MoMA:「Hilma af Klint What Stands Behind the Flowers」展

2018年に二ューヨーク・グッゲンハイム美術館で開催された「Paintings for the Future」展をきっかけに、世界中でブームを巻き起こしているスウェーデンの画家ヒルマ・アフ・クリント(1862–1944)。 

オカルトやスピリチュアルなどと形容されるアフ・クリントの抽象画だが、注目されたきっかけとしては西洋美術史の書き換えという視点があった。抽象画の父と呼ばれるワシリー・カンディンスキーなどの男性画家よりも先立ち抽象画を描いていた女性のアフ・クリントの先鋭性と、死後20年間の作品の公表を禁じたミステリアスなその世界は、誰しも魅了されずにはいられない。しかしそれ以上にアフ・クリントが世界中の人々を魅了している点は、見えない存在を感じたいという人々の願望であるようにも感じる。 

MoMAで2025年9月28日まで開催された「Hilma af Klint What Stands Behind the Flowers」展では、これまで公開されたことがなかった46点の水彩画とともに、アフ・クリントが花の背後にある見えないものをどのように捉え、表現したかを知ることができる。

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Exhibition view of “Hilma af Klint What Stands Behind the Flowers” at The Museum of Modern Art, New York

1919年から1920年の春夏、アフ・クリントは毎日花を描き、自然と深く関わっていた。環境を注意深く観察し、花の背後にある言葉では言い表せない世界を明らかにしようとした。

自然に目を向けるきっかけとなったのは、それまでスピリチュアルな啓示から抽象画を制作していたアフ・クリントが、次第にその行為が「上から注がれ続ける容器のように感じられ、ずっと溢れ続けている」ように感じるようになったからだという。代わりに「自らの内的探求によってその器を満たそう」と決意し、自然の世界に注意を向けた。その成果が本展で展示されている《自然研究(Nature Studies)》シリーズだ。

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Ferns, n.d. Watercolor on paper

展示は図鑑のように丁寧に描かれたアフ・クリントの植物画や風景画からはじまる。植物や環境の細部へ注意深く目を向けながら、背後にあるものを表現する試みの一歩となったのが、自然現象の基本的な構成要素に着目した《原子シリーズ(The Atom Series)》だ。アフ・クリントは科学の視覚言語である図表、グラフ、表を取り入れながら、繰り返される幾何学的モジュールを用いて原子の構造とエネルギーを表現しようとした。ここで興味深いのが、そういったプロセスのなかでアフ・クリントは原子の「道徳的な状態」を明らかにすることを目指したということだ。

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The Atom Series, 1917, Watercolor, pencil, and metallic paint on paper

例えば《No. 1》では「宇宙の中心は無垢から成っている」、《No. 18》では「原子はその内に真実と正義を見出す」とメモに書かれている。その後、アフ・クリントは図形をさらに複雑な表現方法へと発展させていく。

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Nos. 18–25 from the series Group 3 April 2-15, 1919, Watercolor and pencil on paper

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Nos. 6–14b from the series Group 2 February 5-12, 1919 Watercolor, pencil, and metallic paint on paper

アフ・クリントはこれらの図を「リクトリニエル(riktlinjer)」と呼んだ。スウェーデン語で「指針」や「前進するための方向」を意味する言葉で、各図は人間の状態、意識のあり方、または観察する中で感じた性格の一面を表現している。花の色、花弁・茎・葉・根の形状など、成長や生殖に関することを反映したものもある。さまざまな図形と細かく記された文字はまるで暗号のようだ。科学的なインストラクションにも、子供の想像にある独創的な世界にも見えるが、そこにあるのは見えない世界へのはっきりとした知覚であると感じる。そこからアフ・クリントは花々の絵と図式を並置させていった。

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Violblommor med riktlinjer (Violet Blossoms with Guidelines) June 6- July 3, 1919 Watercolor, pencil, ink, and metallic paint on paper

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Convallaria majalis (Lily of the Valley), Geum rivale (Water Avens), Polygala vulgaris (Common Milkwort). Sheet 11 from the portfolio Nature Studies June 10–11, 1919 Watercolor, pencil, ink, and metallic paint on paper from a portfolio of 46 drawings

幾何学的な形は植物から放たれる霊的な状態や動機を表現している。メモには、例えば以下のように記されている。外面と内面の精神性の両方を提示することで、植物は我々と同じ存在であるということを示しているようだ。

1919年611
セイヨウハナハス(Polygala vulgaris
謙虚、慎重、正確、機転、的確

1919年610
スズラン(Convallaria majalis
沈黙、無垢、力強さ

1919年611
オオバギボウシ(Geum rivale
従順、機転と正確さ、謙虚さと正確さによって得られるもの

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Exhibition view of “Hilma af Klint What Stands Behind the Flowers” at The Museum of Modern Art, New York

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Exhibition view of “Hilma af Klint What Stands Behind the Flowers” at The Museum of Modern Art, New York

アフ・クリントは「この世界こそが最良の教科書であり、植物の世界と魂の世界の間にはつながりがある」と語っている。自然を注意深く観察し理解することによって、人は自分自身を知ることができる。そしてその目に見えないものが、世界とつながる手がかりでもある。

展示会場には、アフ・クリントの世界に触れようと多くの人々が足を運んでいた。没後80年が過ぎた今日、その作品から受け取るメッセージはより示唆に富むものとなっている。