瀬戸内国際芸術祭2022の会場の一つ大島の紹介
今回は瀬戸内国際芸術祭2022の会場の一つである、大島についてご紹介させていただきます。会場となっている大島青松園は、高松港から北東へ約8kmのところに位置する、ハンセン病患者を隔離するための国立ハンセン病療養所として機能していた小島です。
かつて「癩」や「らい病」などとも呼ばれていたハンセン病は、感染力が弱く、感染しても発症する可能性の低い病気ですが、感染し発病すると手足などの末梢神経や皮膚や目などに障害を引き起こし、病気による変化が外見に著しく表れることから、多くの国で長いあいだ恐れられ、偏見や差別、強制隔離など、様々な人権侵害や問題を生み出してきました。
もともと感染力が弱い伝染病であるため、予防や消毒などの特別な対策が必要なく、治療方法も確立され、現在では完治可能な病気になっていますが、1996年に「らい予防法」が廃止されるまで、日本でもハンセン病患者を見つけ出すと療養所に隔離・強制収容するということが行われ、会場となっている大島青松園にも多くの人々が強制収容されていました。
「らい予防法」が廃止されて療養所を離れた人も居ますが、様々な理由から大島青松園に今も残って暮らしている入所者と職員の方々がいるため、大島の作品を見て回る際には、他の島以上に入所者や職員の方々に迷惑をかけないように気を付ける必要があります。
大島に行く船は高松港から出ている無料便と、瀬戸芸の会期中の土・日・祝日のみ男木島から出ている特別便(大人1000円/子供500円)があります。
時刻表など詳しいことは瀬戸内国際芸術祭2022公式ホームページの東部の島への航路と時刻表にて、「高松ー大島」と「男木島ー大島」の項目をご確認ください。
高松港からの無料便はチケットは不要ですが、乗船できる定員が50名と限られているため、船乗り場にて注意事項が書かれた整理券を受け取ってお待ちください。
また、大島に着いてからも島内での注意事項が説明されるので、船から降りたら乗客が全員集まるまで待ち、レクチャーを受ける必要があります。
10:00、11:50、14:40の1日3回行われるボランティアスタッフによるガイドツアー(所要時間約30分・無料)に参加したい方は、レクチャーを受けた後そのまま残ると参加することができます。
船内および島内での主な注意事項は以下の通りです。
- 船に乗る前に検温を受けて、瀬戸芸のリストバンドを装着しておくこと
- 乗船待機列では新型コロナウィルス感染症対策のため間隔を空けて並ぶこと
- 乗船時に手指消毒を行い、船内ではマスクを着用すること
- 船への車や自転車の乗り入れは不可
- 一般乗客は船内の1階席を利用すること
- 船内飲食禁止
- 船内私語禁止
- 島内食事禁止(弁当の持ち込みも不可、食事する場所もありません)
- 熱中症予防のための水分補給は可(飲料は乗船前に購入しておくこと)
- 島内に荷物の預かり場所はありません
- 島内全面禁煙
- 入所者の生活区域への立ち入り禁止
- 入所者および職員の写真撮影禁止(作品や一部施設は撮影可)
- 熱中症を避けるため屋外でマスクを外すことは構いませんが、屋内や会話中はマスクを着用
- 島内で大きな声を出さないこと
- 屋内作品を鑑賞する前に手指消毒を行うこと
- 乗船を希望する帰りの便の10分前までに案内所付近で待機していること
- 帰りの便への駆け込み乗船不可
- 16:30発の最終便に乗り遅れた場合は自分で帰りの便(海上タクシーなど)を手配すること
- ゴミは持ち帰ること
- 体調が悪い場合や、怪我をした場合は、案内所に相談
以上のことを踏まえて、乗船前に食事や飲料の購入などの準備を済ませ、帰りの便に乗り遅れないようにお気をつけください。
大島に上陸すると、島のあちこちにスピーカーがあり、音楽が流れていることに気づきます。
これはアート作品でも単なるBGMでもなく、失明した人に居場所が分かるように流されているものです(「乙女の祈り」と「ふるさと」の二つのメロディが区画ごとに流れているため、どの音楽がどこから聞こえるかで自分の現在位置を把握できるというしくみ)。
入所者の方と会うことはあまりないと思いますが、目が見えない方もいるので、ぶつかったり大きな声を出して驚かしてしまったりしないように注意が必要です。
大島には13作品が展示されており、そのいずれもがハンセン病や強制収容されていた入所者の体験などをテーマにしています。
展示場所の一つにもなっている大島青松園社会交流会館の中には、大島青松園のジオラマや歴史が展示されているエリアもあるので、作品を鑑賞する前か後にご覧になると、大島青松園やハンセン病、入所者の方々や展示されている作品への理解を深めることができます。
社会交流会館に展示されている作品は、鴻池朋子の『物語るテーブルランナー in 大島青松園』『浜辺の歌、月着陸、壁上り』(両作品共に展示番号 os08)『物語る金の豚』(os12)と、やさしい美術プロジェクトによる『{つながりの家}カフェ・シヨル』(os09)の4作品です。
