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一般社団法人ノマドプロダクションを設立した企画・編集者の橋本誠さんへのインタビュー

今回は前回紹介させていただいた「危機の時代を生き延びるアートプロジェクト」の編著者の一人であり、東京文化発信プロジェクト室(現・アーツカウンシル東京)を経て、2014年に一般社団法人ノマドプロダクションを設立し、美術館・ギャラリーだけではない場で生まれる芸術文化活動を推進する企画・編集者の橋本誠さんにお話をお伺いしたいと思います。

山本:それでは橋本さんよろしくお願いします。

橋本:よろしくお願いします。

山本:橋本さんは多くのアートプロジェクトに関わられていますが、具体的にはどのようなお仕事をされているのでしょうか。

橋本:元々はアートプロジェクトを企画するというところからキャリアが始まっていて、最初に関わったのが横浜の寿町のKOTOBUKIクリエイティブアクションというプロジェクトでした。

寿町はドヤ街に高齢者が増えているなどの課題を抱えている町だったのですが、その状況をどうにかしたいと思っている町の方々とアーティストが一緒に何かできないかと考えられていた方がいたので、同世代のアーティストなどに声をかけて、その中で興味を持ってくれそうな人たちとそこで何ができるのかを一緒に考えて企画を立て、形にしていきました。

企画を実現していくには資金も必要なので、横浜市や民間の財団に申請して得た助成金などをうまく使って活動費にするなど、ファンドレイジングも自分達でやっていました。

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KOTOBUKIクリエイティブアクションの様子。
写真の作品は大巻伸嗣の「Memorial Rebirth」

美術館では前提となる事業予算があったり、ギャラリーでは売上のビジネスモデルがあったりと、アートが出来上がった環境の中で行われているような側面があるのですが、僕が関わってきたものは社会的状況の中に入ってそこにある課題の突破口を開くようなプロジェクトや、(アートプロジェクトの経験のない)新しいお客さんや他分野の専門家と一緒に企画を作っていくことが多く、すでにある予算をくださいというわけにもいかないところがあります。

どこから予算を持ってきてどう運営するかという仕組みづくり、アーティストを支えるコーディネーターなどをどう捕まえてくるかということも含めて、企画だけに限らない動きをすることが多いので、駆け出しの時期から最近まではプロデューサーを名乗ってきました。

東京文化発信プロジェクト室(現・アーツカウンシル東京)で、東京都と、都内で活動するNPOなどの現場をつなぐ中間支援の仕事を経験したあと、フリーランスの同業者とノマドプロダクションという法人を作ってからは、アートのある場を作りたいという人たちの企画やイベントの制作支援や、カタログやアーカイブなどの記録制作、文化政策に関する調査事業など様々なかたちでアートプロジェクトに携わっています。

最近は本を作ったりもしているので、アートプロジェクトなどの企画だけでなく、ウェブから紙面まで、シーンに応じたメディア編集を行う「企画・編集者」という肩書きを使っています。

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ノマドプロダクション

山本:最初はプロジェクト全体のプロデュースから始まって、今は編集的な仕事を主に行われているのですね。

橋本:そうですね。プロデュースと言っても中小規模のものがほとんどでしたので自分でもいろいろと手を動かしてきました。

今は企画やプロデュースの担い手が増えてきたと思います。

それでも(企画の内容を)伝えたり残したりすることに苦労されている方が多いのと、仕事を通して企画の魅力を深く知ることができるのが面白く、最近は企画に伴奏しながら記録・アーカイブを手がけつつ、それを再編集するといったような仕事も積極的にやらせてもらっています。

逆に、企画が立ち上がる前段階の調査のような仕事もありますね。

山本:さきほど、プロジェクトをおこないたい人とコーディネーターを繋ぐこともしていたと言われていたように、アートプロジェクトにはアーティスト以外にもたくさんの人々が関わって成り立っていますが、どのような人々がアートプロジェクトに関わり、どんな仕事をしているかという、アートプロジェクトを支えている人達とその仕事についてお聞きしても良いでしょうか。

