファッション、音楽、アートなどさまざまな要素が融合する場として、オープン以降、街を変えてしまうほどの影響をもたらしたことでも知られる。「街を訪れるミュージシャンやアーティストたちが集まる場所」をコンセプトに生まれたエースホテルが、日本初進出の場所として選んだのが、京都・烏丸のランドマーク「新風館」。「エースホテル京都」は、築94年の登録有形文化財、旧京都中央電話局の建物内に、2020年3月にリニューアルオープンした。「East Meets West」のコンセプトのもと、建築家 隈研吾、LAを拠点とするデザイン集団コミューンデザインを迎え、日本と米国のアーティスト、工芸家、職人たちのクリエイティビティが融合した空間が誕生。京の魅力の中心地で、その美と歴史に敬意を示し、日本と世界のカルチャーが交差するユニークな空間がそこにはある。

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ホテル内 バー&タコスラウンジ PIOPIKO(ピオピコ)

歴史ある街、有名な観光地のある街。そこに集う旅行客の宿泊目的でホテルが建つ。この既存のパターンでは、既に飽和状態の市場でホテル事業を成功させるのは難しい。宿泊にとどまらない付加価値や体験を提供し、ホテルでの時間を楽しめる、独創的なコンセプトが必要だ。これからは、街にぶら下がるホテルではなく、「ホテルが地域を変える」というビジョンを持ち、「ホテルから始まる街づくり」を考えるホテルが増えていくことは必至だ。歴史ある建物を受け継ぎながら、次世代へと新しいカルチャーを生み出し、サステイナブルな地域発展を促していく。そこにアートを求めて人々が集い交流する、カルチャーハブの役目も付加された、リノベーションアートホテルが今後更に注目を集めることは間違いないだろう。