尾道の既存不適格建築物の問題や、それらが生み出す景観の魅力についての鼎談
今回は広島県尾道市を拠点に活動されている建築家の青山修也さんと、「都市の隙間から世の中を見つめる - 大谷悠さんへのインタビュー Part.1、Part.2」でも紹介した、都市・空き家・つながり・共生などをテーマに活動や研究を行っている大谷悠さんと共に、既存不適格建築物がひしめく尾道を例にとりながら、既存不適格建築物の問題や、それらが生み出す景観の魅力についての鼎談を前編と後編に分けてお送りします。
まずは既存不適格建築物とは何かについて軽く説明しておきましょう。
家を新しく建てるときには、建築基準法に適合するように作っていく必要があります。
しかし、建築基準法は法改正によって度々その内容が変わっていくため、時間が経つにつれて、昔の建築基準法には適合しているけど現在の建築基準法には適合していないという建物が増えていきます。
そうした建物は建てられた時点の法律には従っているため、現在の建築基準法に適合していなくても違反建築物という扱いにはならず、一般に既存不適格建築物と呼ばれています。
既存不適格建築物は違法な建物や欠陥住宅とは異なるので、既存不適格建築物を所有したり売買したりすることには何の問題もありません。
しかし、既存不適格建築物を修繕や増改築する際には、原則として現行の建築基準法に沿うようにする必要があるため、改修に際しての手間やコストが余計にかかることがあり、そこが考慮されて不動産的な価値が落ちることもあります。
とはいえ、古い建物などは現行の規定に完全に適合させるのは難しいケースも多いので、建築基準法第86条の7で制限の緩和や段階的な適法化が認められています。
山本:では、既存不適格建築物には具体的にどのようなものがあるのでしょうか?
青山:たとえば耐震基準は法が改正される度に厳しくなっているので、1981年の新耐震基準以前に建てられた家のほとんどはすでに既存不適格になっています。
山本:今は多くの自治体で耐震補強のための補助金などが出ていますが、それでも現在の耐震基準に既存不適格建築物の全てを適合させるのは難しそうですよね。
青山:難しいですね。
そもそも家の基礎部分や、使用されている鉄筋の本数なども不適合になっている場合が多いので、全てを現在の基準に適合させようとしたらものすごくお金がかかります。
山本:国土交通省の発行している既存不適格建築物についての資料によると、既存不適格建築物に対して大規模な修繕や増改築を行う場合は、原則として既存不適格の部分も含めた建物全体を現行の規定に適合させることが必要とされていますが、基礎や鉄筋の数まで変える必要があるとなると、修繕や増改築ではなく建て直しを行う必要がありそうです。
それでは現実的でないため、大規模な修繕や増改築でない場合(既存部分の1/2以下の増築および改築など)には要件を満たせば現行の建築基準法の適用から除外し、引き続き既存不適格建築物として存在可能とする緩和措置も出ていますね。
青山:既存不適格建築物を増改築する度に現行の規定に全て適合させないといけなくなるともうお手上げですからね。
ただ、改修や増改築する面積が少なかったとしても、建物の主要な構造に関わる部分を変更する場合は大規模な修繕や増改築とみなされることもあります。
また、建築確認申請が必要かどうかという問題もあり、建築確認申請が必要な建物は現行の建築基準法にちゃんと適合しているかどうか厳格に審査されるので、より既存不適格建築物に手を加えることが難しくなります。
ただ、2019年の建築基準法の改正で、建築確認が必要な特殊建築物の規模が100㎡から200㎡に引き上げられ、小規模な建築物の用途変更の手続きは不要になりました。
山本:200㎡以内なら多くの戸建物件が用途変更や建築確認をしなくても済みますね。
耐震基準の問題の他に、既存不適格建築物にはどのようなものがあるでしょうか?
