アーティスト アレクサ・クミコ・ハタナカ:インタビュー

和紙で作られた衣服や彫刻、テキスタイルが、まるで星座のようにギャラリー空間に広がり、壮大なインスタレーションとして来場者を包み込む…… アーティスト、アレクサ・クミコ・ハタナカ氏とジョニー・ニエム氏による展覧会「根気と継続」が2026年1月15日(木)までカナダ大使館高円宮記念ギャラリーで開催中です。日系カナダ人のクィア・アーティストで、双極症を抱えながら創作を続けるハタナカ氏に、ADF(NPO青山デザインフォーラム)が創作の背景や障害に対しての考えについてお話を伺いました。

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Photos: ADF

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アーティストの背景とキャリアについて

アーティストになろうと思ったきっかけは何ですか?

ものづくりは私にとって自然なことでした。昔からファッションや物語、別の現実を想像することが大好きでした。人がシンプルな素材から何かを生み出すことに、元々強い憧れがあったのだと思います。子どものころは手描きのグリーティングカードを作って売っていましたし、高校ではビーズアクセサリーを作ったり、自分でTシャツをシルクスクリーンプリントしたり、絵を描いたりしていました。

母はファッションデザインを学んでいて、よくクラフトをしていたので、私は幼い頃に裁縫を習い、簡単な版画もしていました。最近、子どもの頃に作ったハローキティのリノカット版画が見つかったんです!父は私と兄に工具の使い方を教えてくれました。兄のケレン・ハタナカ(彼もアーティストです)が高校で絵を描くようになったのも大きなインスピレーションでした。

大学では壁画制作の仕事を始め、スプレーペイントの技術を完璧にすることに夢中になりました。同時に織りや版画、染色も始めました。その頃にはもう、アートの道から引き返せなくなっていましたね。

どのようなアーティストに影響を受けましたか?

パシータ・アバッド、イサム・ノグチ、伝統工芸の職人(特にテキスタイル)、日系カナダ人版画家のナオコ・マツバラさんとは2021年にご一緒できました。あと、木工を手がける友人のディラン・ムーア。

あなたにとってアートとはどのような存在ですか?

性格的なものもありますが、未診断の双極症による激しい不安や不眠もあり子供のころから大変内気でした。アートを作ることは、「理解されたい」「つながりたい」、あるいは痛みや孤独を何とか表現したいという思いから自然に始まったのだと思います。

制作中は問題解決や探求に没頭することができ、自分を失うような感覚が好きでした。今もアートにそういう向き合い方をしていますが、「自分を完全に理解してもらえることはない」と穏やかに受け入れられるようになり、今は友人にも恵まれています。

アートには、人の経験を映す鏡のような力があり、孤独ではないと感じさせてくれる一方、まったく異なる視点を示す力もあります。また、アートは現実世界に具体的な変化をもたらすこともできると信じています。コミュニティアートはとても複雑で、倫理的に十分に実践されていない場合も多いですが、それでも社会的なインパクトを試みる価値があり、実現は可能だと思っています。

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アーティストの創作プロセスについて

作品制作のモチベーションはなんですか?

今の私を動かしているのは、多様な精神的特性をもつ人の可視性を高めたいという思いです。「メンタルヘルス」「メンタル・イルネス」という言葉は、心や神経だけを身体から切り離してしまい、スティグマ化を助長し、状況を“問題”として扱ってしまうことがあります。

私自身が困難だった時、同じような経験を持つ人の例を探しても、共鳴するストーリーや公の人物を見つけるのは簡単ではありませんでした。最も力のある作品は「正直で具体的」であるものだと思っています。それが人と本当に繋がる唯一の方法だからです。正直であることは、むしろ解放的だと感じます。誰しもが抱える“恥”を少し手放すきっかけにもなるからです。

また、伝統素材や技法の現代的な活用を通じて、それらが今も未来も重要であることを示したいという思いも強いです。社会全体がデジタルへと大きく振れたことで、今は手仕事への回帰の動きがあります。クラフトを守るには多くの人の力が必要であり、その一方で、生活に根ざすためにクラフトは進化も求められます。

私は伝統工芸に深い敬意を持っています。例えば、私が最も関わっている和紙づくりは膨大な労力と献身が必要です。農家が高齢化し後継ぎがいないため、和紙職人が刈り取りから紙漉きまで全工程を担わざるを得なくなっています。私は北岡竜之さんとオーダーメイドの和紙を制作しており、また鹿敷製紙のアーカイブ和紙も使っています。自然と調和する和紙づくりの知恵こそ、環境危機の時代にこそ必要な智慧なのです。

日系カナダ人としてのルーツは、テーマや技法にどう影響していますか?

