オノマトペで紐解く隈研吾の哲学

隈研吾の『コツゴツ』哲学 過去から未来へ生き残るデザイン―髙田賢三へのオマージュ展」が姫路市立美術館で2024年12月7日(土)から2025年2月2日(日)まで開催中。「姫路は日本建築の聖地である」と言う隈研吾は、2021年より姫路城、書寫山圓教寺そして姫路市立美術館の三大建築美に向き合い、その本質を独自のオノマトペ表現で「姫路城はツンツン、圓教寺はパラパラ、姫路市立美術館はコツコツ」と読み解いた。そして複数のプロジェクトを経た2024年度、空間と時間の概念を併せ持つオノマトペ「コツコツ」とそれを発展させた「コツゴツ」という造語を通じて、隈はその最新の境地を展観する。

adf-web-magazine-himeji-kuma-1

本展では、隈がリノベーションを行ったパリの旧髙田賢三邸を再現した新作の模型、映像やモックアップ、髙田の作品・遺愛品で構成されるインスタレーション、その他建築模型やモックアップ約30点を展示し、隈と髙田の響き合うデザイン思考を紐解いている。また、書寫山圓教寺で進行中の「はづき茶屋プロジェクト」の成果を模型として披露。はづき茶屋は、隈が敬愛する武田五一が設計した摩尼殿に対面して建つ休憩所で、参籠者が身を清めた湯屋を起源とする。茶屋の名の由来となった開基・性空上人と和泉式部の出会いの伝説のように、武田と隈の時を超えた対話を通じて未来のはづき茶屋のイメージが展開される。

隈研吾と髙田賢三

隈研吾は、髙田賢三がパリに構えた旧邸宅「Takada Kenzo House」を2018年にリノベーション。この邸宅は、髙田のデザイン哲学の集大成といえる空間作品であり、隈によるリノベーションを経た現在の姿は、髙田と隈の協働作品と位置付けることができる。

隈研吾

adf-web-magazine-himeji-kuma-2

©Designhouse

1954年生まれ。1990年、隈研吾建築都市設計事務所設立。慶応義塾大学教授、東京大学教授を経て、現在、東京大学特別教授・名誉教授。50を超える国々でプロジェクトが進行中。自然と技術と人間の新しい関係を切り開く建築を提案。

主な著書に『全仕事』(大和書房)、『点・線・面』(岩波書店)、『負ける建築』(岩波書店)、『自然な建築』(岩波書店)、『小さな建築』(岩波書店)他多数。

髙田賢三

adf-web-magazine-himeji-kuma-13

左:髙田賢三、右:隈研吾 (2018年) ©Kengo Kuma & Associates

1939年、兵庫県姫路市野里生まれ。文化服装学院に入学し、1960年に若手デザイナーの登竜門「装苑賞」(第8回)を受賞。渡仏して5年後の1970年、パリ・ギャラリーヴィヴィエンヌにて自らのブランド「ジャングル・ジャップ」を立ち上げる(1973年に「KENZO」に改名)。木綿の新しい可能性を打ち出し「木綿の詩人」と讃えられ。自由で華やかなデザインでファッション界のトップデザイナーとして活躍した。

「僕にとってクリエ―ションとは喜びと幸せ、何より好きなように動きくつろいで生きる自由、そしてまた皆さんに自分自身でいられる自由を贈ることでもあります」と語る髙田は、「衣服からの身体の開放」をテーマに、直線裁ちの着物袖やダーツをなくしたゆとりのある衣服を生み出した。

国境や文化、性別を自由に超え、独特の色使いや柄の組み合わせを用いて「色彩の魔術師」と称された髙田のファッションデザインは、従来の西洋中心の伝統文化に捉われることない新しい衣服の基準を提示し、5月革命後のフランス社会を中心に熱烈に受け入れられた。

1986年に自身の美意識の結晶とも言える自邸をパリ市内東部のバスティーユに建築し、1994年にはパリのポンヌフ(セーヌ川に掛かる橋)を約3万株の花で彩るなど、「人間を包む空間そのものをデザインしたい」との思いから、髙田はその活動の領域を広げた。

1999年に「KENZO」ブランドから退いた後も、企業とのコラボレーションやオペラ衣装の制作、新たなブランドの立ち上げなど、髙田はその生涯を創作活動に捧げた。2016年レジオンドヌール勲章(シュヴァリエ位)ほか受賞多数。2020年、パリ市にて逝去。享年81歳。パリのアンリイダルゴ市長は、「パリの街は私たちの息子の死を悼んでいる。悲しみは計り知れない。」と追悼した。2024年1月16日、髙田賢三の銘板がパリ市によってギャラリーヴィヴィエンヌに掲げられた。

