古民家での暮らしVOL.10: 日本家屋の壁 2

日本家屋は隙間風が多いとよく言われますが、それは通気性を重視した造りから生じるものであり、土蔵のように壁をすべて土で塗り込めた建物の気密性は決して低くはありません。

現在のように石膏ボードやコンクリートなどがなかった頃、土壁は重要な防耐火素材でした。特に建物の密集する町中では防火対策が重要であり、火事から財産を守るために全体を土で塗り込めた土蔵も多く作られました。熟練の左官職人によって段のついた掛子塗の施された蔵の窓や扉は火の侵入を防ぐためにほとんど隙間なく蔵を閉ざすことができ、高い気密性を実現しています。

現在では使用されることの少なくなった土蔵の多くは解体され減少の一途を辿っていますが、厚い土壁に覆われた土蔵は気密性だけでなく防音性や断熱性もそれなりに高く、現代の人々が求める機能の多くを有する高いポテンシャルを秘めた建物だと言えるのではないでしょうか。

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国立国会図書館デジタルコレクション 春日権現験記.第14軸より、火災で焼け残った土蔵が描かれた図

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掛子塗の窓のある蔵 (wikipediaより)

日本の建築用語で土蔵のように柱が全て覆い隠された壁のことを大壁、露出した柱と柱の間に作られた壁のことを真壁と言います。一般的な家屋の土壁のほとんどは真壁であり、土壁が乾いて収縮すると、チリと呼ばれる柱と土壁の接する際の部分に隙間が生じ、これが隙間風を生み出す一因となります。それを防ぐための「ちりじゃくり」と呼ばれる、柱に溝を掘りその溝に土壁や漆喰が入り込むことによって隙間ができることを防ぐ技法もありますが、大変な手間がかかるためそのような技法の施された民家は少なく、チリに隙間のあいている古民家も少なくありません。

また、土壁自体は水に弱く、雨に晒されると崩れてきてしまうため、外壁には漆喰など耐水性のある素材を塗ることが多いのですが、漆喰も定期的に塗り直さないと剥がれ落ちてきてしまいます。そこで、土壁や漆喰よりも耐水性や耐久性が高く、防耐火性にも優れたモルタルの普及以降は家の外壁をラスモルタルの大壁仕上げにする家が増えました。そうすることで家の中の真壁に隙間が生じても外から隙間風が入ることが減り、火にも雨にも強くなり、一見いいことずくめのようです。しかし柱がモルタルで覆われた結果通気性は悪くなり、その上塗装されていないモルタルは水を吸いやすいため、家の湿度が上がりカビやシロアリの被害が発生しやすくなるという弊害が発生している家もよく見かけます。

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モルタルが塗られた真壁仕上げの一階と大壁仕上げの二階の外壁

ホルムアルデヒドなどの有害物質が問題視され、環境性能が注目される近年、環境にも人体にも優しい天然素材で構成され、優れた調湿機能や消臭効果から呼吸する壁とも呼ばれる土壁が見直されつつあります。耐震性や施工にかかる時間とコストの問題を解決するものの一つとして、最近は荒壁パネルという土壁の性能を活かしたまま強度と施工性を向上させた製品も出てきました。

そんな土壁ですが、いくら健康的と言ってもメンテナンスを怠れば表面の土が崩れてきたり土ボコリが出たりして問題が生じます。またメンテナンスの仕方によっては土壁の利点を損なうおそれもあります。

例えばヤニどめやアクどめとして塗装の前に行われるシーラー処理ですが、樹脂系のシーラーを用いて土壁の表面を覆い、その上に塗装などをしてしまうと皮膜によってせっかくの調湿機能が損なわれてしまいます。シーラーや塗料の中には土壁などの調湿機能を損なわないようにした製品もあるので、塗装を行いたい場合はそういった製品を選ぶ方が良いでしょう。

最近日本で流行っている珪藻土塗料も調湿性に優れていると言われていますが、ボードの上に薄く塗って得られる調湿性はたかが知れており、同じく調湿性に優れた土壁に塗った方がその効果を最大限に発揮することができます。

もともと土壁の仕上げといえば漆喰が一般的であり、経済的な事情等で漆喰塗りが叶わない場合は中塗仕上げで放置されることも多かったようですが、千利休の草庵風茶室の発明以降、土壁の良さを活かす様々な仕上げ塗りの技法が開発されました。京都の聚落土を使用した聚楽壁や、石灰と色土と苆を混ぜてコテで光沢が出るまで何度も表面を押さえつけながら研磨し仕上げた大津壁、鉄粉などを土に混ぜて錆びさせ褐色の斑模様を浮かび上がらせる錆壁などは有名です。

当初は白しかなかった漆喰も今では弁柄や墨、顔料などを混ぜて様々な色を出すことができます。ちなみに漆喰は西洋にもありますが、西洋の漆喰は石灰に大量の砂等を混ぜて作っているのに対し、日本の漆喰は海藻から作った糊に消石灰と少量の砂を混ぜて作られており、日本の建築業界では西洋の漆喰はプラスター壁や西洋漆喰などと日本の漆喰とは分けて呼ばれることもあります。

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綿壁を剥がしているところ。ハケやスプレーで水を吸わせてからこそぎ落とすと簡単に剥がれることが多い。

また、近代以降に多用されているものとして砂壁や綿壁・繊維壁と呼ばれる糊に砂や綿などを混ぜて塗った仕上げがあり、簡単に施工ができて調湿性もあると流通した当初は人気を呼び、多くの古民家で使用されているのを見かけます。その多くは使用された糊がもう寿命でよく剥がれ落ちてくるため現在では特に嫌われていますが、水を吹きかけるだけで簡単に剥がせることが多いので、塗り直しは比較的容易です。