青山:たとえば商店街などでよく見かける、敷地いっぱいに建っている店舗や店舗兼住宅なども、現行の建築基準法に照らし合わせると建蔽率や容積率がオーバーしていることが多いので、そのほとんどが既存不適格建築物にあたります。
しかも木造三階建ての建物も珍しくないので、そうした建物を現行の建築基準法に適合するように改修や増改築するのはなかなか難しいですね。
あと、古民家などでよく見られる木製サッシも防火・準防火地域では既存不適格になります。
また、尾道の斜面地などにもよくあるような、幅員4m以上の建築基準法上の道路に2m以上接道していない建物は、単に既存不適格建築物に該当するだけでなく、取り壊すと再び建て直すこともできない再建築不可物件になってしまうので、どうにか改修で対応していくしかないのが現状です。
大谷:用途地域が大きく変更された場合も既存不適格建築物が建て直せなくなることがありますね。
青山:それもありますね。
また、昔に建てられた家でたまにあるんだけど、暗渠などの排水設備の上に建てちゃってる家なんかも建て直しのできない既存不適格建築物だね。
あと「がけ条例」というのもあって、細かい規制内容は各自治体によって違いますが、たとえば広島県のがけ条例では、2mを超える崖の上の建物と、5mを超える崖の下の建物には、崖が崩れた場合に被害を受けないように崖から建物を離さなければいけないという制限が課されています。
例として高さ5mの崖の下に家を建てる場合、8.5m以上崖から離さないといけないので、崖ぎりぎりに建ててしまっている既存不適格建築物は大規模な改修や建て直しができない可能性があります。
山本:それは法面工事(斜面をコンクリートなどで覆って補強する工事)がしてある崖にも適応されるんですか?
青山:崩れないように法面工事が施された崖は制限から除外されますが、法面工事などをするとなると土木工事にかなりお金がかかってしまいます。
山本:法面工事に家を建てるのと同じくらいかそれ以上の金額がかかることもありそうですね。
大谷:しかもその斜面が自分の敷地ではなく、他の人の敷地である場合もありますよね。
たとえば自分の家が他人が管理している崖の下にある場合、どうしているんでしょうか?
青山:土留を自分の敷地内に立てるという手はあります。
自分の敷地内にコンクリートの壁を立てて、上の崖が崩れてきても受け止められるようにするんです。
山本:崩れてきた崖を受け止められる壁となると相当大きなものを作らないといけないでしょうね。
青山:それも崖の高さと(壁を立てる場所の)崖からの距離で、どのくらいの高さの壁を立てる必要があるか決まっています。
大谷:それは尾道の山手(斜面に家がひしめき合っている尾道のエリア)は全部アウトですね(苦笑)。
山本:崖条例を厳密に適用してしまうと法面工事しているところ以外住めないですよね。
青山:そうなんだよ。
大谷:崖の下に電車や道路が通っている場合だけ行政は本気出して(崖の整備をして)ますよね。
それ以外はもう災害が起きたらそのとき考えましょうみたいな感じですよ、実際のところ。
青山:ただ、擁壁も石が積んであったら(石垣の場合は)大丈夫なのかという問題もあって、色々要件はあるものの、擁壁が大丈夫かどうかの細かな判断は設計者に委ねられているんだよね(設計者が建築物の確認申請に先立って、過去の造成履歴や擁壁の外見、断面および水抜き穴の状況などを調査し判断を行う)。
山本:え、そうなんですか!?行政が判断しているわけじゃないんですね。
大谷:というか、そうしないと行政の責任問題になってしまうので、設計者に責任を押し付けている側面もあるんでしょう。
空き家問題もそうですけど、もう押し付け合いですよね。
厄介だから。
山本:知れば知るほど、既存不適格建築物についてまじめに取り組もうとするとかなりハードルが高いことが分かります。
青山:既存不適格建築物だらけですからねー。
山本:そもそも、現在問題なく建っている建物も、また建築基準法が改正されたら既存不適格建築物になってしまいますよね。
青山:これ以上(建築基準法が改正されて)厳しくなるかはわかりませんが、そうなる可能性はありますね。
大谷:あまりに厳しくしすぎて実効性が担保できなくなっても意味がないですからね。
山本:先ほど木製サッシが既存不適格だという話もありましたが、最近は断熱性能の基準も求められる値が高くなってきているので、多くの家で使われているアルミサッシも既存不適格になってしまいそうですよね。
青山:それですよ。
今の(問題となっている)新しい基準は断熱性能だから、サッシの断熱性能はこれ以上でないとダメだという基準ができるんじゃないかなと思います。
また、東京都では家の屋根にソーラーパネルを設置しないといけないという条例ができたのですが、耐震基準の次はエネルギーということで、断熱性能やソーラーパネルの設置などがもし建築基準法に追加されたら、今までの断熱性能の低い家やソーラーパネルのない家が既存不適格になってしまう可能性はあります。
山本:たとえばもしソーラーパネルなどの設置が将来的に建築基準法で義務付けられたとして、瓦屋根の並ぶ古い街並みを売りにしている街が、ソーラーパネルの設置によって景観が破壊されないように特例としてソーラーパネルの設置を拒む景観条例を作った場合は、建築基準法よりも景観条例のほうが優先されるでしょうか?