橋本:まず先ほども出てきたコーディネーターという職種に関してですが、その役割は広く、アーティストとのコミュニケーションにはじまり、事務的作業からプロデュースやディレクション的なことまで求められることもあります。

アートプロジェクトをやるとなったときに、企画者とアーティストがいればできると思われている方が多いのですが、いざやるとなったときに、資金調達はどうするのか?運営の仕組みは誰が考えるのか?といった関連する問題がたくさん出てきます。

(企画者やアーティストではなく)プロデューサーやディレクターがその辺りをしっかり整理できていればいいのですが、実際に実務にあたるコーディネーターや事務局スタッフのような立場の方々が、必要に迫られながら常にそのような問題の解決のため裏で動いているという現場がほとんどです。

たとえば街中などの公共空間で展示をする企画であれば、法規面の確認・申請や地域の方々への説明やあいさつ周りが必要です。

一般の人を巻き込んで参加型の作品を作るのであれば、参加したくなる仕組みを考えて、どう広報していくのかなど、アーティストと一緒に頭を悩ませます。

アーティストが言っていることをそのままでなく、相手に合わせて翻訳するようにして伝えるということもしています。

行政の方などはそれぞれの文化の中で使っている言葉があったりと、案外意味合いが違っていたりするので、そういったときにコミュニケーションのハブになるのがコーディネーターさんなんです。

コーディネーターさんが出発点になって、必要な協力者をどんどん繋いでいく形ですね。

山本:企画者とコーディネーターが混同されることも多いようですが、企画者にコーディネート能力があるとは限りませんものね。

橋本:特に美術業界というところが、美術館やギャラリーなどの非常に出来上がった仕組みの中でおこなわれてきたので、そこを少し外れるようなことを経験されてきた方が少ないんですね。

今までとは違うことにも気を配りながら、それまでやってきたやり方で(仕組みの外でのプロジェクトを)まずやってみて、身体化(経験的に理解)されてきた方や、それまで業界の仕事はしてこなかったけれども、クリエイターと社会をつなぐようなイベント制作や編集的な仕事、ソーシャルベンチャー的な仕事の知見を生かしながら、業界を学んで活躍されている方などは増えてきているような気がします。

山本:私も地方の小さな芸術祭などに関わったことがありますが、アーティストとのやりとりだけでなく、手伝ってくれるスタッフへの連絡や日程調整、行政への申請や報告など、連絡事項だけでも相当な量になるので、企画者とアーティストだけではプロジェクトを回していくのは厳しいと実感しました。

橋本:そうですね、本当に。

アートプロジェクトの仕事っていうのは、実は実際の予算以上にコミュニケーションコストという名の時間(≒お金)がかかっていると思います。

最近だと行政がお金を出すことが増えてきたので、行政的なコンセンサスをとっていくには現場での納得感だけではダメで、ちゃんと内容を書類にまとめたり、複数の印鑑をもらったりということがどうしても必要になってきます。

市民主体でやっている活動や民間企業のプロジェクトよりも、しっかりとそこに時間を使えるようにしなければいけません。

複数のステークホルダー(利害関係者)で取り組むプロジェクトはそれぞれの得意なことや大事にしていることが混じり合うことで面白さも生まれるのですが、その分コミュニケーションの量も増えるという共通認識が必要だと思います。

山本:あと、全体の進行や、何をいつまでにしないといけないのかをちゃんと把握している人がいることも重要ですよね。

進行状況を把握している人がいないと、後から「出すべき書類の締日を過ぎてしまった」とか「この領収書ではダメでした」「判子が押せていませんでした」といったことが沢山出てきて大変なことになってしまいます。

橋本:ウェブ業界などではプロジェクトマネージャーという役割が10年ほど前には定着していた印象がありますが、(コーディネーターという言葉を)プロジェクトマネージャーに置き換えると、近いところがあるかなと思います。