便宜上4作品となっていますが、『物語る金の豚』は、鴻池朋子と藏座江美(キュレーター)と弓指寛治(アーティスト)との協力によって実現された、熊本県合志市にある国立療養所菊池恵楓園絵画クラブ「金陽会」に所属する10名の会員の絵画を展示したものであり、全52枚の絵画から構成されています。
島で生活をしている方々から聞き取ったお話しを絵に描き起こし、ランチョンマットに仕上げて物語とともに展示している鴻池朋子の『物語るテーブルランナー in 大島青松園』も展示点数が増え、『浜辺の歌、月着陸、壁上り』という映像作品も追加されているため、しっかりと作品や資料を鑑賞すると、社会交流会館だけでも1時間ほどかかります。
同じく社会交流会館の中で展示されているやさしい美術プロジェクトの『{つながりの家}カフェ・シヨル』は今までの芸術祭ではカフェとして利用できましたが、新型コロナウィルス感染症対策のため、大島産の新鮮な梅や柑橘類を使った菓子類のテイクアウトのみとなっています。
社会交流会館を後にして進むと、入所者の寮として使用されていた建物などに作品が展示されているエリアに着きます。
まず手前から、海岸の漂流物や廃材、木の実などを使って海底の世界などを表現した回遊型のインスタレーション作品『青空水族館』(os01)、島に自生するウバメガシや山つつじなどの雑木や雑草を移植して、入所者や訪問者が散策する庭を作った『森の小径』(os02)、入所者のNさんから聞いた入所者の出来事や島での生活、結婚などを作品化した『「Nさんの人生・大島七十年」ー木製便器の部屋ー』(os03)と、田島征三の3作品が続きます。
中でも『「Nさんの人生・大島七十年」ー木製便器の部屋ー』は入所者であるNさんの人生が生々しく伝わってきて、国の間違った方針や世間の偏見がどれほど人の人生や尊厳を踏みにじるのかということを思い知らされます。
続いて、やさしい美術プロジェクトの『希有の触手』(os04)と『{つながりの家}GALLERY15「海のこだま」』(os05)の2作品が展示されています。
『希有の触手』は大島で「カメラ倶楽部」に入り大島の写真を撮影していた入所者の脇林清さんを撮影し、その写真を展示してあり、入口脇には脇林清さんやカメラ倶楽部について書かれたプリントが置かれてあるので、そのプリントを手にとって内容を読みつつ鑑賞することをお勧めします。
『{つながりの家}GALLERY15「海のこだま」』は、島に唯一遺された木造船が寮の内部に展示されているインスタレーション作品です。
そしてその奥には山川冬樹の『歩みきたりて』(os06)と『海峡の歌/Strait Songs』(os07)が展示された建物があります。
山川冬樹は自らの声や身体を使った作品やパフォーマンスを発表する作家であり、この2作品も作家が身を以て入所者の足跡を辿り、「隔離」という問題について考え、大島に生きた人たちの生を肯定しようとしているものです。
『歩みきたりて』は大島に生きた歌人、政石蒙さんの生涯の軌跡を作品化したもので、生まれ故郷である愛媛県南予地方の「松野町」と、ハンセン病であることを隠して戦地で死のうと満洲に出征したものの、戦死できずにソ連軍の捕虜となり抑留されたモンゴルの「ウランバートル捕虜収容所跡地」、そして復員後に入所した「大島青松園」の3カ所に作家が赴いて政石蒙さんの随筆「花までの距離」を断片的に朗読し、つなぎ合わせた映像作品と、政石蒙さんの遺品資料が展示されています。
『海峡の歌/Strait Songs』は大島から四国側の庵治町のあいだの海峡を作家本人が泳いで渡る様子を撮影した映像作品です。
実際に海を泳いで脱走を試みた入所者もおり、訪問者である我々には美しい景色として映る目の前の海が、入所者には自分たちと外とを隔てるものであったことを改めて感じさせられます。
山川冬樹の作品が展示されている建物の横の坂道を登ると、一段上がったところにある温室跡に、2022年の新作である、やさしい美術プロジェクトの『声の楔』が展示されています。
温室跡の中には古い道具などに混じってテープレコーダーが置かれており、鑑賞者はテープレコーダーを再生することで、大島の盲目の歌人、斎木創さんの歌と声を聞くことができます。
斎木創さんはハンセン病の後遺症により失明と咽頭切開をしており、晩年は唇でテープレコーダーを操作し、自らの声で歌を録音していました。
元入所者の寮だったエリアをあとにしてさらに北に向かうと、鴻池朋子の『リングワンデルング』という作品があります。
この作品は1933年に若い入所者達が自力で作った1.5kmほどの「相愛の道」という散策路を、鴻池朋子が2019年に復活させたもので、今年はその散策路の北側の崖に、海岸に降りるための階段が新たに作られました。
この階段には、閉じようとする島の地形に、生き延びるための新たな道を作るという意味が込められているそうです。
また、この階段を作る作業の様子は、社会交流会館に展示されている『浜辺の歌、月着陸、壁上り』という映像作品の中の一部で紹介されています。
この作品を鑑賞して帰りの便が出る港まで戻るには30分以上かかるので、帰りの便に遅れないようにお気をつけください。