青山:条例としてちゃんと出ているなら大丈夫かもしれないですね。
山本:ということは各自治体の行政がどう対応するかで景観が大きく左右されることになりそうですね。
昔建てられた建物を現在の建築基準法に適合するように改修した結果、それぞれの地域に残っている特色や景観が失われてしまう可能性もあると思います。
最近、古い木造住宅を新築のように改修することも流行っていますが、現在の技術で現在の基準に合わせたものに古い建物を作り替えてしまうと、地域性がなくなっていって、日本全国どこも似たような建物ばかりになってしまいそうです。
大谷:景観条例は結構強力だから、京都などはそれによって厳しく景観が保たれていますよね。
一応この尾道にも景観条例はあります。
山本:でも景観条例って地域によって本当にまちまちですよね。
景観条例も自治体によっては微妙なところがあって、以前屋根の葺き替えをするために確認を取ったのですが、緑青の色に塗装した板金で仕上げるのはNGで、ガルバニウムの銀色はOKだと言われました。
景観で考えるならば、緑青の色の方が景観を損なわず、ガルバニウムの銀色の方が周囲から浮いて景観を損ねてしまうのですが、景観条例によって許可された色か素材そのものの色しか使用してはいけないというふうに定められていたので、緑青色の塗装は許可されませんでした(ガルバニウムの銀色は素材そのものの色なので景観条例にひっかからず、塗装ではなく銅板葺にして本物の緑青を使用した場合も問題はなかったが、銅板葺にするほどの予算はなかった)。
そうした経験があるので、景観条例があればいいというわけではなく、重要なのはその中身だと思っています。
大谷:尾道の景観条例はすごい適当ですよね。
色の見本を渡されて、「この中の色でよろしく」みたいな。
山本:あと、尾道の斜面市街地ゾーン(山手)では「原則として瓦葺きとする。ただし、屋上を緑化等有効利用する場合は、この限りではない。」と景観条例で定められているんですが、山手は車が入らないエリアなので、重たい瓦を大量に運ばないといけない瓦葺きは、瓦を運ぶコストが通常よりもかなり高くなるんですよね。
であるにもかかわらず、瓦葺きにするための補助などがない(屋根や外装に使える尾道市空家等改修支援事業補助金はあるが、空き家にしか使えず、瓦葺きにするための補助ではない)ので、多くの人が瓦をやめて安い板金にしてしまいます。
いくら景観条例で定めても、それを実現するための補助がなければ無理ですよね。
青山:そうだね。
大谷:そもそも山手はお金のない人もいっぱい住んでいるから、(補助なしに瓦葺きにするのは)無理ですよ。
山本:でも、既存不適格の家がひしめき合っているようなところって、高齢者がたくさん住んでいて、家を新しくする元気もお金もないという状況になっていることが珍しくないですよね。
大谷:だけど面白いことに、そんな山手が尾道随一の観光名所なわけですよね。
行政は本当に(山手の状況を)どうするつもりなんだろうなと思ってます。
この景観を守っているのは誰だと思っているんだろうなって。
青山:ほんとそうだよね。
山本:特に尾道の山手は再建築不可の土地の上に立っている既存不適格の建物ばかりなので、不動産的価値も低く、取り壊して更地にしたり建て直したりして売ることもできないから、売りたくてもなかなか買い手が付かないんですよね。
だからこそタダでもいいから家をもらって欲しいという人がいて、それに釣られて移住者がやってくるという側面もありますが。
大谷:ちゃんと直そうとすると(山手の家は普通の場所に建っている家より)ものすごくお金がかかるし、補助金とかもあまりないしね。
ただ、このあいだ韓国の釜山の人が尾道の山手に調査に来ていて、その人から話を聞いたんだよね。
釜山も斜面地が多くて、そこにアーティスト村などを作って成功していると私は認識していたんだけど、実はあれは行政によるトップダウンで行われていたことだから、行政からの補助が切れた瞬間に予算がなくなって立ち行かなくなると彼は言っていました。
