人新世の開発(破壊)行為から地球環境の回復へと向かうためのトランジション
デザインを凝らした住宅やビル、商業施設は人間のためにとっては便利で快適なものかもしれないが、人間以外の者、とりわけ地球にとっては水と空気の通り道を遮断することとなるものは開発行為の成れの果てである。開発を進めることや建築を建てることは、その建て方によっては自然の呼吸を塞ぐ事に繋がってしまう。環境再生医の矢野智徳氏はこのことを「大地の呼吸」と呼び、環境問題の根幹と捉えると同時に、「大地の呼吸」を取り戻すことで地球が再生へ向かうと考え、全国で精力的に再生活動をされている。気候変動の問題ではCO2による影響に焦点が当てられがちだが、近年多発する災害における土砂崩れが多発していることも環境問題の顕著な一例であり、これらは土木建設などの開発行為による「大地の呼吸不全」が原因によるものだという。
世界ではこのような人新世の開発(破壊)行為から地球環境の回復へと向かうためのトランジションに注目が集まっており、私たち小野寺建築設計事務所(Office Shogo Onodera / OSO)では今年(2022年)のはじめにOSO Researchというチームを立ち上げた。外部のアーティストや文化人類学者をはじめ、各種専門家・賛同企業と協働し、建築や開発を通して破壊や分断を行うのではなく、創造行為自体が地球環境の回復を伴うデザインのあり方を探求している。私たちはこのことを”Restorative Design(レストラティブ・デザイン)”と称し、リサーチや実験、表現活動、デザインの実践等を試みている。
その実践の一つとして、私たちは今年の7・8月に横浜市で開催された公共設計コンペ「横浜市公共建築100周年記念設計コンペ(根岸森林公園トイレ)」において、「木と土のパーゴラ」という“地球と繋がる建築“を提案し、これからの建築のあるべき建ち方を提言した。従来型の建築と同じように環境の循環性を遮断するように建つものではなく、植物の根が水と空気を運ぶ働きに着目し、グリーンインフラの考え方(雨水を土壌に返す)に基づき、「生き土」が「生き土であり続ける建築」の実践を示した。これからの公共事業のあり方としての姿勢を主張した案であった。

「木と土のパーゴラ」(©小野寺匠吾建築設計事務所) 公園内の公衆トイレとその周辺を取り囲む日陰のある広場の提案である。横浜市の集成材でできた木製格子のパーゴラに部分的にLVLの屋根スラブが張られ、つる性植物による屋上緑化を施す。土壌が空中に設けられることでつる性植物は水平方向に繁茂し、木陰を作りだす。屋根下の土柱や躯体内部には土が込められ、大地と屋上土壌をつなぐ接続土壌となる。中央には土が込められている柱が見える。

「木と土のパーゴラ」断面図(©小野寺匠吾建築設計事務所)
この接続土壌は植物の根が空気と水を運ぶ働き(通気浸透水脈)に倣って、土中に込められた有効管(ポラコン)を通じて空気と雨水を大地へ運び、浸透枡を通じて土壌に浸透させ、建物の下部の土壌であっても「生き土」とする。この建物は市民の憩いの場所を提供しながら、建物の上部に降った雨水を配管を通して施設や河川や海に排水するのではなく、雨水を土壌に返すグリーンインフラとしての機能を担っている。
コンペの結果としては2次審査に進んだものの、残念ながら最終5選入賞という結果に終わってしまい、環境的な評価がなされることはなかった。今回の公共事業において”Restorative Design”の実施に至らなかったことが何より残念な限りであるが、このような考え方はこれからのベースとなるべきであると考えている。
造園・土木設計施工・環境再生に従事する高田宏臣氏は著書の「土中環境」の中でこのことを次のように説明している。
圧密された土中では、ますます水と空気が停滞し、場所によっては「グライ化」と呼ばれる土壌の還元作用(土壌中の水の停滞などに起因する酸素不足によって生じる化学変化)が起こります。このグライ化した層の形成がさらに、土中の通気透水性を遮断するという悪循環が生じます。
土壌が圧迫されたしまった細粒土には、一部の菌類やバクテリアしか生息できる空間がなく、嫌気的な環境下でますます菌類などの微生物の多様性が失われます。多様性を失った環境は、有機物の分解に必要な、健全な代謝の連鎖が途切れてしまい、分解されない有機物が老廃物として土中に残留します。それが嫌気的な環境下で酸化や腐敗を起こして、土中環境をますます不健全にしていくのです。
現代社会、現代科学は見えない土中の世界がどのようにして、いのちの母体としての働きを保ってきたのかについてはなかなか目がいかない。しかしながら「土から生まれて土に還る」ということを体感的に理解している人は多いはず。その意味で土中環境が地球の環境を健康に保つためにいかに重要であるかという事が考えさせられる。
健康な土壌は、すべての命の源であり、母体でもあります。命あるすべてのものは土に還り、そしてまた新たな命がそこから生まれるという、生と死の循環と再生が絶え間無く続きます。土の世界も命の総体として見ていかなくてはなりません。
「土中環境」に視点を向けることで学び感じ取ることが、行き詰まった時代に自然認識を修正し、未来を開いていくために必要なことを著者の高田氏はこの本を通じて伝えようとしている。
現代の建設土木は自然の力に対してより大きな力と重さで抑え込む構造力学的な発想を中心に作られる。それは自然環境との共生ではなく、逆に豊かさを失っていることにつながるという。自然との共生というマクロな視点を、土や水や空気といったミクロの視点で捉えた時、それらについて考えることは地球の回復(Restorative Design)について考えることにつながるのではないか。そんなことをデザインを通して体現していく事が今の建築家・デザイナーには求められている、そのように思う。