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建築家渡邉義孝さんへのインタビュー後編

前回に引き続き、台湾と日本で出版されている『台湾日式建築紀行』という本の紹介と、本の著者であり建築家である渡邉義孝さんへのインタビュー記事をお送りさせていただきます。

山本:渡邉さんが台湾でフィールドワークを行うようになったきっかけや、出版までの経緯をお聞きしてもよろしいでしょうか?

渡邉:2011年に東アジア日式住宅研究会という団体が結成されて、日本人の建築関係者に加えて、台湾、韓国のメンバーも加わって、日本の植民地だったエリアの建築をリサーチしようという動きが始まりました。

私も誘われてこの研究会に参加し、台湾を訪れたのが最初になります。

それまで台湾を訪れたことがなく、台湾の日式建築がどういうものか全然知らない状態だったのですが、台湾で古い建物が多く残されていることを知り、古い建物を残していくための法制度や人々の熱意に大きく衝撃を受け、それ以降「これは自分の目でしっかり(日式建築やその保存活動を)見たい」という気持ちを帰ってからもずっと抱き続け、そして2016年に再び台湾を訪れました。

そのときは研究会としてではなく、個人として一人で訪れたのですが、『台灣日式宿舍群 近來可好』というFacebook上の日式建築の同好会に参加し、事前に日式建築に関するいろいろな情報を集めていました。

出発前にグーグルマップを作って編集権を開放し、日式建築が台湾のどこにあるか教えてくださいと呼びかける投稿をしたところ、続々とピンが刺されていき、寄せられた情報はあっという間に数百件を超え、やがてそれを住宅/公共建築/商店などに色分けし、分類してくれる人まで出てきて、1ヶ月半ほどで1500件くらいの情報が集まりました。

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渡邉さんが公開していた日式建築のグーグルマップ

これは大変な数の日式建築があるということをそのとき改めて実感しましたが、現在もこの地図には日式建築に関する情報が増え続けており、見ず知らずの人々が教えてくれたこの情報(グーグルマップ)を見ながら日式建築を探報する旅をしています。

そのような感じで2016年から度々台湾を訪れるようになり、旅先で記したフィールドノートや写真を、情報を教えてくれた人々へのお礼や報告として日式建築同好会の掲示板に公開すると、その報告に対して「この間あなたが訪れた建物はこういった経緯があります」「そこに私の祖母が住んでいました」など、色んな人がまた新たな情報をくれるので、情報を集めたら台湾を訪ねて、ノートを書いてまた報告するという繰り返しでフィールドワークを重ねていっています。

そして、それを見ていた『台灣日式宿舍群 近來可好』の内の何人かが、これを本として出さないかと提案してくださり、台湾の出版社も探してくれて、本を出させていただく流れとなりました。

全文が中国語(台湾華語)です。それが第1作の『臺灣日式建築紀行』(時報文化出版社)でした。

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フィールドノートにスケッチを書き込む渡邉さんと、その周りを囲う台湾の人々(写真:渡邉さん提供)

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日式建築同好会に渡邉さんが投稿しているフィールドノート。
驚くことに、ほとんどその場でレイアウトを決めてペンで描き、着色までされているとのこと。
建築に関することだけでなく、宿泊した場所や食事の内容、見聞きしたことなども書かれ、レシートや切符が直接貼り付けられていることもあり、ノートを通して台湾での旅を擬似体験するような面白さがある。(渡邉さん提供)

山本:なるほど、そのようにして情報を集めながら旅をしてフィールドノートを作っているのですね。

ちなみに、日本語版の台湾日式建築紀行はどのような経緯で出版されることになったのでしょうか?

渡邉:『臺灣日式建築紀行』と、第2作目の『臺南日式建築紀行』が出版されたあと、台湾の出版物の版権を日本に紹介する『太台本屋 tai-tai books』という、日・台の女性たちのグループに講演会で知り合い、「これは日本の出版社にも打診するべきだと思います」と言っていただき、彼女たちが出版社への打診もしてくださって、KADOKAWAさんから出版させていただくことになりました。

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左が台湾、右が日本で出版された台湾日式建築紀行

山本:渡邉さんは台湾の日式建築の保存活動をされている方々と交流しながら、日本でも古民家再生や文化財の調査なども積極的に行っており、台湾と日本それぞれの建築物や文化財の保存活動に詳しいと思います。

台湾と日本の保存活動の違いや現状を教えていただいてもよろしいでしょうか?

