台日共丸プロジェクト

台日共丸プロジェクトは、大阪万博に台湾が国として参加できないことをきっかけに始まり、台湾のキュレーターや記者、実業家、芸術家など、民間の有志の人々が集まって行われているもので、岡山県宇野港での「台湾自己館」や「Taiwan on the Moon」の設置や、小豆島にある二十四の瞳映画村 Gallery KUROgOでの「台湾金甘蔗映画祭」に関する展示、台湾の写真家による大阪での展示など、瀬戸内海周辺の各地で台湾の紹介と台日交流を目的とした複数の展示やイベントが大阪万博の期間に合わせて開催されています。

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台湾自己館のポスター

台湾自己館

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台湾自己館に展示されている Taiwan on the Moon

台湾自己館は、台湾が国として大阪万博に参加できないことを受け、その実情も含めて台湾について知ってもらいたいという思いから作られた民間の人々によるパビリオンです。台湾自己館に展示されている「Taiwan on the Moon」は一見すると、ただ月のバルーンが浮いているだけに見えますが、よく見ると月の上に台湾が紛れ込んでいます。台湾という国土と台湾人を自認する人々が確かに存在するにも関わらず、国際社会では国として認められず、存在していないかのように扱われている現状を、台湾は地球上に存在していないという比喩的メッセージで表現しています。また、台湾と日本のアーティストによる交流展なども今後行われる予定です。

  • 期間:2025年4月16日~2025年10月30日
  • 場所:岡山県玉野市築港 5-4-1 駅東創庫 台湾自己館(会期中、展示内容が変わることがあります)

林聲写真展 台湾の頭家

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台湾の著名な写真家であり、台日共丸プロジェクトを行う有志メンバーの1人でもある林聲氏による、民主化時代の台湾の人々にフォーカスを当てた写真展です。6月14日の19:00からはアーティストトークも行われます。

  • 期間:2025年4月14日~2025年6月14日 11:00~21:00
  • 場所:大阪府大阪市浪速区恵美須東 1-20-5 The PAX

金甘蔗映画祭

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金甘蔗映画祭

台日共丸プロジェクトの主要メンバーである商毓芳氏と蔣耀賢氏が行っている台湾金甘蔗映画祭についての展示や映画祭の過去受賞作の上映が小豆島の二十四の瞳映画村内にあるGallery KUROgOにて行われています。

甘蔗とはサトウキビのことで、台湾金甘蔗映画祭は2006年に高雄にある橋仔頭糖廠(キョウシトウ製糖工場)に作られた芸術村から始まり、言論と創作の自由示す「100%自由で100%スウィート(甘い)」を理念に冬のサトウキビの収穫期に開催されています。

  • 期間:2025年4月19日~2025年8月30日 9:00~17:00
  • 場所:香川県小豆郡小豆島町田浦 二十四の瞳映画村 Gallery KUROgO(映画村への入場料が必要です。詳しくはこちら https://www.24hitomi.or.jp/ticket/

台湾をとりまく複雑な事情と台湾アイデンティティ

大阪万博には台湾企業のTECH WORLDがパビリオンを設置していますが、それはあくまで民間企業としての参加であり、台湾が国として参加できているわけではありません。台湾が国として大阪万博に参加できない理由として博覧会国際事務局の加盟国ではないことが挙げられますが、それ以前の問題として日本やアメリカを含む多くの国が中国からの圧力により、台湾を国として認めていないという実情があります。

第二次世界大戦後の中国では中国国民党と中国共産党による内戦が起きていました。1949年に毛沢東率いる共産党が中国での内戦に勝利し、中華人民共和国を建国します。一方、共産党に敗れた蒋介石率いる国民党は台湾に逃亡して遷都というかたちで中華民国を存続させる道を選びました。これにより、中華人民共和国と中華民国という、二つの中国政府が存在するという状況が発生します。

当然その状況を共産党が放置するはずもなく、「台湾解放」という名目のもと、国民党勢力を滅ぼして台湾を社会主義化することを目指します。蒋介石はそれに抵抗し、共産圏の拡大を恐れていたアメリカによる軍事支援もあって、共産党による台湾への軍事侵攻は阻止されましたが、アメリカがベトナム戦争に敗れて方針を変え、米中の国交が樹立されると、中華人民共和国(中国)の圧力によって中華民国(台湾)は国連から追放され、日本や他の国々との国交も断絶、台湾は国際社会で孤立しました。その後、経済的外交は回復するものの、国としては今も認められていないままです。

なお、国民党による台湾統治も当初は民主的なものではありませんでした。日本の降伏後に台湾へ上陸した中華民国軍の規律は乱れており、婦女暴行や強盗事件が頻発し、行政などの要職も大陸から来た外省人に独占され、もともと台湾にいた本省人の反発が高まっていき、ついには本省人の民衆が蜂起する二・二八事件が1947年に起こります。それを受けて蒋介石は徹底的に弾圧を行い、知識人や共産主義者を大量に処刑しました。そうして掌握が完了していた台湾に共産党に敗れた蒋介石は逃げ込み恐怖政治を続けたのです。

蒋介石の引退後も国民党による独裁は続き、民主化運動や台湾としての独立を求める運動が日本やアメリカに移住した台湾人を中心に展開され、多くの血を流しながら李登輝の政権になってようやく民主化が実現しました。そうした歴史があるからこそ、台湾では言論の自由や民主主導の運動に対する意識が高く、台日共丸プロジェクトの活動にもそれがよく見て取れます。

そのような背景から、国として認めてもらいたいという台湾の悲願も「中華民国として認められるのか」「台湾という国を新たに建国して独立するのか」という一言では表せない複雑さを含んでいます。

時代を経て本省人と外省人との間にある対立意識が薄れてくるとともに、自分を台湾人だと自認する人が増え、台湾人とは何かを示す「台湾アイデンティティ」が台湾では強く求められるようになってきています。台湾の人々が負の歴史を含む文化・歴史遺産の保護を積極的に行なっていることに対し、台日共丸プロジェクトの主導者の1人であり、橋仔頭糖廠の保存活動に尽力した経験もある蔣耀賢氏は「私たちが負の歴史や遺産も含めて保存活動を行うのは、それが民主的な活動や自由が許されていることの証明だからだ。中国のように言論が弾圧され、国に都合の悪い歴史が隠される社会ではそうしたことはできない。」と述べていました。

台湾アイデンティティの確立を目指して、そうした保存活動や台日共丸プロジェクトのような民間主導の外交努力が、日々行われています。