私が選んできた技法には、潜在的・直感的な導きがあったように思います。カナダ日系文化会館で日本舞踊を習ったり、着物や法被を着つけてもらったこと、祖母から紙の着せ替え人形をもらったことなど、紙・布・パターン・色・手仕事への愛着は幼い頃から育まれました。

大学で版画に出会い、リトグラフ・凹版・凸版・紙づくりに没頭しました。和紙を初めて使った時、そのインクの吸い込みの美しさや透け感の多様さに魅了されました。和紙が自分のルーツを結ぶ素材だと意識する以前から、自然と惹かれていたのです。

ここ6年ほどは魚を描くことが増えました。日系移民の多くが漁業に従事していたこと、曾祖父が漁師で祖父も趣味で釣りをしていたこと、曾祖母がサーモン缶詰工場で働いていたこと、そして私自身もヌナブト(カナダ北極圏のイヌイット地域)で10年間のプロジェクト中に氷上釣りを経験したこと。自然と触れ合う機会が多く、魚は自然とテーマになっていきました。

また、ナマズが地震を起こすという日本の神話を知ったとき、それまで扱ってきた「地震=人生の激変のメタファー」というテーマと自然に結びつきました。ナマズが実際に地震を察知して活発になるという漁師の観察も背景にあることに感動し、人間が自然への感覚を研ぎ澄ませて得てきた知恵に強く興味を持つようになりました。

作品制作で大切にしていることは?

私はクラフトマンシップを大切にしています。細部と精度にこだわります。例えば、和紙の端切れを縫い合わせるときは縫い目のラインに注意し、糸の色も細かく切り替えます。これは実物を間近で見るからこそ分かる楽しみです。

同時に、人の手による“揺らぎ”も好きです。手漉き和紙の羽のような端、染色のムラ、リノカットのインク濃度のわずかな変化……機械では出せない表情です。

リノカットは一度刻むと戻れない“最終的な線”になる点が特に好きです。その瞬間の決断が痕跡として残るからです。作品は制作の過程で命を持つので、その瞬間ごとの選択は自分自身の手で行わなければなりません。

作品制作での苦労や悩みはなんですか?

健康状態が良くないときは苦労します。私は双極症と共に生きており、時にコントロールできない鬱の時期があります。非常に高い機能性を持つ人間でも、この状態は深刻で、重さを抱えながら前に進まなければなりません。強い不安や被害妄想に襲われることもあり、アイデアを信じられず、自信を失い、社会的な交流も難しくなります。

でも、その時期を抜けると、作った作品を好きになったり、当初不安だったコンセプトに確信を持てることが多いです。また私は飽きっぽいところがあるので、もっと深くひとつのテーマに向き合うことも意識しています。

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アーティストの作品とメッセージについて

なぜ、“紙”、とりわけ和紙を主材料に選ぶのでしょう?

和紙は繊細で透明感があり、一見すると脆いように見えますが、とても強い。私はその性質が“メンタルヘルスに影響を与える状態”というテーマにぴったりだと感じています。

私はパフォーマンスやダンス、個人的表現のために着用可能な紙の彫刻を制作します。これらは悲しみを解放し、守り、つながりを促し、勇気や実現、協働を象徴する“装い”として機能します。最初に紙の着用作品を作った動機は、和紙の多様さや驚くべき耐久性を最もよく示せる方法だと思ったからです。

かつて日本では、布よりも紙の衣服の方が一般的だった時期があったことを知り、とても驚きました。紙は誰もが日常的に使う素材なのに、現代アートでクラフトベースの表現が注目される中、紙だけはまだ過小評価されているように感じます。一般的な紙は弱く、使い捨てで、生産も環境負荷が高い。一方で和紙などの伝統紙は、自然と同期し、清らかな水を守りながら作られます。環境的に持続可能なこうした技法はもっと注目されるべきなのに、見逃されています。

私は和紙を使うことで、紙漉き職人の努力を支え、この文化を次の世代につなげる役割を担いたいと思っています。

双極症が作品の核であるとのことですが、メンタルヘルスを扱う際に込めている意図やメッセージは?

