1920年代のパリで、ひとりの若い彫刻家が小さなサーカスを開いていた。
舞台に立つのは、針金や布、木、コルクなどで作られた人形たちだ。ライオンや象、らくだが一芸をし、曲芸師は空中ブランコや綱渡り、剣を飲み込む曲芸などを次々と披露していく。アメリカの彫刻家アレクサンダー・カルダー(1898ー1976)の「カルダーのサーカス」は、20世紀初頭のパリの前衛芸術の空気をまといながら、パフォーマンスアートの先駆けとなる新しい表現を確立した。

その「カルダーのサーカス」が100周年を迎えるにあたり、ニューヨークのホイットニー美術館では、2026年5月9日まで「HIGH WIRE: CALDER’S CIRCUS AT 100」展が開催されている。カルダーのサーカスとともに、関連する他の作品なども紹介する展覧会だ。

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Exhibition view of “High Wire: Calder's Circus at 100” at Whitney Museum of American Art

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Exhibition view of “High Wire: Calder's Circus at 100” at Whitney Museum of American Art

展示会場に入るとまず目に飛び込んでくるのは、スクリーンに映し出されたカルダーの姿だ。命を吹き込むように人形を動かすカルダーに、来場者は釘付けになっていた。

その横には、カルダーの代表作である「モビール」と呼ばれるキネティックな彫刻が並ぶ。このモビールの発明には、サーカスの作品が影響を与えているという。具象と抽象、表現の形は違えど、並んで見ると同じリズムや空気を感じることができる。

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Calder’s Circus, 1926-31, wire, wood, metal, cloth, yarn, paper, cardboard, leather, string, rubber, tubing, corks, buttons, rhinestones, pipe cleaners, and bottle caps

カルダーがサーカスを作るきっかけとなったのは、1925年にニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで開催されたRingling Brosのサーカスショーであった。当時、カルダーは大衆雑誌「National Police Gazette」の記事の挿絵を描いており、そのためにショーに足を運んでいた。

その後、カルダーは同サーカスの公演で2週間にわたり演者たちを観察し、翌年パリに移住すると、サーカスの小道具や人形の制作を始めた。多くの人形は実際の演者をモデルにしており、そのためカルダーのサーカスはコミカルながらも不思議なリアリティを備えている。

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Calder’s Circus, 1926-31, enlarged view

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Calder’s Circus, 1926-31, enlarged view

団長はRingling Brosのアルザス出身の演者を、ライオン使いはアメリカの有名な動物調教師クライド・ビーティーをモデルにしているという。

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Calder’s Circus, 1926-31, enlarged view

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The Flying Trapeze, 1925, oil on canvas

カルダーは、サーカスの大衆的な人気や危険を伴う臨場感だけでなく、その構造や運動、また、サーカスの空間とスポットライトに強く魅了されていた。こうしたスペクタクル性への関心は、サーカスの作品だけでなく、彼の絵画にも表れている。「The Flying Trapeze」では、テントで薄暗い会場に渦巻く臨場感が伝わってくる。ぎっしりと描き込まれた観客の顔、構造物に反射する光、空中ブランコを照らすスポットライト、張り詰める布の上を歩く曲芸人、すべてカルダーのサーカスに通じるものがある。

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Suitscases, gramophone (victoria), and vinyl records, from Calder’s Curcus (1926-31)

展示内で、サーカスの次に目を引いたのは、大きなスーツケースとそこに詰め込まれた小道具の数々だ。カルダーはアメリカやヨーロッパで公演を行う際、サーカスの一式をスーツケースに入れて持ち歩いていた。数年かけて演目や小道具を徐々に追加していき、最終的にはスーツケースは5つにまで増えたという。

1930年頃には、登場人物や動物は70体以上、網や旗、カーペット、ランプなどの小道具やアクセサリーは100点近く、さらに30種類以上の楽器やレコード、音響装置も揃うまでに大きくなっていく。それに加え、修理用の道具も持ち歩いていたというから、小さなサーカス団そのものだ。

展示には、同時期に作られた針金を使った彫刻も並んでいた。これらもサーカスの演者をモチーフとしたもので、いずれも針金で空間に動きやボリュームを与えており、重さを感じさせる要素は一つもない。針金の線が空間に描く形は、彫刻でありながらドローイングのようにも見える。

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The Brass Family, 1929, brass wire and painted wood

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Exhibition view of “High Wire: Calder's Circus at 100” at Whitney Museum of American Art

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Exhibition view of “High Wire: Calder's Circus at 100” at Whitney Museum of American Art

1931年までに、カルダーは抽象的な彫刻の制作を始め、作品を動かすための実験を行っていた。サーカスの作品で培った力学を抽象的な構造物に応用し、さまざまな形を用いて絶えず変化する空間構成を生み出した。赤い円盤のあるオブジェは、彼の初期の風力で動く彫刻の一つである。これらの初期の「モビール」の多くは台座の上に置かれていたが、1932年以降、カルダーは天井から吊るす方法を採用した。

1898年にカルダーは芸術家の家族のもとに生まれ、拾った布や鉄くずで何かを作る遊びを日常的にしていたという。カルダーの作品を見ると、その遊びをのぞき見しているような気分になる。どの作品も実験的であり、遊び心にあふれているからだ。

一方、カルダーの構造や動きによる彫刻表現は、20世紀モダニズムの中で斬新なものだった。新しいアートを模索していた当時のヨーロッパでは、マルセル・デュシャン、ジョアン・ミロ、ピエト・モンドリアン、イサム・ノグチら、多くの前衛芸術家がカルダーのサーカスに魅了されたという。

ただ、本展で少し残念だったのは、サーカスの人形がそれぞれガラスケースに分散されて置かれていたことだ。多くの人形が集まったかたちで見てみたかった。しかしそれでも時代を超えて愛される作品の魅力と、100年経った今も色あせない現代性は健在であった。