要するになんとなく調整するというよりは、とりあえずでもいいからあるゴールに向かって、いつまでに何を決めないといけないかを整理したりする人ですね。

ただ、プロダクト作りなどのプロジェクトなら何を優先事項とするか決めていきやすいのに対して、アート作品を扱うプロジェクトでは、何が譲れないのかを決めるのは難しく、(プロジェクトマネジメントをする人が)円滑に進行していくことも基本的には大事なのですが、「ここはこのプロジェクトの肝だから、ちょっとこだわって予定を変えて、みんなにコンセンサスを取ってでもやらなきゃいけないね」みたいなことに気づけないといけない人でもあるんですよね。

だから、プロジェクトマネジメントの上手さは持っていた方がいいけれども、あまりにマネージメント最優先みたいになってしまうと、プロジェクトから面白さが減っていく傾向もあるので、そのあたりを非常に悩みながら(プロジェクトマネジメントを)やられている方が多いと思います。

山本:確かに、予算や期日やコンセプトなど、いろいろな制限や課題がある中で、何を優先し、何に一番こだわるかを関係者全員が納得いくように決めるのは難しいですよね。

アーティストが一人で「ここは譲れない」と突っ走ってしまうと、ただの暴走になってしまいますし。

橋本:そうですね。

暴走を止めるっていうのも変ですが、みんなでアーティストを制止するようなことになってしまうと、なんかもう・・・(苦笑)

逆にアーティストが自分の役割みたいなところに集中するためにもコーディネーターがいた方がよくて、ネガティブな状況を整理して「じゃあこういうやり方だったらいけるんじゃない?」と、いい方向へ軌道修正する方法をアーティストと一緒に考えられる人が非常に優秀なタイプだと言われています。

山本:あと、コーディネーターやプロジェクトマネージャー的な立ち位置の人の他に、ボランティアスタッフや地域の人々もよくアートプロジェクトには関わっていますよね。

橋本:プロジェクトの形態で変わってくると思いますが、最近よく知られるようになった地域の芸術祭では、作品を作るプロセスにボランティアの人々が関わっていることもあれば、運営も一緒になってお客さんをもてなしたり、アルバイトも入れるなど、いろいろなパターンがあると思います。

アートプロジェクトは(イベント当日だけ人が集まる)観光イベントと違って、作る段階でも人と人とのコミュニケーションに価値が生まれていたり、見せていく段階でもアートをコミュニケーションの機会として盛り上げていたりという側面があるので、(作品やイベントの)コアの部分が周辺の人たちを巻き込んで関わってもらうようなプロジェクトも多いです。仲間意識も強いので「サポーター」と呼んだりして担当者もしっかりついていたりします。

他にもたとえばツアー形式で見せていきたいというような場合、旅行代理店と一緒にやろうという話になるなど、プロジェクトによって必要な役割の人や巻き込む人が出てくると思います。

山本:リサーチベースの作品などの場合、その地域にアプローチするときにまず誰に話を聞いたらいいのかアドバイスをくれたり、地域の人を紹介してくれる人もいないと困りますよね。

橋本:そうですね。なので、リサーチの段階から(アーティストと地域の人を繋ぐハブとなる)コーディネーターの資質が求められます。

専門家を最初から巻き込んで一緒にやってみましょう、という話になることもあって、それ(どのような人が必要になるかわからないこと)が面白さであり、難しさでもあります。

あと、地域で行われている芸術祭やアートプロジェクトでは、民家など普段展示に使われていないような場所を会場とすることもあるので、不特定多数の人が入っても大丈夫なのかなど、構造の確認をおこなったり、増設する展示壁の設計をおこなったりする、アーキテクトと呼ばれる人が関わることもあります。

