チェン・ティエンジュオの日本での初個展「牧羊人」
中国ミレニアル世代の旗手、チェン・ティエンジュオの日本での初個展「牧羊人」が2021年10月5日(火)から31日(日)まで、京都市立芸術大学ギャラリーにて開催されている。
1985年北京生まれのチェンは2007年にロンドンへ渡りセントラル・セント・マーチンズでグラフィックデザインの学位、チェルシー・カレッジ・オブ・アートでファインアートの修士号を取得後、2012年に中国へ帰国。2015年6月には現代アートの今を伝えるパリの美術館、パレ・ド・トーキョーで海外初となる個展を開催し、”one of the most promising artists of his generation (同世代の中で最も期待されるアーティスの一人)”と称されたチェン。その活動拠点は北京ながら、過去の展示はヨーロッパを軸として開催されてきた。今回の個展では最新の映像作品《The Dust》を中心に、チェンの最初のパフォーマンス作品である《ISHVARA》や旧作の《TRANCE》などが紹介されており、その活動の変遷をたどることができる。
メインの展示室、KCUA1の入口からかすかにスモークが漏れ出ている。いつもとは違う様子の展示室に足を踏み入れると、空間いっぱいに祭壇の様にも見える舞台と3チャンネルの映像作品、絵画が見える。このメインの展示室は映像作品《The Dust》とそれに向き合うように展示された6点の絵画シリーズ《The Shepherd》で構成されており、これらはすべて世界的なパンデミックが起きた後のコロナ禍に制作された作品である。
アジアのスピリチュアリズム、日本の舞踏、ロンドンのクラブカルチャー、LGBT、イコノグラフィーなどに直接言及するパフォーマンス、映像、彫刻、絵画作品を生み出してきたチェンのコロナ禍の新作は、人間が一切登場せず、動物やほかの生き物、かつて人間が作った彫刻だけが存在する世界と、そこで始まる物語であった。チェンが「人間の遺物についての作品を作りたかった」と語った《The Dust》は、まさに神秘的な宗教儀式とレイブパーティーが混淆したような祝祭的空間と言える。
映像には、ドローン撮影されたチベットの山々や川が映し出され、アーティスト本人がチベット系仏教徒になった場所でもある寺院の映像とともに読経や儀式の音が流れる。チベットの高原を舞う鷲は鳥葬を想起させ、破壊された車や燃える重機などの人工物のあとには風葬の跡に骸骨たちが残される。生きているということは、死への準備をすることでもあり、死や別れへの不安と恐れに対して、世界中がかつてないほどの連帯感をもって過ごしたこのパンデミック下に作られた作品は、私たちの信念や価値観の崩壊を刺激し、再構築を促す予感に満ちたものだった。
メインルームを後にし、2階にある他の3つの展示室へ移動する。こちらで鑑賞できる作品はどれも《The Dust》の部屋とは対照的に多くのパフォーマーが登場する映像作品が中心だ。
《TRANCE》や《GHOST》の展示されている会場では観客はヘッドホンを装着し、会場内を回遊しながら映像作品を鑑賞する没入型の展示となっている。この空間で瞑想したり、踊ってみたり、ぐるぐる歩き回ったりしてみる。
チェンの作品にはアーティスト自身が信仰するチベット系仏教、ヒンドゥー教、そして伝統的な中国の価値観がまるで新しい架空の宗教を構築するように内包されている。あらゆる宗教にはそれぞれに生と死に対する概念があり、本展においては日本の九相図にも似たような古典的な象徴を扱った作品がある一方で、非常に現代的でカラフルでキッチュ、かつグロテスクなイメージを通して、伝統と現代を行き来しながら生死観が現れる。
本展のタイトルである「牧羊人」(ムーヤンレン)は、中国語で「羊飼い」を意味し、チェンが以前チベットで子供たちにボランティアでアートを教えていた際に滞在していた小さな村の住民が遊牧民で「牧羊人」であったことが基となっている。さらに、羊飼いは多くの宗教で「失われた魂の探求」を意味するメタファーであり、ユダヤ教ではモーセ、アベル、ダビデも羊飼いであったし、仏教においては「出山釈迦」で釈迦に寝床とミルクを提供し、キリスト教の新約聖書ではキリストは〈私は善き羊飼いである〉と語る。羊=失われた魂、そしてそれを追いかける、ある種媒体のような性質をもった羊飼いが何かと何かをつなぐ存在であることが、本展においては作品の変遷を意味すると同時にすべての作品をつなぐものとして示唆される。
チェンの作品ではパフォーマンスが独立した映像作品となり、そこからさらにオブジェや絵画、空間と融合し、新たな(創造的)作品へ進化しており、本展もパフォーマンス×インスタレーションの力強いハイブリッド空間となっている。その恍惚とする熱量の高い肯定感に身をゆだねる心地よさをぜひ会場で味わっていただきたい。
チェン・ティエンジュオ「牧羊人」展覧会概要
タイトル | 牧羊人 |
会期 | 2021年10月5日(火)〜 10月31日(日) |
会場 | 京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA |
開館時間 | 11:00〜19:00 |
休館日 | 月曜日 |
入場料 | 無料 |
URL | https://bit.ly/3nLgUTP |
主催 | 京都国際舞台芸術祭実行委員会、京都市立芸術大学 |
企画 | KYOTO EXPERIMENT, 京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA |