古民家での暮らしVol.10: 日本家屋の壁 パート1
煉瓦や石を積み上げた組積造の建物は壁によって建物が支えられているため、壁を崩すことが建物の崩壊に直結するのに対し、日本の木造家屋などのように主に柱と梁によって建物の荷重を支える架構式の建物は壁を崩しても柱や梁が無事であればすぐに建物が崩れるということはありません。
したがって、組積造の建物は仕切りを設けて部屋を細かく区切っていくことはできても、建設の際に構造として組み込まれた壁を解体して間取りを大きく変更することが困難である一方、架構式の建物は柱や梁さえ動かさなければ壁を解体して間取りを自由に変えることが容易に行えます。そのような構造上の自由度の高さが目的に応じて部屋の間取りを変えるフレキシブルな日本家屋の使い方に繋がっていったのではないかと思われます。
昨今の日本における古民家リノベーションブームにおいても、DIYで壁を解体して簡単に間取りを変えられる自由度の高さは大きな魅力の一つと言えるでしょう。
現代の木造家屋の壁の多くが合板や石膏ボードでできているのに対し、古民家の壁の多くは土でできています。
それらの土壁は柱と柱をつらぬく貫という板に竹や細木を網目状に交差させた小舞と呼ばれる骨組みを縄で固定し、その上に苆という藁や紙などの繊維を混ぜた土を塗り重ねていって作られます。小舞の上に荒く塗られた一層目を荒壁、その上に塗られる二層目を中塗土、そして三層目に仕上げとして漆喰などが塗られるのが一般的ですが、荒壁を塗ったあとすぐに中塗土を塗ることはできず、荒壁が乾くのに数週間から数ヶ月、中塗土が乾くのにまた数週間から数ヶ月待たねばならないので、伝統的な工法で土壁を仕上げるには最低でも2~3ヶ月、長ければ半年以上かかると言われています。土壁を綺麗に仕上げるには左官の熟練した技術も必要であり、その結果コストも高く、茶室や重要文化財等の補修でたまに土壁を作っているところを見かけることはあっても、伝統工法の土壁を使った新築はほとんど見かけなくなりました。
戦前から戦後間もなくに建てられた家屋には今も土壁を使用されているものが多く残っていますが、そのような古民家のリノベーションにおいても土壁を作り直すケースはほとんどなく、大抵は合板や石膏ボードで壁が作り直されます。土壁に使用されている土は暫く水に浸け込んで泥に戻すことで再利用できる持続可能性に優れた素材であり、小舞の材料となる竹や細木も身近な場所から入手できますが、時間も技術も必要な土壁をあえて選ぶ人はやはり少ないのでしょう。
また、耐震性等の問題で非耐力壁である土壁を解体して、筋交を入れたり耐力壁として機能する構造用合板等に変えるケースも多くあります。土壁の家に全く耐震性がないわけではなく、土壁が地震の揺れを吸収したり柱を通る貫が家の倒壊を防いでくれることもありますが、家の構造のバランスが悪いと土壁や貫では家を支えきれずに倒壊してしまうことがあるからです。
例えば一階の壁が少なく二階に壁が多い場合などは、土壁の重さが返って家の負担になってしまい、家を倒壊させるリスクを高めてしまいます。しかし十分な壁量がバランスよくあれば土壁でできた古民家も簡単には倒壊しません。
実際に、筆者自ら重機を使わずに昔ながらの方法で家や蔵を何度か引き倒したことがあるのですが、土壁のある状態の建物に縄をかけて引っ張ってもびくともしません。貫を残したまま土壁を落とした状態で建物を引っ張ると建物は大きく揺れるようになり、さらに貫を切除すると男性数名で建物を引っ張るだけで簡単に倒壊させることができます。
消防車のなかった江戸時代などでは、火事の際の延焼を防ぐために火元の周囲の家を引き倒すのが火消しの重要な役割だったのですが、実際にやってみると壁と貫を取り去るだけでこんなに簡単に建物が倒れるのかと少し驚きました。
架構式の建物は基本的に柱と梁だけでも自立するとは言え、非耐力壁である土壁も地震や風などの横からの力に対してある程度有効に働いているということがわかります。
土壁の解体自体は素人でも行えますが、DIYで土壁を抜いて間取りを変えたり、耐震性を上げるために部分的に筋交を入れたり土壁から構造用合板に変えたりする場合は、家全体のバランスをとるように壁や補強の配置を考えなければ返って家の強度を下げることになってしまうので注意が必要です。