案内板などのサイン計画や、順路がない中でどう快適に見てまわってもらうかを考える会場設計などにデザイナーが関わることがありますが、単に見た目の良さを求めるだけでなく、展覧会や作品の内容・情報を伝えるための会場設計やサイン計画、コミュニケーションデザインのようなことが求められる場面も多いですね。

山本:記録や宣材を撮るためのカメラマンなども重要ですよね。

橋本:そうです。記録や広報、コミュニケーション、アーカイブなど、その専門の人をしっかりと入れているケースがよくあります。

広報面では、展示する作品そのものだけではなく、制作のプロセスで何が起きているか伝えるツールが必要だよねという話になったとすると、いい写真も必要だから完成前からカメラマンを手配しようという話になり、コーディネーターや僕のような編集者が手配を行なって実際にかたちにしていきます。

あるいは長い目で考えると、記録のストックという意味でのアーカイブ。

芸術祭事務局は解散するけれどもアーカイブ機能は残しておき、次にまた何かプロジェクトを行うときにアーカイブをもう一度開いて記録を利用するということがあります。

毎年あるいは隔年で定期的にやっているようなプロジェクトでは、今年の記録が翌年の宣材になることも珍しくありません。

今はSNSの時代なので、記録した情報を宣伝に使うということはみなさんイメージしやすいと思います。スマートフォンでは(やりとりの記録や写真が)自動的にアーカイブされますし、それを日々活用されていますよね。

プロジェクトの事務局は、いろんな情報や記録のデータをしっかりと使える状態にストックしていくことが必要で、アーキビスト(Archivist)という専門の役割を配置することもあります。

プロジェクトが終わった後の評価や反省のための情報収集、 ー「楽しかったです」「やってよかったです」といったような感想を集めるのは当然ながら、評価にもいろいろな評価指標の出し方があり、専門機関などを入れて評価をしたり、文化政策としてどうだったのかを検証・レポートしていたりもします。

山本:コーディネーターや編集者、ボランティアスタッフ、カメラマン、アーキビストの他にも、アートプロジェクトに関わっている人はいますでしょうか。

橋本:あとはエデュケーターという、エデュケーションプログラムをおこなう人もいますね。

エデュケーションやラーニングと呼ばれるプログラムは、作品を展示するだけではなく、例えばその背景やアーティストに関する知識を得ることができるレクチャーやガイドツアーを考えたり、対話型鑑賞の機会を設けたりするもので、そうしたプログラムをおこなう場合に専門家や専門チームを配属することが最近増えていますね。

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橋本さんが東京文化発信プロジェクト室(現・アーツカウンシル東京)にいた頃に担当し関わっていた墨東まち見世2009の様子

山本:話は少し変わりますが、「危機の時代を生き延びるアートプロジェクト」に掲載されている「座談会 地域から個人の内面へ ー アートプロジェクトの本質とは 芹沢高志×若林朋子」の中で、芹沢さんが『アートは必ずしもコストに見合わない不確実な問題生成的な営みになるので、一元的な行政の判断から独立した中立的な組織、例えばアーツカウンシルなんかがプログラムを担い、独自の評価軸を持っていくことが必要なんじゃないかと思っている。』と言われていました。

公募やイベントなどでもアーツカウンシルという言葉をよく耳にしますが、私は恥ずかしながらアーツカウンシルが何かよく分かっていませんでした。

ネットでアーツカウンシルについて調べると、『日本語では「芸術評議会」と訳され、研究者によれば「文化芸術に対する助成を基軸に、政府・行政組織と一定の距離を保ちながら、文化政策の執行を担う専門機関」と定義されている。 発祥は英国とされ、欧米諸国やシンガポール、韓国など世界各国で設置されている。』という、わかるようなわからないような説明が出てきます。

アーツカウンシルとは何か、政府や行政組織と一定の距離を保つ意義についてなど教えていただけますでしょうか。

橋本:アーツカウンシルというのはヨーロッパから輸入されてきた言葉で、最近日本でも増え始めているのですが、既にアート活動をされている方、あるいは専門性やキャリアがなくてもこれから始めたいという方々をサポートする組織です。

