「災害復興」「社会包摂」「地域経済」「メディア」などをキーワードとして複数の事例を紹介する書籍

アートやアートプロジェクトが美術館やギャラリーの中だけで完結するものでなくなって久しく、地域活性化や教育・福祉の場などでアートを活用しようとする動きはますます活発になっています。

しかしその一方で、一部の華々しい成功例の来場者数や経済効果などの結果や数字だけを見て、その本質に目を向けずにアートやアートプロジェクトを利用しようとする風潮もあり、ミスマッチが生まれていることも珍しくありません。

アーティストは、デザイナーやコンサルタントとは異なる存在であり、依頼者の求める内容や望む結果を生み出してくれるとは限らず、一部の成功例を真似してアートやアートプロジェクトを利用し、望む結果だけを得ようとしても、なかなか思い通りにはいかないでしょう。

むしろ、周囲の思惑からの逸脱や、問題の発見と追及、新たな視点の提示、予想外の展開などにつながることも多く、その逸脱性や予測不可能性を楽しむことこそが、デザイナーやコンサルタントへの依頼では経験しがたい、アートやアートプロジェクトを活用することの醍醐味だとも言えます。

度重なる災害や感染症の猛威、多様化する価値観、めまぐるしく変わっていく状況や社会に「いままでどおりのやり方や考え方」では通用しない場面が増えてきています。

そしてそういう時代だからこそ、アートやアートプロジェクトが持つ逸脱性や予測不可能性が現状打破のきっかけとして求められているのではないでしょうか。

今回紹介させていただく「危機の時代を生き延びるアートプロジェクト」という書籍は、日本各地に編集・ライターのコミュニティを持つEDIT LOCAL LABORATORYがクラウドファウンディングを利用して2021年の末に発行し、日本各地で文化芸術にとどまらない多様な価値を生み出してきたアートプロジェクトの動きの中から、「災害復興」「社会包摂」「地域経済」「メディア」などをキーワードとして複数の事例を紹介しており、アーティストやアート関係者だけでなく、アートについて詳しくはないけどアーティストやアートプロジェクトがどのような影響を社会に及ぼしているか知りたい、事業にアートプロジェクトを取り入れてみたいという方にもおすすめの一冊です。

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第一章の『アーティストによる震災の「記録」とそれを支えたプラットフォーム (谷津智里 著)』では、せんだいメディアテークが ”東日本大震災を市民が個人の視点から記録し、共有する” ことを目指して作ったプラットフォームである「3がつ11にちをわすれないためにセンター」と、そこに関わるアーティストの動向や、アーティストが記録することの意義などについて触れられ、第二章の『豪雨からの復興とアーティストのまなざし ー 岡山県倉敷市真備町放課後デイサービス「ホハル」 (南裕子 著)』では、西日本豪雨の被害を受けながらも迅速に事業を再開したホハルの例を見ながら、アーカイブの重要性や、アートプロジェクトとアーカイブの関係性などについて語られています。

第三章の『障害者福祉事業を核にした社会への問いかけ ー 静岡県「クリエイティブサポートレッツ」と「表現未満、」 (橋本誠 著)』では、障がい者をアーティストとして祭り上げるのではなく、既成概念や社会の枠組みから逸脱する彼らの役割そのものがアート的であると捉え、芸術作品として成立させることにこだわらずに障がいのある人と社会の関わりを問いかけることを目的としたアートプロジェクトのあり方にフォーカスが当てられ、第四章の『釜ヶ崎で表現と社会をつなぐ、ココルームの実践 (はがみちこ 著)』では、支援する・されるという関係とは異なる、表現を通したホームレスの人々との対等な関わり方を実践しているココルームおよび釜ヶ崎芸術大学の試みが取り上げられており、多様な人々と共生していくための実践例を見ることができます。

コラム1の『地域における人々の営み ー 祭りとしてのアートプロジェクト (橋本誠 著)』、第五章の『なぜ、文化芸術で地方創生できるのか? ー ローカルと世界をつなぐ「城崎国際アートセンター」の可能性 (石神夏希 著)』、第六章の『芸術祭から地域の未来を創造するプラットフォームへ ー 大分県「BEPPU PROJECT」と「CREATIVE PLATFORM OITA」 (橋爪亜衣子 著)』、第七章の『アーティストの想いを伝えるのは「本気」 ー 栃木・宇都宮「おじさんの顔が空に浮かぶ日」 (中嶋希実 著)』、第八章の『手紙というオールドメディアを活用した「つながり」のアートプロジェクト「水曜日郵便局」 (影山裕樹 著)』では、アートプロジェクトを通した地域活性化の実例とその流れや、アートが地域の人々との間に生み出す関係性、想定とは異なる方向に発展していくアートプロジェクトの予測不可能性、アートが提示する新たなかたちのつながり方など、アートと地域や交流に関連した内容が述べられています。

そして『座談会 地域から個人の内面へ ー アートプロジェクトの本質とは 芹沢高志×若林朋子』やコラム2の『作品から現象へ ー アートプロジェクトの時空間 (影山裕樹 著)』では、総括的な内容としてアートプロジェクトが普及してきた流れや現在の状況とこれから、アートプロジェクトの本質などについて言及された、興味深い話題が展開されています。

仕事や社会構造の細分化・複雑化がますます進んでいく現代の中で、様々な分野を横断して作品を制作するアーティストや、異なる人々の間に新たな交流を生み出すアートプロジェクトはイノベーションを生み出すファクターの一つとして注目されていますが、その内容はあまりに多岐にわたるため、アートプロジェクトとはどういうものかという理解は置き去りになっているように見えます。この本がアートプロジェクトについての理解を深めるための手助けとなることは間違い無いでしょう。

『危機の時代を生き延びるアートプロジェクト』

橋本誠・影山裕樹 編著
石神夏希・中嶋希実・はがみちこ・橋爪亜衣子・南裕子・谷津智里 著
本の詳細および取り扱い書店:sen-to-ichi.com/publication/elbooks01/