森美術館で開催中の「ロン・ミュエク」展レビュー
私たちの目の前にいるのは、本物の人間であるのか。それとも、どこか別の世界から現れた存在であるのか。ハイパー・リアリズムを追求しながらも、大胆なスケールの操作によって超現実的な作品を作り上げる彫刻家、ロン・ミュエクの回顧展が、4月29日より森美術館で始まった。
1958年にオーストラリアで生まれ、現在イギリスを拠点に活動するミュエクは、1997年にロンドンで開催された「センセーション:サーチ・コレクションのヤング・ブリティッシュ・アーティスト」展への出展を機に、国際的な注目を集めた作家である。
彼の特徴ともいえる具象彫刻は、きわめてリアルでありながら、どこか非日常的で、まるでパラレルワールドの住人と対峙しているかのようである。皮膚のしわやたるみ、表情のわずかな変化に至るまで詳細に作り込まれたその身体表現は、単なる写実を超えて、その人物が抱える感情や時間の重なりまでも感じさせる。
彼の作品の多くには、孤独や不安といった人間の内奥に潜む感情の影が、敏感に写し取られている。そうした感情を彫刻の表現として落とし込んでいく姿勢には、人間の内面性に対するミュエクの深い関心が表れているだろう。
以下では、本展の中でも筆者が特に強く印象を受けた《イン・ベッド》(2005年)をピックアップして紹介する。
《イン・ベッド》は、ベッドに入った中年女性を巨大なスケールで表した作品である。この作品の最大の特徴は、何といってもその大きさであろう。長さ6.5メートル、幅4メートルにも及ぶその身体は、通常の人体の大きさをはるかに超えている。一方で、まつ毛の一本一本や目元の小じわに至るまで、省かれることなく緻密に再現されており、圧倒的なリアリズムも同時に存在している。
このような現実と虚構のせめぎ合いが、作品に独特の不気味さを生み出している。私たちは目の前の女性を、現実に存在する人物のように感じながらも、その異様な大きさによって、通常の人間とは異なる存在として意識せざるを得ない。リアルでありながらも現実的でないという感覚が、鑑賞者に静かな不安を抱かせるのである。
彼女の目の中にもまた、日常生活の中に潜む不安のようなものが、かすかに揺れているように見える。片手を頬に当て、眉をひそめながら、どこか心配そうに遠くを見つめる姿は、眠りから覚めた直後のぼんやりとした意識にも、何か深い悩みに沈んでいる瞬間にも見える。その焦点の定まらない眼差しは、いったい誰に、あるいは何に向けられているのだろうか。
ロン・ミュエク展 情報
| 会期 | 2026年4月29日(水)~ 9月23日(水)※会期中無休 |
| 時間 | 10:00~22:00 ※会期中の火曜日は17:00まで |
| 会場 | 森美術館 |
| 住所 | 東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー 53階 |
| URL | https://www.mori.art.museum/jp/ |

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