補助金がある間はすごくきちんと改修されたり、有名なアーティストがたくさん来たりとかしていたんだけど、地元の人がそれに全然追いついていないので、補助金が切れた瞬間に人がいなくなり、建物は放置されている、ということが今起こっていると。
そういう意味では、尾道は行政があまり突っ込んで介入して来ないのは良い点でもあるかもしれないと彼は言っていて、なるほどなと思いました。
山本:なるほど、行政主体のトップダウンではないから、ボトムアップでみんな自由にやっていると。
大谷:そうそう。
既存不適格のオンパレードでグレーゾーンがたくさんあるみたいな状況で、しかもそこに住んでいる人たちが自分でどうにかしなきゃいけないという状態の方が、地元に根付いたものができるのではないか、大谷さんたちがやっていることってそういうことでしょ?と言われて、たしかにそうかもしれないと思いました。
青山:それは間違いないね。
でももうちょっと補助は欲しいよね。
大谷:そうなんですよ。
なんかうまいこと(補助と自由のバランスをとって)うまいことできないのかなって考えています。
これは次の課題ですね。
山本:もうちょっと補助がないと、尾道の山手のような場所は家や景観を維持していくこともできないですよね。
大谷:そうなんだよね。
ただ、どこにどれだけお金を投下するのか、しかもそれに公益性があるのかということを行政は常に求められるから、難しいよね。
山本:尾道市は広いですし、山手にばかりお金をかけるわけにはいきませんからね。
ここ数年の間にも斜面地で暮らすことが難しくなった高齢者の人々がどんどん家を手放して、更地になってしまったところも少なくありません。
しかも、行政が倒壊危険家屋を所有者の同意を必要とせずに壊せるようになったので、実際に取り壊された家もありましたよね(著しく保安上危険であるかまたは著しく衛生上有害であると認められた場合、建築基準法第10条3項にしたがい、都道府県知事などの特定行政庁が相当の猶予期間を設けて、所有者等に建築物の除却修繕、使用制限など必要な措置を命ずることができる。また、所有者が命令に従わない場合や、所有者が不明な場合は、行政が所有者の代わりに措置を行う行政代執行が可能となった)。
大谷:でも、あの法律も実際はほとんど機能してないです。
取り壊すのにかなりの金額がかかり、それを税金でやるので、相当な理由がないと取り壊せないよね。
尾道でもまだ2件くらいしか適用されていなくて、しかもそれらは線路側にある物件なんですよ。
山本:線路側に崩れてしまったら大変なことになりますからね。
大谷:そうそう。
要するに線路側に倒れて電車が止まったり被害が出たりした方がお金がかかるから、だったら取り壊した方が安いでしょ、という。
しかも所有者に請求はしますよと。
所有者が誰でどこにいるかもわからないけど、とにかく所有者には請求しますという体でやる。
山本:たしかに危険度で代執行を行うかどうか判断されるので、たとえ崩れかけていても周囲にあまり迷惑がかからないような立地の建物までは中々対象にならないでしょうね。
所有者がはっきりしていない建物は賃貸も売買もできないので、倒壊するまで放置されていることが多いのですが、そのまま放置されているとシロアリの巣などになって周囲の家にまで被害を及ぼしてしまうことがあります。
かと言って行政代執行で取り壊されて空き地になっても景観が損なわれることがあり、難しいところです。
大谷:まあ何にしても(日本の空き家事情は)大変だよね。ほんとに。
後編に続きます。
INFO
青山修也 プロフィール
- 一級建築士
- アトリエアーキツリー代表
- NPO法人むかいしまseeds代表理事
- 京都芸術大学非常勤講師
1972年福山生まれ。建物を新築するだけではなく、古い建物を残し、使い続けるための改修計画や、人が集う場をつくる設計事務所を主宰するかたわら、“こどもを真ん中にまちをつくろう”を合言葉に子育て環境を整えるNPO法人の代表もつとめる。ローカルな環境を生かしより生きやすい未来へ向けて活動中。
https://www.mountainblue.jp/architree
大谷悠 プロフィール
- まちづくり活動家・研究者
- 福山市立大学 都市経営学部 専任講師