鬱や不安は世界の一部では徐々に語られやすくなってきており、希望を感じます。しかし、双極症のように、依然として誤解や偏見の強い状態もあります。“変動する存在”“不安定な存在”への恐れや嫌悪もありますし、日々の作業能力が一定でないと、資本主義社会の規範に合わないと見なされてしまうこともあります。

私の作品が双極性について話すきっかけとなり、それが“秘密”や“人を不快にさせる話題”ではなく、ごく普通のこととして話せる空気をつくれたら嬉しいです。

私は最近、双極症の進化論的仮説に注目しています。更新世の厳しい気候変動に適応するための特性という考え方です。良い天候のときに“躁”の状態で生産性を最大化し、思考が速く、創造的で、エネルギーが尽きない。そして不利な環境ではエネルギーを温存する“鬱”の状態になる。こう考えると、双極性はむしろ自然界と深く同調する智慧のひとつと言えます。

気候危機の時代において、神経多様性が持つ智慧は社会に必要なものだと感じています。それは私が使う素材とも共鳴します。紙漉きという伝統技法もまた過小評価されており、自然への繊細な感性が不可欠な知恵として現代にも重要だからです。

アーティストの社会的役割とは?

アートの力は過小評価される一方で、作品が“何かを変えている”と過度に称されることもあります。アート界はしばしば自分たちだけで話をしている閉じた空間で、社会や政治をテーマにした作品も、その多くはバブルの中で反響し合うだけで、広く届きにくいのが現状です。

ごく一部の作品だけが時代の証として長く残ります。世界の危機の大きさを前にすると圧倒されそうになりますが、最も良い貢献の仕方は、自分のコミュニティや関係ある場所に焦点を当てることだと思います。たとえば、地域で一緒にアートをつくり絆を深めること。声の届かない問題に光を当てること。伝統職人と協働して文化を未来に残すこと。そして、美を世界にもたらすこと。美は人間にとって不可欠だからです。

“畏れ(awe)”の感覚は私たちの幸福に重要で、自然の中で最も強く感じられます。偉大なアートはその“畏れ”を喚起することができます。それは非常に稀で、訪れるときは本当にギフトです。

今後の目標や挑戦したい表現は?

より大きなプラットフォームを持つ機関と協働し、メンタルヘルスについての理解を広げたいと思っています。存在を認めるだけでなく、その“複雑さ”を伝えることで認識を変えていきたいのです。

また、世界各地の紙づくりの伝統を探求し続けたいです。ジョニー・ニエムと制作しているドキュメンタリーでは、日本から始まり、昨年はベトナム、次は韓国へ行く予定です。クラフトは“国”ではなく、その土地の環境が生み出した“地域の技”であり、ローカルな知識の重要性を示したいと思っています。

セネガル・ダカールのレジデンシー「Black Rock」では、現地植物のパルプを使った大判の紙づくりを試し、太陽光で乾かすなど新しい手法にも挑戦しました。ブロンズ鋳造にも挑戦しました。

さらに、以前取り組んだ「布を水に浸して屋外で凍らせ、その環境の中で写真作品として完成させる」シリーズにも、改めて向き合いたいと思っています。

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アレクサ・クミコ・ハタナカ

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Credit by Roya Delsol

1988年カナダ トロント生まれ。日系カナダ人かつクィア・アーティストであり、双極症とともに生きるという経験が彼女の作品制作の基盤を形作っている。主に紙を用い、版画、インクドローイング、草木染めを縫製と組み合わせて制作。ハタナカによる伝統の現代的な再解釈は、彫刻、大規模な版画インスタレーション、着用可能な彫刻として立ち現れ、気候変動や精神的な健康、生存といった同時代の問いに応答する。風景や魚、水域といった繰り返し登場するモチーフは、苦しみ、しなやかさ、つながり、そしてラディカルな喜びという、個人的かつ集合的な経験を語る。主な展示に、日系文化センター・博物館(バーナビー /カナダ)、オンタリオ美術館(トロント / カナダ)、大英博物館と在イギリスカナダ高等弁務官事務所(ロンドン / イギリス)、トロント・ビエンナーレ・オブ・アート、観瀾版画原創産業基地(神泉 / 中国)など。代表作《Hazmat Suit (unborn/ reborn tsunami)》は、2021年よりカナダ国立美術館に収蔵されている。

「根気と継続」開催概要

会期2025年9月19日(金)~2026年1月15日(木)
時間10:00〜17:30 ※土日および大使館休館日は休み
会場カナダ大使館高円宮記念ギャラリー
URLhttps://tinyurl.com/4ym8cj7r