行政などがそれを直接行うというよりは、予算を預かって支援を行う専門の組織があった方が、政策や経営方針の影響を受けにくく文化的豊かさを生み出しやすいんじゃないかということで生まれたものですね。

文化支援の助成金をくれる機関というイメージを持たれている方も多いと思うのですが、「外で展示したいのだけど、どこなら可能ですか?」みたいな相談を受けたり、コーディネーターを紹介したり、自社製品を使って何かやってくれる人を探している企業とアーティストとのマッチングを行うなど、資金援助以外の支援機能を持っていることもあります。

そうした支援をおこなっているところが必ずしもアーツカウンシルと名乗っているとは限りませんが、僕のような編集者という仕事も、そうやって何かと何かをつなぐ役割を求められがちなので、アーツカウンシルのコミュニケーションの仕方にとても興味を持っています。

アートプロジェクトをやる人も増えているので、やり続けたいとか、これからやっていこうという人たちをいろんな形でサポートする組織としてのアーツカウンシルは、より必要とされるようになってきていると感じます。

ただ、日本におけるアーツカウンシルは既存の文化財団の中や行政機関の中にできたりしていることも多いので、その輸入された概念である、行政と一定の距離を保てているところは実際にはないよね、みたいなことはよく言われていますね。

今は設置することが目的みたいになってしまっているので、地域ごとに必要なスタンスがもっといろいろあるんじゃないかとも思います。

アーツカウンシルとは名乗っていなかったのですが、横浜市の外郭団体である横浜市芸術文化振興財団が2007年頃から横浜市の文化政策に基づいてやっているアーツコミッション・ヨコハマという組織があって、そこも最初は助成金支援から始まり、スタジオを構えたいというアーティストやクリエイターに対して物件を貸してくれる大家さんを開拓したり、(美術館など以外の)オープンな場所でイベントをおこなったり、相談窓口でアーティストだけでなく企業からの相談も受けたりなど、先ほど挙げたようなさまざまな支援制度を設計していました。

アーツカウンシルという言葉が日本で使われるようになってきたのはここ五年くらいなのですが、その前からアーツコミッション・ヨコハマはこうした支援をおこなっており、横浜トリエンナーレはじめ、さまざまな芸術祭やアートプロジェクトがおこなわれていく中で、そういった動きを支援する、あるいは動きを掘り起こしていく機能がいろんなかたちで模索されてきた好例だと言えます。

なので、まず助成金の支援から始めてみるのはわかりやすいし、必要なことだとも思うんですが、資金援助だけでなく、その地域の現状を鑑みて必要な仕組みを作っていくべきではないかという議論がまだまだできてないですよね、という状況だと思います。

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橋本さんがアーツコミッション・ヨコハマと共に取り組んだ OPEN YOKOHAMA 2012
横浜市庁舎特別展示 曽谷朝絵《みずのわ》

山本:座談会で芹沢さんが言われていた、独自の評価軸を持っていく必要があるというのも、今はまだ日本のアーツカウンシルは行政や財団から分離されておらず、それらからの資金ありきで運営されているプロジェクトも多いため、予算を取ってくる(行政ウケする)ことに評価軸が偏っていることに問題があり、本来はアーツカウンシルが行政とプロジェクトの間に入り、行政都合ではない取り組みをおこなう必要があるという認識で合っているでしょうか?

橋本:はい、乱暴にまとめるとそう言えると思います。

僕も東京都や秋田市などいろいろな自治体と仕事をしていく中で、基本は文化(事業)が中心になっているものの、福祉や商業、まちづくりなどの部署と一緒に仕事をする機会がありました。

同業者などから間接的に話を聞く機会も多いのですが、社会的価値の評価軸が強すぎるという話はよく聞きます。

最近だと、アーティストインレジデンス(アーティストが地域に滞在しながら制作を行う企画)でアーティストを募集する要件の中に、インスタグラムのフォロワー数を記載しなさいという話がありました。

山本:そんな話があるんですか!?

