My refuge, my treasure, without body, without measure
ようやく夏の日差しがさした6月初旬、ベルリンではギャラリー、美術館全て予約制を取っており、入場の際はそれとともにAntigen-Schnelltest(抗原迅速検査)の陰性証明書の提示が求められる。
今となってはSchnelltest Zentrum(コロナテストセンター)は町のあちこちで見かけるようになり、費用も無料ということでとても1ヶ月前よりは受けやすくなった(2021年6月1日現在)。私は陰性コロナテストを片手にベルリンはクロイツベルグまで足を運んだ。地下鉄Ubahn3、コットブサトアから徒歩10分、ギャラリーChertlüddeに辿り着いた。
インタグラムの写真でずっとみたいと思っていた。タイトルは《My refuge, my treasure, without body, without measure》。2019年ベルリンアートプライズの受賞者Agnes Scherer(アグネス・シェーラー)の作品が展示されている。一歩中へ入ると殺風景。絵も壁に飾られていない。
振り返ってみると、入り口のゲートに彼女のインスタレーションがあった。古代神殿のフリーズのようなまるで何か古代遺跡を訪れているかのような、空間使いと入り口の構想だ。
最初の一室(上図)にはこの作品のみで、他に何もない。何か不思議な気がした。奥にある階段まで行き、上段にもう一室があることに気付く。
恐る恐る階段を登ると、次第に大きなオブジェが姿を現した。
そこには、等身大より少々大きめな女の子がこちらの方を向き、挨拶をしているかのようにたたづんでいる。
何故だろう。
周りに誰もいないせいか、とても何か不気味であり、またどこかcheerfulでもある。
オブジェに近づいてみた。なかなかの迫力。スペースの天井が低いせいからか、高さは130cm くらいだろうか。
作品名は《Bonbonnière》(2021)、フランス語で意味はキャンディーと入れる陶器製のボンボン入れ。スカートにはあみにかかった魚、お面のような岡本太郎の太陽の塔に似た面、衣服もひらひらした袖に乙女チックに描かれていた。そして、作品は表裏と両面が女の子の正面で表情が微妙に違っている。
これは実在した歴史上の人物、スペインのマーガレット・テレサ王女(1651年7月12日〜1673年3月12日)。あの有名なベラスケスの作品”ラス・メニーナス”に描かれている幼い女の子が幼少のマルガリータ王女である。
壁にはレモンの小さいオブジェ《Wall Candy》 (2021)がマルガータ王女の周りを演出している。
この展示部屋を離れ、次は地下の部屋へ向かった。
二枚の大きなキャンバスが合わさった(一枚189.5cmx115.5cm 左Large Psychostasis with banderolos 右Large psychostasis with banderoles)パネルが部屋の真ん中に立ててある。この作品も壁にかけられる事はなく、両面の一面一面が異なる絵で構成されている。
古代エジプト神話ではアヌビスはミイラ作りの神であり、犬かジャッカルの頭を持つ半獣だ。頭がワニ、上半身がラインのアメミットは秤にかけられた真理の象徴アメミットの羽根(真実の羽根)よりも重かった死者の心臓 を貪り喰らう。
キャンバスに大きく描かれた天使たちが死者を天秤にかけ、審判が行われている。天秤にかけられた人々の背中にはキャンディー型の穴が背中にポッカリ開いている。誰が罪が”軽く”、どちらが重いのか。
その反対側にある絵は、Bonbonniere (Wholeness is halfness that is dreaming)。恐らく自画像であろう彼女自身がマルガリータ王女のドレスを着用しキャンディーが身体の中に詰まっている。目には死の象徴のコインが描かれ、これはギリシャ神話では死後に通る道案内の賄賂だと言われている。
それから最後のインスタレーションへ移動。
床に寝転んだ人物の殻がまるで陶器製のキャンディー入れBonbonniereかのようで、割れた身体からキャンディーが溢れ出している。カラフルなキャンディーはまるで犯した罪を象徴しているかのようだ。
キャンディーは天使が片隅で天秤で測り、ある者は顔を覆い隠し悔いに打ちひしがれてるようにも見える。悪は確かに蜜の味がする。
一つ一つのイメージや、オブジェがヒントのようにあちこちにちりばめられていて鑑賞者もその一つ一つを採取しながら全体の作品の意図解きをしていくという、Schererならではの演出のうまさを感じた。
ただ、背景知識があるとないとでは解釈の違いは多少否めない。
Schererの神話や歴史に対する興味、知識、解釈は現代社会の問題提示にも使われ、それとともに彼女のファンタジー性を織り混ぜることで作品全体がとてもイマジネーション豊かなものになっていた。ギャラリースペースの持つ特色と彼女の巧妙な空間使いが絶妙に合わさって実に面白い作品になっている。 体験型アートとまでは言い難いが、例えてみるならば、一昔前の遊園地にあった”びっくり館”と言うべき印象だろうか。
Schererの絵筆のタッチもまた、タイトに描かれる被写体は時に少し硬い印象を与えるかもしれない。それがインスタレーションと照らし合わせると、納得がいく。
Schererは画家でも彫刻家でもない。独特な世界観を様々な手法や手段を用いて表現することができるアーティストだと確信した。これからの作品にもかなり期待ができそうだ。