ベルリンで活躍する若手アーティストShota Nakayamaの個展「Dear Moon」
4月上旬ベルリン、コロナ禍真っ只中。私は以前から行きたかったギャラリーに出掛けることにした。この状況下、美術館やギャラリーに入れる条件はコロナテストの陰性証明書を入り口で提示すること (もちろん医療用マスク着用は必須)です。朝からテストセンターへ、そして電車にゆられてギャラリーまで。車窓から、淡いピンクの花が咲く木々がチラホラ。ベルリンにも桜があったりする。ほぼほぼ家に閉じこもり仕事してる、久しぶりの外出。車窓からの季節を感じる。まるで遠足の様、なんだか、ウキウキする。
今回向かうギャラリーは、市内中心部近くにあるPeres Projects、Shota Nakayama個展 「Dear Moon」。東ベルリンの歴史的なKarl-Marx-Alleeにある戦後の記念碑的な建物の一部にPeres Projectsは存在する。建物もさすがの迫力。外に面する窓も立派で大きく、中の展示物もワイドテレビを見るかの様に外部からも見る事ができる。早速、スマホでコロナ陰性証明書をギャラリースタッフに提示、”OK”と声がかかり中へ。
Nakayamaの作品は大きな会場に一つ一つバランスよく飾られてあった。真っ白な大きく高い壁に対照的なカラフルの四角形(絵画)がぽつんぽつん。まるで、春を彷彿させる。まず、最初に目に飛び込んできたのが《A sleeping guy in the meadow》。赤い服を着た男子が黄色い床にうつ伏せになり、顔をこちらに向けて寝転んでいる。
淡い青とベイビーピンクの脚。ピンクの顔。黄緑の頭。背景には花や緑の草木が歌を歌うかの様に生い茂っている。夢。その一番上の端に、絵か窓の枠の様な物が描かれている。この”枠”がとてもこの絵にとって重要な役割だ。私はここで夢と現実の”境”をみた。白日夢。デイドリーム。心地。いろんな単語が浮かんできた。
下にある、あたたかなオレンジ色の太い線。それは私の視線を眠る男子に誘導させる。また、このオレンジの線もじわじわあたたかな雰囲気を醸し出し、この作品をより興味深いものにしていた。この展覧会の大型作品の共通することは、描かれた人物が皆眠っているということだ。タイトルの「Dear Moon」。何かお月様に憧れを抱いているかの様。ただ、一作品を除いては、作品の時間設定が昼か夕方の様だ。NakamuraのPopな色使いのせいだろうか、また、昼間に月のことを想い、眠っているのだろうか。
作品を見ていくうちに、印象派の何人かの作品を思い出した。例えば、《Sleepers》の草木はGustav Klimt。《Green moon》のテーブルの果物はPaul Cézanne、その左隣の植木はHenri Matisse。何故か、気になりインターネットで検索してみる。偶然にも私はHenri Matisse 《Still Life with sleeping woman(眠れる女と静物)》(1940)という作品を見つけた。両作品にたくさん共通点があることに気づく。これは決して珍しいことではなく、アーティストにとって美術史に残る作品の引用や参考、インタグレート(融合)はよくあることだからだ。
Matisseの《眠れる女と静物》(1940)とNakamuraの《Green moon》(2021)を見比べてみた。これは作者の意図であるかどうかは全くわからないのでご了承いただきたい。自分の勝手な解釈の一つにすぎない。Matisseの作品は女性が家のリビングの葡萄色の机の上で眠りについている。女性はランチ後に”寝てしまった”という感じだろうか。深い眠りについていそうだ。机の上には鉢植えの植木がジャングルの様に生き生きと生い茂り、その背景には壺と一枚の絵がかかってある。この静物の描写は彼女の夢の中を描いているかにも捉えられる。
Nakamuraの《Green moon》も男性が裸で本を読んでいたら寝てしまったという感じだ。ただ、男性のいる空間はリビングでも屋外でもないアンビギュアスな場所である。葡萄色の机にはMatisseの影響を思わせる植木と果物が転がっている。背景には窓と絵画。これが現実と夢の境を示していると捉えた。地面は緑が生い茂り、まるで楽園とも感じられる様な異様な場所。ただ男性の肉体は灰色である。一見、死体?っと思ってしまう所が謎めいていてまた面白い。
また、Nakamuraの人物画にも少し触れておきたい。《Untitled (Jean Cocteau)》 (2020)。キャンバスにのる水彩とパステルの素材感、質感がとてもいい感じで出ているのが印象的。色の意外性もいい。身体に塗られた橙色の中にある、緑と赤。これはおそらく影を表しているのであろう。影を全く違う色に置き換える遊び心。肩に乗っかる様に描かれた花瓶と小さな三日月もバランスよく構図を作り上げている。
一枚一枚が同じ様で異なった物語を告げ、それでも全体の作品としてまとまりがあった。彼の色使いは80年代を思い出す様なシャツだったり、日本和菓子の様な淡く優しい色。まるで印象派の画家が色とりどりのディスコボールと融合した、そんな気分。
かわいいという形容詞は苦言なのかもしれない。だが、”Kawaii”が国際的に共通語になりつつある今日、人それぞれ国や文化の違いによって”Kawaii”の感覚が違う中、Nakamuraの作品は心地よく”Kawaii”が存在している様に感じた。どこかナイーブな可愛さが彼の洗練された筆遣いに浸透し、じわじわ現れ出したというか、何かとても心地いい気がするのであった。
会場を後にし、「Dear Moon」を観にきて、良かったと思えた。わざわざコロナテストを受けた甲斐もあったと言える。なぜなら、Nakamuraの作品はとても楽しい絵画たちだったからである。コロナ禍の閉塞した世の中で春が春を運んできてくれた様な気がした。
Shota NAKAMURA 「dear moon」展情報
会期 | 2021年3月12日から4月16日 |
会場 | Peres Projects Karl-Marx-Allee 82, 10243 Berlin |
@peresprojects | |
URL | https://peresprojects.com/ |