渡邉:一番わかりやすいのは台湾の文化資産保存法ですね。

日本の文化財保護法にあたるような法律なんだけど、日本の文化財保護法との大きな違いは、文化資産保護法が私権の制限を堂々と打ち出していることです。

文化財になっている建物を守るのは当たり前ですが、台湾の文化資産保護法では、まだ文化財に指定されていない建物であっても、周囲の市民が「この建物は素晴らしいから壊さないで欲しい」と市役所に求めると、市役所が即時に会議を開いて「この建物は文化財に指定するかどうかまだ未定ですが、文化財としての価値があるかもしれないので暫定的に文化財と同等に扱います」というお触れを出し、取り壊しや工事を強制的にストップさせられます。

例えば下の写真は彰化という場所の、コンクリートでできたかまぼこ型の農業協同組合の倉庫なのですが、「暫定的に古蹟(文化財)に指定したので、本当の古蹟と同じように見なす」というピンクの張り紙が貼られたので、取り壊しを続行すると五年以下の懲役もしくは罰金を課されることになりました。

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彰化の農業協同組合の倉庫。かまぼこ型の特徴的な見た目をしている。(写真:渡邉さん提供)

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文化資産保護法によって暫定的に古蹟として見なし、取り壊しを続けると「懲役五年」等の罰則を与えることを告知する張り紙。(渡邉さん提供)

農協からしたらとんでもない大打撃なんだけど、ここまで私権を制限するやり方で、個人の所有物であったとしても建物を守ることで、それがひいては街の景観や台湾の人民の歴史を守ることに繋がると理解されているわけだよね。

そういう取り壊しを絶対に許さないという市民が日本以上に広範にいる、それが重要な、日本との大きな違いだろうと思います。

台湾市民の間で古い建物が宝物だという意識が日本よりもずっと高いことの背景には、台湾の現代史が血を流して勝ち取った民主化の歴史であるということがあります。

集会をする、デモをする、そして市民が声を上げていくという、市民運動や学生運動の延長線上に今の台湾のリベラルな政権がある、と感じます。

そうした直接民主主義的な意見の表明というものが台湾の歴史的建造物の保存再生のベースにあると僕は思います。

山本:台湾の文化資産保護法は持ち主や工事をする側からしたらかなり厄介な法律だとは思いますが、こういう法律があると、取り壊しはじめてから工事が強制的に止められたりしないように、周囲への事前説明や話し合いの場も増えそうなのがいいですね。

渡邉:でも取り壊すなんて言ったらみんな中々「どうぞ」とは言わないよね(苦笑)

しかしそういう中でも壊しちゃう事例はあるし、逆に残しておいた方が将来的にもお金にもなるという考えも生まれてきています。

もしかしたらマンションにするよりもっと収入に結びつくかもしれない、みたいなね。

いろんな柔軟な考えが出てきているとは聞いています。

山本:日本の場合、建物の保存の難しい点として老朽化や耐震性の問題がネックになることが多いと思いますが、台湾の場合はそのあたりはどうなんでしょうか?

渡邉:台湾も地震の多い国なんですが、耐震強度に関してはおそらく日本の方が厳しいと思います。

ただ、「老朽化したら保存は難しい」というのは当然なのか?

奈良の法隆寺だって、尾道の浄土寺だって、相当老朽化しているんだけど、だからといって取り壊そうと言う人はいませんよね。

台湾の人々の多くは「古くなったから壊そう」なんて発想をあまりしないような気がします。

台湾人の歴史の生き証人でもある歴史的建造物を、自分たちの遺産として残していくという民意が培われてきている、そんな気がします。

ちなみに、今の進んだ技術をもってすれば、耐震補強を木造やレンガ造、あるいは石造の建物に対してだって施せるし、直し方はいくらでもある。

そのために知恵を絞ろうというのが(保存再生の)あるべき姿だと僕は思います。

山本:そうですよね。

確かに私も含めて、日本の市民の多くは古い建物を目の前にしたとき、建物の安全性や利益性を優先して考えがちで、古い建物がなくなることをもったいないと思う感覚はありながらも、簡単に保存を諦めてしまい、残すために必死で知恵を絞ることは少ないかもしれません。

今の日本の価値観では、台湾の文化資産保護法のような強力な法律を日本に導入しようとしても、おそらく自分の利益を守りたい市民や企業の反発が強くて難しいでしょう。

歴史や文化財に対する市民の姿勢の違いは、根本的かつ最も大きな違いだと思います。

台湾の日式建築に関する興味深いお話をいろいろとお聞かせいただきありがとうございました。

KADOKAWAより発売されている渡邉さんの『台湾日式建築紀行』には台湾の日式建築に関する情報や、日式建築の保存再生活動をしている台湾の人々の思いなどがぎっしりと詰まっています。

建築に興味があるという人だけでなく、台湾をより深く知りたいという人にもおすすめしたい一冊です。

渡邊義孝

一級建築士事務所 風組・渡邉設計室 代表
尾道市立大学非常勤講師
NPO尾道空家再生プロジェクト理事として空き家バンク業務、建築調査業務を担当。

著書

共著

など