儀式、記憶、川、時間が重なり合う静かな協奏曲

中国・安徽省。川辺の林のなか、LIN建築設計事務所が手がけたインスタレーション作品である十の小匣が、静かに風景に溶け込んでいる。浅い流れに散らばるように置かれた十の小匣は、自然素材と風景、記憶の関係性を探る試みである。

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Photo credit: lin lifeng

素材は古枝を再利用した無垢の木で、霜と雨にさらされ、強い陽射しに焼かれた木肌は黒く、細かいひび割れが走る。その割れ目からは、金色がかった新しい木肌と、濃い茶色の古い断面が顔をのぞかせる。  匣の高さや形状はさまざまで、目の高さの立方体、手を伸ばせば届く十字の箱、膝下の三角形、川に沈みかけた菱形などがある。立方体や十字型は林の中に、三角形や菱形は川の中に設置されており、それぞれの地形と対話するように佇んでいる。風や露、水の痕跡が、木の表面に時間の層を刻み込んでいる。

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Photo credit: lin lifeng

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Photo credit: lin lifeng

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Photo credit: lin lifeng

各匣の正面には、周囲の樹木の葉脈をモチーフにした浅い彫刻が施されている。立方体にはイチョウの葉脈、十字型には側脈が曲線を描く紋様、三角形には水に沈んだ青檀(チンタンサイ)の濃い色合いが現れ、菱形には細かい砂が刻まれたイチョウの木目が映える。これらの印は意味を持たない。ただ、それぞれがこの場所で生まれ、風と水の波に寄り添っていることを示している。

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Photo credit: lin lifeng

訪れる人々は、それぞれの匣に小さな儀式を行う。立方体の匣には川辺の白い石を置き、十字型の匣には新しい葉を挟み、三角形の匣には水をすくって苔にかけ、菱形の匣には草を挿し込む。これらの所作は特別な意味を持たないが、静かに記憶と空間に作用する行為となる。

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Photo credit: lin lifeng

これらの小匣は偉大な出来事を記念するものではない。友とイチョウの葉音を聞いたこと、子どもが花びらを拾った仕草、水の流れに触れた指先の記憶、魚が通り過ぎるのをしゃがんで見た時間。ごく普通の記憶が、黒い木に、砂や苔の層に、しるしとして残されていく。十の匣には固定された意味や形はない。ただ、流れ続ける川のように、風、露、太陽、水、そしてイチョウや青檀の記憶がそれぞれに流れ込み、風景の中に静かに根を下ろしている。黒く古びた木の箱は、情熱ではなく、静けさのなかに詩的な意図を宿している。

LIN architecture

アジアを拠点とする先鋭的なデザイン・リサーチ機関である。建築、都市、ランドスケープ、インテリア、インタラクティブ技術、文化的コミュニケーション、デザイン教育、仮想構築など、多様な分野で空間の研究と創造を行っている。メディアとしては出版、展覧会、映像、メディアアートを活用し、空間を通じた文化的表現の可能性を追求している。