ニューヨーク Human Things社インタビュー
様々なビジネスがモバイルへとシフトしていく今、UX(ユーザーエクスペンス)デザインの分野の発展は目覚ましい。UXデザインには、デジタルデバイス、ウェブアプリケーションなどを使用する際の人の心理を研究し最適化を行うための心理学の要素、そしてIxD(インタラクションデザイン):ユーザーと製品間のインタラクション(ウェブ・モバイルスクリーンのビジュアルデザインの美しさ、モーション、音、空間などのさまざまな要素)をデザインするためのアートの要素が必要と言われている。
そこで、今回は心理学の知識をいかし、オンライン上のUXを高めるスペシャリスト、ブラント氏と音楽業界で培った知識をいかしIxDをデザインするスペシャリスト、ダービー氏、二人のデザイナーにインタビューを行った。二人は共にニューヨーク大学ティッシュ・スクール・オブ・アートの修士号課程の一つであるITP(インタラクティブ・テレコミュニケーションプログラム)で学び、新しいデザインビジネスHuman Thingsを設立。彼らのバックグラウンド、そしてどのようにして新しいデザインビジネスをするに至ったのか、そのストーリーについて話を伺った。
ニューヨーク大学(NYU) ティッシュ・スクール・オブ・アート ITPについて
NYUのアートスクールは、エンターテインメント分野である映画、テレビ、音楽などが有名であり、数々の映画監督、俳優などを輩出している。中でもITPプログラムは様々なアートプロダクションのエンジニアをアートスクールのアプローチ、アートの要素を交えて学ぶプログラムとして知られている。昨今では、デジタルの世界におけるモーション、サウンド、スペースデザインに優れたエンジニアの需要もIxDの普及とともに増え、新しい領域からも注目されるプログラムだ。今回インタビューしたブラント氏とダービー氏はここでの出会いがきっかけとなり一緒にビジネスをすることになったという。
アート×心理 Heidi Brant(ヘイディ・ブラント)
幼児心理学を専攻したのち、彫刻家のアシスタントとして異業種であるアート業界に就職。アーティストのアシスタントとして働いていたとき、ITPの存在を知る。テクノロジーの知識を加えることは自分にとって良いチャンスだと感じ、ITPを取得することを決めたという。卒業後は当時デジタルエクスピリエンスオフィスを設立したばかりだった玩具メーカー、LEGOのデジタルコンテンツプロデューサーとして就職。この仕事は彼女のもつ心理学とテクノロジーの知識をまさに発揮できる場所だったという。その後もLEGO社にてUXデザイン、エクスペリエンスデザインを担当する。また、LEGOクラブメンバーに対するオンライン/オフラインプロジェクトのコンサルティングなども手がけた。彼女はデザインリサーチに精通し、現在はNYU ITPの准教授も勤めている。心理学を学んだ強みはエクスピリエンス・デザイナーとしてデザインリサーチ、エクスペリエンスデザインを行う際に、特にいかされているという。全てのデザインチャレンジは統計データだけでは測ることのできない人々のストーリーにその答え隠されていると信じ、人間中心設計(Human−centered design)のアプローチを全てのプロジェクトに活用しているのだそうだ。
音楽×デザイン Dave Derby(デイブ・ダービー)
ダービー氏は大学卒業後、ロックバンドアーティスト(The Dambuilders、 Brilliantine、Gramercy Armsなど)としてベルリンベースの独立レーベルと契約し、活躍する。ワールドツアーを数年行ったのち、ITPのマスターを取得。インフォメーションアーキテクト(ウェブサイトなどにおける情報をどのようにレイアウトするかを考えるスペシャリスト)に転職、ユーザビリティーエクスパート(プロダクトの体験価値を高めるエクスパート)としてCitibank,、Sanofi、Wiley Publishing、ADPなどの大手クライアントのプロジェクトを手がける。その後はデザインリサーチ、エクスピリエンス・デザインストラテジストと活動領域を広げ、デザインシンキングを中心としたコンサルタントとして、Deutsche Telekom、Prudential、UBSなどに対し、組織内改革プロジェクトにも携わった。音楽とデザインの制作はとても共通していることが多いと彼は言う。「音楽は私に他者の声に耳を傾けること、協業、実験をすることの価値を教えてくれた。それはデザインをするときも同じ。そして最高の音楽と最高のデザインは同じプロセスで作られている」と語る。
デジタルプロダクトをデザインするときに直面するもっとも大きなチャレンジは使用するその人のことを本当に理解すること。
ブラント氏は、デジタルプロダクトをデザインするときに直面するもっとも大きなチャレンジは使用するその人のことを本当に理解することだと語った。商品開発側はユーザーがプロダクトを使用しているその姿、状況までを深く考えずにデザインしてしまうことがよくあるという。例えば、デザイナーが過分にまでもプロダクトに機能を加えてしまったことが原因でユーザーの日常生活サイクルのなかでプロダクトがうまく機能せず、結果として使用されなくなってしまうなど。 デザイナーとして自分たちのプロダクト、サービスがユーザーが使用する全てではないという観点を持ち続けることが大切だと思うと語る。
ライフデザインというデザインシンキングの活用
卒業後はそれぞれの道を歩んだ二人だったが、彼らの知識を他の分野で、そして人々の生活を豊かにするために使いたいという同じ希望を持っていた。卒業後にNYUの講師、そしてデザインシンキングを使って仕事をしているという共通点があった二人は、ライフデザインというクリエイティブワークショップをプロトタイプとして作り、学生向けに行った。このプロトタイプワークショップは、LEGO SERIOUS PLAY(チームで協力しながら人生の様々な場面で直面する課題への解決策を見つける)を使ったワークショップで、その後の生徒からの反響の大きさに感銘を受けたという。
このワークショップでの反響の大きさにより、一層幅広い人を対象にした一般向けのライフデザインコースのビジネスを始めることを決めたという。彼らのゴールは、デザインシンキングの5つのステップ、リサーチ、定義、アイディアの創出、プロトタイプ、テストによって受講者自身が自分について理解を深め、自分の人生を「ワクワクするデザインチャレンジ」として考える機会を提供することだという。このライフデザインコースの対象者は今から仕事を始める新卒の学生だけではない。様々なライフステージの人生の分岐点に立っている人、ライフデザインを「デザインチャレンジ」として楽しみたい多くの人々に体験して欲しいと語ってくれた。今後も様々なバックグラウンドを持ち合わせたハイブリッドデザイナーによる新たなデザインビジネスは広がりをみせていきそうだ。