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成リ駒

将棋の終盤、駒が敵陣地のある領域に入ると駒はひっくり返り強くなる。持ち合わせていた動きに加えて強くなるものや、全く変わるものもあれば色々である。これらを成り駒と言い、ほとんどの駒は戦場で経験とともに昇進する。

「今度のコンペはお前がやれ。実力をこのコンペで証明しろ。」
要項を読み終わり、最初の会議の最初の一言だった。コンペは大まかに2タイプに分けられる。忠実で事務所を運営/拡張するための攻め方のものと、アグレッシブに事務所のブランドを強めるもの。

今回のものは、後者のブランディングであることが読んですぐにわかった。つまり、クライアントだけでなく、建築業界への革新的な提案が求められるものであり、所内でこれに指名されることは名誉である。我々の事務所は、このコンペでの提案が事務所の方向性を決め、この提案に昔から全てを注ぐ事務所である。常に、空間と業界への挑戦が基盤にある我々にとって、コンペとはそれを試す絶好の場である。実施物件で賄った貯蓄とのバランスで、コンペでの勝負の掛け方は変わってくる。コンペは戦場であり、将棋のように駒を動かす方法は様々である。場合によっては、自らの動きでそれを遮ってしまう場合もある。歩兵の立ち位置で命取りになることもあれば、歩兵の進み具合で金に成り玉座を支配することもある。すなわち、戦をしかける上で、戦略が重要になる。所内でのチーム編成、所外からのコンサルタント編成、必須提出物、上乗せの提出物、スケジュール管理。武将のように戦陣を組み、闘志をむき出しにする。コンペは魂のぶつかり合いであり、全てが問われ、全てをぶつける場である。

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設計の加速度

建築の設計はスピードよりも加速度が重要になってくる。これは何か。コンペで提出するものの大半はたったの一案である。この一つの提案を出すのに大量のアイディアを出していくのである。現実的なもの、技術的には難しいが挑戦的なもの、組み合わせとして新しいものなど、我々、設計士は多くの条件とをスタディしていくのである。そして、その過程で躓く案、行き止まり、沼地、誘惑的な領域を学習しながら、ゴールにたどり着ける案を選び、期間内にその案を詰めて行くことが設計士としての役割である。スピードがあっても、行き止まりに進んでいてはゴールにはたどり着けないし、皮肉にも設計に絶対的な正解はないが、より良いものは常につきまとってくるのである。この良し悪しの決定は期間内における失敗の数で決まり、特定の駒が特有の場所とタイミングにしっかりと駒を張れていたかどうかで変わってくる。また、仕事の振り方とチームの雰囲気は、この加速度に密接に関わる。それぞれによって能力に差があるのは付きものであり、この違いを楽しめるチーム作りを心がけている。一番、錯覚しやすいのがタスクのスイッチである。人それぞれタスクが与えられ、それがすぐに解けるものと、時間をかけるものと向き合い方はそれぞれである。ただ、解けない者がいる時に別の人を入れ、解けなかった者に、また別のタスクを与えるという状況はチームでよくある。できることならば、コレを産まずに進めたい。なぜなら、できない者の不安と劣等感は強まり、できた者の優越感とが開き始め、チームの偏りが作品の偏りにつながってくる。誰かの机で作業をするようなものであり、それを物理的にも頭の中でも整理することで時間は無駄になる。確かに、時間内に解かなければならないという理由でやりがちであり、問題はなさそうであるが、これには致命的な危険性がある。

ならどうすると良いか

コンペの序盤は、間合いが上級である飛車、角の位置で試合を積極的な流れを決めていく。盤の中央は混雑が常に起きる場であり、その混雑に関わらず動ける桂馬をしっかりと配置する。そして金、銀をは中央に配置していく。重要なのは、全員が同時に状況を把握していることである。お互いがどこでどんな動きをしているか把握し、その領域をお互い尊重しながら進んで行けるか。重なるところが必ずあり、それが自然とコミニュケーションがとれるように図面とモデルを整頓していく。コミニュケーションが強くなれば、互いのミスがあっても補える陣形がとれる。 少しずつ攻め込み、新人の歩と共に経験を身につけさせる。それぞれの修羅場とそれぞれのタイミングでチームは役割がハッキリとしていき成長していく。スペックが高い者、量産する者、美しく仕上げる者、パワーファイター、交渉力が高い者、突発的なアイディアを出す者。それぞれに、長所が存在しそれ相応の短所が必ずある。このコントラストはコンペが進むにつれ明白になっていき、それぞれの劣等感と優越感の波が激しくなっていく。コンペの相手は確かに他の強豪事務所である。が、それよりも手強いのは、上司でもなく、仲間でもなく、自分自身の劣等感である。事務所のブランドがかかったコンペでは、この負荷は数倍になり、チームでガチガチに動けなくなり緊迫感が漂う時、その負荷が更にかかる。これに向き合い、それに打ち勝つ機会がコンペには存在する。自らにイラダチながらも皆、お互いをヒントに自分なりに締め切り日前に必ず出世していく意思が生まれるのである。この緊迫感の中での劣等感をサポートしてあげることが僕らの務めである。その方法は、様々であるが、やはり与えられたタスクを自分で解かすように過去の似た例やヒントを少しずつ与え、見守ることである。自分のタスクもある中で、それが解ければそれを見せ、別のタスクを始めながら援護に徹底的に回る。

最終提出3日前

最終であろう全体会議で、疲労はピークに到達しているが、チームひとりひとりの目つきでわかる。コイツは今日、自分の力で覚醒する。この子もそれに続けて。浮き沈みの波を満ち潮に合わせてたもの、なんとかヘバリついているもの、体力も精神力もどん底のもの。全員のタスクを確認して、全員の前で個人個人を言葉でべた褒めにしていく。「これができるのは君以外いない。」「この領域はチーム内で君ら2人が一番理解している。任せたぞ。」「2週目で出した君の案はちゃんと残ってる。」こういった内容を20人の前で言い続け、彼らもその思いを拡散していく。言葉で覚醒するものを全員で掻き立てていく。そして、まだ覚醒していない者と一緒に座り背後から辛抱強く見守りつづける。

我々の事務所には、色んな国から来た多種多様な背景を持った所員がいる。話を聞けば、国の経済的な問題を抱えたもの、家庭的なもの、個人的なもの、と悲惨な状況を抱えているものは少なくない。日本で当たり前なことが通じないことはザラである。喧嘩になる理由もいくらでもある。そんな彼らにテクニックや経験を与えることは永遠とできる。が、彼らの辿ってきた人間的な劣等感は、彼ら自身が自分で武器にしなければならない。この彼らを共食いしない程度に誘導してあげると、考えもつかないような設計をし、考えもしない変化をしていくのである。どのステージよりも、成長が目の当たりにできるのがコンペである。ロシアから来た2羽の鳥が白鳥に成長し、イタリアの馬が翼を広げはじめ、中国の龍が炎を吹く。コンペに勝てるものを事務所のためにねじり出すのも重要だが、彼らの変化を背後から一番最初に見ることができ、指示することもなく共にゴールに向かって行く最後の3日間の飛行は最強である。

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