Sorry, this entry is only available in Japanese. For the sake of viewer convenience, the content is shown below in the alternative language. You may click the link to switch the active language.

尾道の既存不適格建築物の問題や、それらが生み出す景観の魅力についての鼎談パート2

前回に引き続き、広島県尾道市を拠点に活動されている建築家の青山修也さんと、「都市の隙間から世の中を見つめる - 大谷悠さんへのインタビュー Part.1Part.2」でも紹介した、都市・空き家・つながり・共生などをテーマに活動や研究を行っている大谷悠さんと共に、既存不適格建築物がひしめき合う尾道を例にとりながら、既存不適格建築物の問題や、それらが生み出す景観の魅力についての鼎談を前編と後編に分けてお送りします。

山本:もし今後、断熱性能やエネルギー効率などの新たな基準が建築基準法に追加されて、さらに既存不適格となる建物が増えたとしたら、既存不適格の建物を新しい基準に適合させるための負担が更に大きくなり、適合させることが現実的ではないケースも増えていくと思います。

そうすると既存不適格建築物に対する規制緩和措置なども行われていくのでしょうか。

青山:うーん、それは何とも言えないねー。

大谷:既存不適格建築物の所有者に何か義務を課したとしても、所有者がちゃんと義務通りに動くかというのはまた別問題なので、行政がきちんとしたルールを作れば街がしっかりすると考えるのがまず間違いなんだよね。

都市計画法が1968年に改正されたんだけど、それ以前はそもそも容積率とか建蔽率とかという考え方がなかったので、1968年以前の街の区画というのはそうやってできているわけですよ。

尾道なんかほとんどがそういうところでしょ。

もちろん崖際や線路際など、危険性の高いところや大事なところは行政がちゃんと(安全対策や規制を)やるべきだけど、すべて行政が決めた通りにするというのは無理なんです。

災害も大規模な開発もなく、そういったものから逃れてきた尾道みたいな場所は、1968年以前の感覚で街を維持していく以外に方法がないと思います。

青山:既存不適格ってその否定的な表現が嫌よね。

なんか悪いことしてるみたいじゃん。

大谷:既存不適格はそれに合わせられない昔ながらの状況は全部ダメですよっていうニュアンスを持つということよね。

でも決まりの方が後からできてる。

そもそも都市計画法っていうシステムも後からできた。

山本:建物を現行の基準に合わせることと、基準が作られる前からある古い景観を残すこととの間にはジレンマがありますよね。

青山:でも倉敷の美観地区とか福山の鞆みたいに、ああいうふうに景観条例が厳しくなってしまうと、縛りが厳しすぎて、改修が難しくなる。

それはそれで大変そうだけど、でもその場合は補助金が出るんだったかな。

大谷:私が話を聞いたときには、鞆は補助金が5割出るみたいでしたね。

でも、鞆に住んでるおじいちゃんおばあちゃんはとてもそんなお金出せないから、半額になったとしても無理って言ってました。

あと、補助金が出たところで職人さんが集まらないとか、そういう問題もあるじゃないですか。

昔の工法をもう一回やるとしたら、お金もかかるし時間もかかるし、人手もかかる。

それも難しいよね。

ヨーロッパでも全く同じことが起こっていて、ドイツのライプツィヒは築100年くらいの労働者住宅で街のほとんどが構成されているんですが、その時代は労働者に対する賃金や生活の水準が低く、労働者を搾取でき、しかもライプツィヒはそのとき一番お金があって、資本家が不動産に投資していたのでこういう建物を作ることができて今も残っているんだけど、今の感覚ではもう無理だと、相当な億万長者じゃないと100年くらい前の建物と同じレベルのものを建てることはできないと言っていて、だからこそ残さないといけないんだ、とドイツの大学の経済の先生が話していたことがあります。

adf-web-magazine-unqualified-architecture-leipzig

ドイツのライプツィヒの街並み

青山:日本も同じで、大工さんは(給料が)良かったかもしれないけど、弁当だけ貰ってほとんどタダみたいな感じで働いている小作みたいな人がいっぱいいたんじゃないかと思うよ。

山本:以前本で読んだのですが、今残っているような古い農家の家って江戸中期以降のもので、江戸中期以前の農民は本当にひどいボロ小屋のようなところに住んでいる人が多かったようです。それが江戸中期頃になると村人総出で協力しながら一軒ずつ家を作ったり補修するようになって、そこからようやく農民でもまともな家に住めるようになっていったみたいですね。材料もその辺で採集できたし、村人で協力し合ったからお金がなくても家を建てられるようになった。だとすると労働者全員がお金をもらって働いていたとは限らないですよね。

尾道の斜面地を構成している石垣も、現在作ろうとすると億単位になると聞いたことがありますが、当時の人足はいまよりずっと安かったのかもしれません。

adf-web-magazine-unqualified-architecture-Ishigaki

石垣が複雑に絡み合ってできた尾道の風景

大谷:そりゃそうだよね。

今回、斜面地にある自分の家の瓦を葺き変えたときに、(土葺の屋根から)出てきた土砂や古い瓦を7人くらいで三日間かけて自分達で運んだんだけど、瓦を葺き替えるだけでこれだけ労力と人手が必要なんだから、すごいよね。

これは普通の人には無理だよ。

山本:普通に業者に頼んで(瓦の葺き替えを車の入らない尾道の山手で)やったら、平地で工事するよりもかなりお金がかかりますしね。

青山:でも、今家を建てる費用がどんどん高騰していっているので、そういうふうに(自分達でできる部分は自分達で)していかないと、普通の庶民は家を建てられなくなっていくという気がします。