橋本:はい。しかもそれ、観光系などではなくて、文化系の支援事業なんですよね。

経済・産業や観光系とタッグを組んでやる場合など、そういった評価が必要なのもわかりますが、もうそっち(文化事業としてのアーティスト募集ではなく、客寄せ要員としての募集)が中心であるように見えてしまい、もう観光系の部署の方でやってくださいみたいな気持ちを抱いてしまうこともあります。

基本的な傾向として、行政の方は縦割りだったり、(癒着を防ぐために)現場と距離を取らないといけないというのがあって、そうした制度の問題なのか、日本の教育の問題なのか、行政関係者が文化的な価値や芸術的な価値をうまく説明するということが非常に苦手なんだろうと思います。

他の分野だと、数字や情報を並べて内部のコンセンサスをとることに非常に長けた方がたくさんいらっしゃるんですが、文化のことになると急に何も言えなくなってしまう。(苦笑)

とりあえずイベントをやってくださいと言われるのですが、それにどんな価値や意義があるのかを聞くと、説明できないんです。

でもそれは、現場で生まれるいい風景などを直接見ていないから、そうしたエピソードも話せないし、説明できることが自分の中にないんじゃないかとも思うんですよね。

現場が行政に伝えていくというのも大事ですが、文化事業を行うのであれば、他の部署や現場から借りてきた言葉を使って説明するのではなく、自分たちで本質的な価値は何かというところに向き合って頑張って言語化する必要があるのではないか、というところで非常に苦労されている方は多いと思います。

山本:行政は癒着防止の観点などから、ぴったりと寄り添うような支援はおこなえないので、行政から距離を取ったアーツカウンシルがその間に入ることで、文化事業を行う組織や人々に寄り添った支援や評価をおこなえるとようになると考えるとわかりやすいかもしれませんね。

橋本:そういう言い方もできると思います。

他にも、日本は異動というシステムが行政内部で持続的に事業を続けることを阻害してしまうこともあり、短期的な成果が計り難い文化事業を継続するのが苦手だとよく言われています。

芸術祭などのプロジェクトは終わりがありますが、アーツカウンシルは継続的におこなうことを前提に作られた制度である場合が多いので、それを(継続性に難のある)行政の内部に作ってしまうと、本当に機能するのかという疑いが生まれて問題視されてしまいます。

行政的な根拠(評価軸)もしっかり担保しながら、専門性の高い本質的な価値(行政とは異なる評価軸)も持ち、両方のバランスを取りながら持続可能な支援をおこなっていくことがアーツカウンシルに求められています。

山本:確かに、文化事業って一年やそこらじゃ結果が出なくて、何年も長い間続けてようやく結果が見えてくるということも珍しくないのですが、行政は数年で担当者が異動してしまうので、担当者が変わって理解が得られなくなったり、方針が変わってしまったりして、支援が打ち切られてしまったということもよく聞きますね。

橋本:本当にそうなんですよ。もったいないですよね。

短期的に出せる数字や評価もあるとは思いますが、文化に投資するのであれば中期的・長期的な成果を回収できるようにしておかないと、ただでさえも悪いコストパフォーマンスがさらに悪くなってもったいないと思います。

山本:また、そこで中期的・長期的な視点で判断するようになってくれば、アーカイブがより重要になってきますね。

橋本:そう思います。

アートプロジェクトは複数の人が一緒に作り上げて、出来上がったものを公開するというスタイルのものが多いのですが、そのプロセスを目撃できる人というのはやはり非常に少ないです。

でも、そのプロセスにもとても魅力があるので、そうしたプロセスや過程で生まれたストーリーをちゃんとアーカイブして、作品と一緒に展示したり閲覧したりできるようにすると、そこに立ち会えなかった研究者やファンにも、非常にいいことをやっているんですねと評価してもらいやすくなります。

