ウッドショックの影響

日本の建築業界のあちらこちらでウッドショックに対する嘆きが聞こえる一方で、もともと国産材を主に取り扱っていたためウッドショックによる影響をそこまで深刻に受けておらず、むしろ大量にある木材のストックをどうするか悩んでいるところもあります。

今回お話を伺わせていただいた鳥取県鳥取市鹿野町にある気高木工製作所は、昭和25年(前身となる松本製材は明治35年)頃から鳥取県内の木材を製材加工して新築やリフォームなどを行なっている地域に根差した会社です。昔は近隣の山から切り出されてきた木の加工などもしていたそうですが、周辺地域の林業の衰退もあって、近年は鳥取県の智頭町から丸太材を買い付けてきて製材加工をしています(智頭町は400年以上植樹を行なってきた歴史があり、寒暖差の激しい風土と伝統的な育林技術によって育てられた杉は智頭杉とも呼ばれ、木目が均等に詰まった木質と淡紅色の芯材が美しく、林業が全体的に衰退した現代日本の中でも有数な林業の地として有名です)。

ウッドショックの影響を受けて国内の丸太価格も値上がりしていますが、まだ鳥取の丸太材市場ではそれほど値上がりしていないそうで、気高木工製作所ではリフォームや新築工事なども基本的に鳥取県産の木材を使用しているためウッドショックの影響もそれほど感じていないとのこと。唯一影響があるとすれば断熱工事などの際の面張りに使用する構造用合板が手に入りづらくなったくらいだとか。

気高木工製作所は木材を高温乾燥させるための機械はまだ導入しておらず、木材は基本的に屋根の下で一年ほど自然乾燥させ、製材には50年以上前の製材機をメンテナンスしながら現在も使い続けています。昔は製材機の鋸刃の目立て(のこぎりの刃を研いで切れ味を復活させること)も工場の職人が行っていましたが、現在は他の町工場に鋸刃や製材機のメンテナンスを外注しており、50年以上も前の機械のため補修のためのパーツももう販売されておらず、全て特注です。

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丸太材を乗せた台がレールの上を走ることによって切断加工を行う年代物の製材機

機器の老朽化はこの製作所の重要な課題であり、この製材機が壊れたら丸太材から角材や板材を製材することができなくなるため、新たに製材機を導入するか、製材業はやめて他の業者に製材やプレカットを頼んでリフォームや新築工事業に専念するか、会社の今後の運営方針を考える時期に来ています。しかし、新築工事だけならプレカットを外注すれば済みますが、古民家や寺社などの古い建物の多い地域でのリフォームの場合は、製材機があれば現在の規格とは異なる大きさの角材も改修する建物に合わせて自由に用意できるため、プレカットのみを取り扱う会社よりも幅広いニーズに応える柔軟性があり、製材機を手放すかどうかはその強みを手放すかどうかという問題でもあります。

機材と言えば、木材を乾燥させるための乾燥機を導入するかどうかも懸案事項です。自然乾燥にはどうしても広い土地と時間が必要になってくるため、すぐに木材を用意するということができず、あらかじめ木材を用意しておこうとすると在庫を抱えがちになるというデメリットがあります。また、自然乾燥した際に生じる表層の干割れを嫌うお客さんや業者も多く、表層割れのしない人工乾燥が主流になりつつあり、気高木工製作所でも「自然乾燥は時代遅れのように感じて、うちもこのままでいいのだろうか」と悩まれていました。しかし、人工乾燥にも欠点があり、『高温乾燥処理したスギ製材を用いた接合部の強度性状に関する基礎的研究 -長ホゾ込栓接合部を対象とした天然乾燥材と高温乾燥材の比較- 』という論文によると、機械を用いた高温乾燥では表層が干割れしないかわりに内部割れが生じており、「長ホゾ込栓の引き抜き試験において、常態天然乾燥の製材に対して高温乾燥処理を施したスギ製材は、約20%の強度低下を示した」という結果が出ています。使い方や接合の方法によっては天然乾燥材と高温乾燥材の間に強度の違いが生じないように施工することもできますが、全ての現場監督や職人が専門的な知識を有して施工をおこなっているわけではない以上、高温乾燥材を用いた建物の強度が天然乾燥材を用いた建物より劣っている可能性は否めません。そうした理由もあり、あえて自然乾燥を売りにしている業者も存在します。