展示の見どころー隈研吾のことばより

コツコツ

姫路市立美術館は、レンガをコツコツと積み上げて作られた旧陸軍の建物を保存し、転用し、改修したもので、そのプロセスそのものが、そこにかかわった人々の努力の総体、まさにコツコツとしかいいようのないものである。そのコツコツとした印象は、姫路城からも、圓教寺からも、同様に感じられ、伝わってくる。コツコツはいわば、時間を切断せずに継続させようとする努力の別名であり、現代の言葉でいえば、サステナビリティである。姫路の建築のサステナビリティは、その地勢学的なポジションと深く関係している。都、すなわち中心においては、京都にしろ、大阪にしろ、スクラップアンドビルドが常態であり、更新のスピードは驚くほどに早い。コツコツと積み上げるいとまもなく、すべては入れ替わり、建て直されていく。このスクラップアンドビルドは、高度成長の時代には、一見経済に活力を与えるすぐれた方法であると誤解されたが、破壊的で非人間的な手法である。その逆に、姫路を支えてきたコツコツの手法こそ、これからの時代に、最も必要とされる考え方であり、方法である。今、それゆえに姫路は注目されるのであり、この手法を深め、磨いていくことで、姫路はますます注目される場所になっていくであろう。

コツゴツ

賢三さんは天才的なひらめきの人であったが、同時にコツコツと積み重ねる努力の人でもあった。世界の辺境の様々な衣装を研究し、そこから未来のファッションのヒントをさぐり続けた。アトリエには莫大な数の布やボタンがストックされていて、賢三さんの頭は、何がどこにしまってあるのか、すべて記憶して、整理されていた。だからこそ、あの驚くべきほどに自由で多様なデザインが可能だったのである。

地道さと自由の結合が、姫路という場所と関係があることをみせるのが、この展覧会のひとつの目標である。その結合を一言で表現したのがコツゴツというオノマトペである。コツはコツコツとした地道さ、その先にひろがる開かれた国際性を示している。ゴツは、地道な努力を支え、そこにエネルギーを与え続けてくれる野性の力強さを示している。賢三さんは、そのようなコツゴツな人であった。僕もまた、そのようにしてコツでゴツな建築を作り続けたいと願っている。

Takada Kenzo House Memorial Project

賢三さんのパリの家は、マジカルな場所であった。通りに面した扉を開けると、突然にタイムトンネルのようなトンネルが出現し、そのタイムトンネルの奧に、陽光に溢れた南海の楽園と巨大な鯉のおどる日本庭園と、濃密な茶室が隠れていたのである。

僕は、その家にもうひとつ別の魔法をかけることで、賢三さんの根っ子の部分を掘り起こしてみようと試みた。僕が使ったのは木という物質を用いた魔法である。賢三さんのすごさは国際性と野性とが結合していることで、木を用いれば、その結合の姿を、家を訪れたみんなに感じてもらえるのではないかと考えた。その魔法の力で見えてくるのは賢三さんというアーティストの本質であるが、同時にまた、隈研吾というアーティストの本質も、感じてもらえるのではないかと思う。

はづき茶屋プロジェクト

はづき茶屋は、圓教寺の摩尼殿という、恐るべき傑作と向かいあっている。正確にいえば、下からそのすごさをあおぎ見る位置に、はづき茶屋を計画している。

摩尼殿は建築家武田五一(1872–1938)の最高傑作であると僕は考えている。武田は、ヨーロッパに留学し、アール・ヌーボーやセセッションという当時の最先端を日本にもたらし、日本ではじめて茶室を本格的に研究した大学者であり、まさに国際性と野性とをあわせもった、特別な存在であった。

そのコツゴツとした摩尼殿を見上げながら、木のユニットをコツゴツと組みあわせて武田への敬意を示しながら、しかも武田にはない軽みを追究したのが、僕の設計しているはづき茶屋である。茶屋だから、そんな力を抜いた軽快さを、武田先生も許してくれるのではないかと、先生に少し甘えてみた。

マッチ・パビリオン・プロジェクト

マッチの軸木と和紙を用いて、洞穴のような構造体のプロトタイプを制作した。

どちらの素材も一見するととても小さく薄い、か弱い素材である。しかし、線としてのマッチと、面としての和紙が組み合わされることで一定の強度が現れる。

デジタルテクノロジーを用いて生成した全体形状にこの小さな線と面の集合が展開されることで、かき揚げのような、つんつんした、これまで建築にはなかった質感を生み出すことができた。

adf-web-magazine-himeji-kuma-3

Takada Kenzo House ©Jimmy Cohrssen

adf-web-magazine-himeji-kuma-4

Takada Kenzo House ©Jimmy Cohrssen

adf-web-magazine-himeji-kuma-7

V&A Dundee ©隈研吾建築都市設計事務所

adf-web-magazine-himeji-kuma-6

角川武蔵野ミュージアム ©隈研吾建築都市設計事務所

adf-web-magazine-himeji-kuma-9

はづき茶屋 ©書寫山圓教寺

adf-web-magazine-himeji-kuma-10

ハヅキ茶屋(はづき茶屋プロジェクト)

adf-web-magazine-himeji-kuma-11

ツンツン庵(マッチ・パビリオン・プロジェクト)

adf-web-magazine-himeji-kuma-12

ツンツン庵 部分

「隈研吾の『コツゴツ』哲学 過去から未来へ生き残るデザイン―髙田賢三へのオマージュ展」開催概要

会期2024年12月7日(土)~2025年2月2日(日)
会場姫路市立美術館 企画展示室 他
休館日月曜日(ただし1月13日は開館)、年末年始(12月28日~1月3日)、1月14日(火)
料金一般700円、高大400円、小中200円
URLhttps://tinyurl.com/3rdkktnx