なので、アーカイブには共感してもらうための素材作りをおこなうといったような側面もあると思います。

アートという言葉はまだまだ敷居が高いと感じられているように思いますが、アートの価値は人によって違っていいと僕は思っていて、美術業界の人にとって面白いアートという価値基準もあれば、美術業界の人には評価されないような、いろんなところでコピーされたようにおこなわれている芸術祭の作品などでも、それに初めて出会う人がガツンとインパクトを受けてすごい感動したような場合、その人にとってはめちゃくちゃ価値のある作品なんですよね。

だから、そういう体験をいろんな人が生み出して、いろんな人が出会っていくこの状況はとても面白くて、まさに危機の時代というか、閉塞感がある状況を色々突破していくきっかけが、本当にいろんなところで生まれていると思います。

便宜的にアートという言葉を使っていても、もともとデザインをやっていた人がアート的な場を生み出していることもあれば、凄くアイデアフルな活動をされている市民の方もいたり、逆にアーティストやアートNPOの中にも最近はアートっぽいことは1割ほどしかしていないくて、むしろ8割9割はデザインや課題解決などの仕事をしているという人も出てきていたりして、そういう状況が面白いし、ぜひみんなで巻き込まれながら生きていけたら世の中楽しくなっていくんじゃないかなと思っています。

危機の時代を生き延びるアートプロジェクト」という本を作った本当の大きな理由は、まだまだその多様性とか可能性に気づいていない人が非常に多くて、それはもしかしたら誰でもその担い手になりうるかもしれないという状況も同時に生まれてるんだよっていうことを伝えたかったからです。

だから、(そうしたアートプロジェクトを支援する)アーツカウンシルに関する本を続編として作りたいね、といったことをもう一人の編著者の影山さんとも話しています。

山本:アートが包摂する多様性を損なわないようにするためにも、アーツカウンシルが行政とのあいだに入って多角的な評価と支援をちゃんとおこなえるようになるといいですよね。

危機の時代を生き延びるアートプロジェクト」もこの時代の閉塞感を打破するような取り組みをされているさまざまなプロジェクトが詳しく紹介されていてとても興味深かったのですが、そうしたプロジェクトを支援していく側の背景も、本にまとめられたらぜひ読ませていただきたいです。

今回は色々とお話を聞かせていただきありがとうございました。

橋本誠(はしもと まこと)プロフィール

美術館・ギャラリーだけではない場で生まれる芸術文化活動を推進する企画・編集者。東京都内の地域に根ざした芸術文化活動を中間支援する東京文化発信プロジェクト室(現・アーツカウンシル東京)を経て、2014年に一般社団法人ノマドプロダクションを設立。NPO法人アーツセンターあきた プログラム・ディレクターとして秋田市文化創造館の立ち上げにも携わる(2020~2021)。

アーツコミッション・ヨコハマ(公益財団法人横浜市芸術文化振興財団)が運営する、アートと都市と公共空間-アートの力で社会を開く、挑戦する実務者のためのメディア。プロジェクトスタディ「港まちに息づくアートプロジェクトと小規模多機能型拠点(名古屋)」やキーワードページの制作に橋本さんが携わっています。

橋本さんが関わられている直近のイベント

地域×〇〇の企画・編集講座①ZINEのつくり方編(2023年5月2日、広島県福山市にて)

“まちを編集する”人々をつなぐ研究所「EDIT LOCAL LABORATORY」によるシリーズ企画第1弾。個人でも気軽につくれるZINE(少部数発行の出版物)をテーマにトークとワークショップを開催します。

うみの図書館「海辺ブックフェス」(2023年5月4日、香川県にて)

「EDIT LOCAL LABORATORY」名義で出店参加します。『危機の時代~』のほかEDIT LOCAL関連の新刊本や古本、ZINEなどを販売予定。