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常態天然乾燥(自然乾燥)と高温乾燥の木材の断面。常態天然乾燥した木材の方は材の表面に派手な亀裂が入っているため、美観が損なわれてしまっている。高温乾燥の方は材の表面には亀裂などがほとんど見られないが、内部の芯材周辺に亀裂が入ってしまっている。
藤野栄一・槌本敬大・津田千尋 著「高温乾燥処理したスギ製材を用いた接合部の強度性状に関する基礎的研究 -長ホゾ込栓接合部を対象とした天然乾燥材と高温乾燥材の比較- 」図3 乾燥割れ(製材切断面)より引用。

 

気高木工製作所のいくつもある屋根付きのストックヤードには先代が残してきた材木が管理しきれないまま大量に積み上げられており、世間がウッドショックで木材不足に悩まされているのとは反対に、在庫をどう処分するのかが大きな課題となっています。

積み上げられた木材の中には虫に食われてしまっているものや狸の巣になっているものなど、保管状態のよくないものもありますが、昔の大黒柱に使われるような立派な角材や大きな板材など、貴重だからこそ気軽に使うこともできず残っているものもあります。このような在庫問題はこの製作所に限ったことではなく、他の木工所や材木屋でもよく見かける光景です。木材の自然乾燥や保存には広い屋根付きの場所が必要になってくるので、かなり上手に木材を置いて管理していかないと、積み上げられた下の方や奥の方の木材は必然的に死蔵状態になってしまうのです。

それに加え、プレカットや構造用合板、集成材などの簡単に加工したり組み立てたりできる工法や加工材が主流となったことで、規格外の木材を加工して活用できる業者や職人が減ったことや、加工に手間がかかる分採算が取れなくなってしまったということも在庫が捌けない要因になっています。

こうした地方の木工所や材木屋には掘り出し物も多く、建築家やデザイナーが内装に使うための木材や古材を探しにやってくることもありますが、大半は在庫を把握しきれていないため市場に乗せることすらできていないのが現状です。

国は「脱炭素社会の実現に資する等のための建築物等における木材の利用の促進に関する法律」などを定め、様々な促進運動を行なっています。こうした死蔵されている国産材を活用していくことも木材自給率の向上と環境保全の一助になるはずですが、あまり注目されている様子はなく、現在のところ林業に対する補助金の投入などはあっても国産材を使用すること自体への補助金の投入などはないようです。死蔵されている材木を活用していくにはまず在庫整理を行い、そうした木材を市場に乗せていくための仕組みづくりが必要になってきますが、それを行うには現在行っている業務とは別に在庫管理を行う人員を雇う必要もあり、在庫整理をしたくてもできないというのが現状でしょう。もし国産材に対する補助などがあれば大量に抱えている在庫を整理し、現在の規格に合わせて加工しなおしたりすることもできるようになるので、在庫を大量に抱えている木工所や材木屋にとっての活路となります。

環境保全を行なっていく上でも無駄なく効率よくしていくのは良いことですが、実情は経済効率のみを追い求め、経済効率の悪いことは切り捨てられ、大量の無駄や廃棄を生み出してしまっています。食品廃棄物が問題になっているのと同じように、建材に関しても多少経済効率が悪くともいかに無駄なく資源を有効活用できるかに目を向けていく必要があります。

数ヶ月後か数年後にウッドショックが落ち着いたとしても、またいつ同じことが起こるか分かりません。同じ過ちを繰り返さず、国内の環境保全と木材自給率を高めていくためにも、国策としていかに国産材を活用していくかを考える時期にきているのではないでしょうか。

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気高木工製作所のストックヤードに大量に積み上げられた材木の内の一部。材木屋でもあまり見かけられないような立派な角材も使いどころがないまま保管されている。