古民家での暮らしVol.9: 日本家屋と陰影礼賛

日本家屋と美学について語られる際によく引用されるものに、谷崎潤一郎が近代化の進む昭和初期の日本の中で西洋文化が入ってきたことによる違和感から日本の古典的な美の感性について考え書いた『陰影礼賛』という随筆があります。

その文中に 「暗い部屋に住むことを余儀なくされたわれわれの祖先は、いつしか陰影のうちに美を発見し、やがては美の目的に添うように陰影を利用するに至った」と述べられてあることから、日本の建築は暗いものだと思い込んでいる人も多いのですが、谷崎潤一郎の解釈は半分正解、半分間違いと言えるのではないかと私は考えています。

先ず、建築を明るいか暗いかで分別するならば、日本の木造建築は比較的明るい部類に入ると言えるのではないでしょうか。明るい家の最たるものとしては、サモア諸島のファレと呼ばれる壁のない家が挙げられます。また、高温多湿な熱帯域でよくみられる木や竹などでできた高床式の住居も通気性を確保するために壁は少なく、すだれのようなもので壁や垂れ幕などを作っているため、屋外に比べたら家の中は薄暗いとはいえ、石造りや煉瓦造りなどの組積造の家に比べれば明るい建物だと言えます。日本の木造家屋もそれら高床式建築に類するものであり、壁は比較的少なく、屋外に面している広い開口部には明かり障子などの採光を目的とした建具が使用され、西洋の建築物に比べて明るく開放的な作りだと言えます。

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サモアの人々が住むファレと呼ばれる住居 ©️Yashima

西洋の組積造建築物は壁面が家を支えるための構造体としても機能しており、壁量を減らして窓などの開口部を大きくとるのが難しかった上、特にドイツやフランスなどのあるアルプス山脈以北の寒冷地では寒さから身を守るために壁を厚く、開口部を小さくする必要がありました。それらの地域では壁量を多くし開口部を小さくする傾向が組積造だけでなく木造の建物にも見られ、ヨーロッパの木骨造家屋と日本の木造家屋を比較すると、日本の木造家屋が雨風を凌ぐために軒を深くし、通気性と採光を高めるために開口部が大きくとられているのに対し、ヨーロッパの木骨造は外気の侵入を抑えるために開口部を小さくし、軒を浅くして窓にガラス戸などを設けることで外気を防ぎながら光を取り入れようとしていることが見てとれます。

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イギリスの木骨造のコテージ source: wikipedia
英語ではTimber framing、ドイツ語ではFachwerkhaus、フランス語ではMaison à colombages、イタリア語ではCasa a graticcio、スペイン語ではTrabfaka domoと呼ばれ、木骨造家屋はヨーロッパ中で広く見られる。現在はヨーロッパでは組積造が主流というイメージがあるが、もともとヨーロッパには広大な森が広がっていたため木造家屋も多かった。

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開口部の大きな日本の木造家屋(岡山の河原邸にて撮影)

日本には生い茂っている木の下の暗がりを表す木下闇(このしたやみ)という言葉があります。ひなたから見た木下闇は深い闇に見えますが、実際に木下闇の中に入るとそこはただの木陰で、暗いというほどではありません。日本家屋の暗さは木下闇のようなひなたの明るさとの対比を前提とした暗さであり、薄暗いと言っても日中の屋内には生活に支障のない十分な明るさがあるのに対し、ヨーロッパ家屋の暗さは厚い壁に囲われた穴倉の中のような暗さであり、特にアルプス以北のヨーロッパの冬は厚い雲に覆われて日照時間も少なく、ガラスが普及していなかった頃は採光もわずかで屋内に差込む光も乏しく、人々の明かりに対する欲求には切実なものがあり、ガラスや電灯の普及によってもたらされた生活の質の変化は日本とは比べものにならなかったのではないでしょうか。

蝋燭や電灯を必要としない程度の薄明かりの中で洗練されてきた日本家屋の様式の中に、電灯やガラス、タイルなどの明るさを指向する異質なものが入りこんだことによって無粋さをもたらされたと感じた谷崎潤一郎の感性は正しく、陰影が日本の美に大きな影響をもたらしていたという点はその通りだと思います。しかし、われわれの祖先が暗がりの中に住むことを余儀なくされたが故に、陰影を利用するようになったという考察は適切と言っていいかどうか疑わしく、むしろ暗さによって生活に問題を感じるような切実さがなかったからこそ明るさに拘る必要もなく、陰影の内に美を見出すことができたのではないかと考える方が自然に思われます。

現在でも蛍光灯の白々しい明かりは和室には合わないと嫌う人は珍しくありませんが、谷崎潤一郎の嫌ったガラス木戸やタイルは日本家屋に馴染むレトロなものとして好事家にも受け入れられるようになりました。

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谷崎潤一郎が日本家屋に合わないと言ったガラス木戸は現在レトロで日本家屋に馴染む建具として人気がある。当時は大きな板ガラスを作ることが難しかったので、薄く面積の小さな板ガラスを継ぎ合わせる必要性から様々なデザインが生まれているのが特徴的。

断熱材や暖房器具、二重窓などの技術が発達してヨーロッパの寒冷地等でも大きな窓を設置しやすくなった一方で、逆に日本ではコンクリート建築やパネル住宅が主流になり、空調効率を前提に考え、断熱材入りの壁面積を増やし、開口部を小さくした昔のヨーロッパ建築のような穴倉式の建物が増えてきています。穴倉のような家の中で昼夜問わず煌々と電灯の着く無粋な現代日本住宅をもし谷崎潤一郎が見たら、何と述べるか尋ねてみたいところです。