山本:そうなると増改築の規制を緩和して今ある建物をうまく使っていくしかないですよね。

大谷:でも200㎡以下の小規模な改修は申請がいらなくなったことで、増改築の規制はかなりゆるくなりましたよね。

だからもう法律の問題じゃない気がするんだよなー。

それこそどうやってこういう(尾道みたいな)街の風景をいいと思ってもらって、僕もちょっと手伝おうかなって思ってもらえるか、そういう現場で人をどう集めるかみたいな。

そして現場で人を集めて手伝ってもらっちゃったら、自分のためだけにその家を使えなくなる。笑

ちょっとパブリックなことをやろう、ちょっとみんなに貢献できることをやらないと、っていう方向に思考的にもなっていく。

山本:それこそ昔みたいに、みんなで集まって一軒ずつ家を作ったり補修したりしていったみたいな感じですよね。

今回はうちの手伝いをしてもらったから、次はあなたの家を直すのを手伝いますみたいな。

大谷:まさにそういうこと。

それ以外にない気がする。この景観を維持していくためには。

adf-web-magazine-unqualified-architecture-carrydirt

改修の際に出てきた土砂を自分達で運び下ろす大谷さん達

山本:ただそうなると、技術的な問題は生まれてきますよね。

集まった素人の人が建築基準法に合わせてしっかり施工できるかというと、まぁ無理じゃないですか。

大谷:基準法もそうだし、感覚もだよね。

ここ構造やばそうだから、こう補強入れたらいいじゃんとかさ、ね。

あんまり構造計算とかそういう話じゃないじゃないですか。

青山:そうだね。

大谷:そういうときにちょっとアドバイスしてくれる人とか、まさに山本さんや青山さんみたいな人がどれだけいるかというのでこういう景観が維持できるのかが決まってくる気がするけどね。

山本:でも正直リスキーですよね。

新築のちゃんと構造計算している家ですら、「え、こんなに壊れるの?」ってケースが調べたら沢山出てくるじゃないですか。地震とかで。

だから責任を負ってという話になってくると、なかなかやってくれる人はいないですよね。

古い建物はどの部材がどれだけ生きているのかさえもわかりませんし、施工するのが素人となるとプロはあまり関わりたがらない。

とりあえずヤバそうなところは補強するけど、それで大丈夫だとは一切保証ができない。

そもそも木造住宅の構造計算がどこまであてになるのかという問題もありますよね。

節の位置や有無で木材の強度は変わってきますし。

青山:そうだよね。

それはもうやっぱり大工さんの経験しかないよね。

経験が一番確か。

震度6くらいの地震だったら被害は少なくて済むようだけど、震度7とか来たらそれはもう実際に起きてみないとわからない。苦笑

大谷:法律や教科書で出来ることにも限界があるよね。

だけど、一方で既存不適格といわれているようなものが集積してできた景観が残っていかないと、その土地の独特のもの、文化みたいなものって潰えていく。

そこが難しいところだよね。

青山:二階建ての屋根の上にもう一個小屋みたいなのを建ててるのも、面白いけど既存不適格だよね。笑

山本:そういうちょっと無茶苦茶な建物が街にあるかないかだけで、景観が全然違いますよね。

大谷:素敵だけどね。結構好きだけどねあれ。笑

これはこぼれ話だけど、山手に住んでてわかるのは、前の人が二階建てにしちゃうと、それまで素晴らしかった部屋からの景観や海が見えなくなっちゃうのよね。

そうすると自分ももう一階上に建てたくなる。

なんかそれの連鎖なんだよね、ここ。

だからみんな最初は平家だったのが二階建てになり、そしてその上に小屋を作り、そうやって少しでも海が見える部屋を確保しておきたいみたいな。

それの連鎖でこうなってるんだなーと思ったけど。笑

山本:カオスさが魅力的な景観って大体そういう感じですよね。

誰かがやり始めて、うちもそうしようって連鎖的に増改築が広がっていって、カオスな景観が生まれる。

青山:その当時、もしかして平家だったら手続きとか何もいらないとか何かあったのかな?

だったら面白いよね。

とりあえず初めに平家建てておいて、あとの増改築には申請不要とか。

初めから2階建てるのは税金かかるとか。

山本:どうなんでしょう?

少なくとも耐震基準とかは1950年からだから、それ以前は2階建の耐震がどうのこうのとかは一切ないですよね。

青山:そもそも難しくて建てられなかったとか、そういうのもあるのかな。

材料がなかったりというのも戦後はあるだろうけど。

山本:戦後はそうですよね。

私が以前改修して住んでいた尾道の家もそうですが、廃材を使って作ったバラック建築がベースになっている家も尾道にはだいぶあります。

青山:戦後の建物は構造的には結構やばいよね。

あれはもう既存不適格というよりも危険建築物だよね。苦笑

でも70年経ってもまだ建ってるから、それがすごい。

大谷:意外と丈夫なんだよね。笑

山本:そうなんです。木って意外と丈夫なんですよ。大学生のときに廃墟崩しという作品で電動工具を使わずに崩れかけたい家を解体してみたことがあるのですが、折れた梁の上にちょっと乗ってみても意外とポッキリ折れたりはしないんですよね。

大谷:うちもほぼ折れてる梁の上に2階があった。笑

青山:いやすごいよ。シロアリがあれだけ食ってても倒れずに建ってるんだもん。

大谷:あれは本当にびっくりしたよね。

でもまぁ、現場で(不測の事態に対してうまく)やっていくしかないってことよね。

あと、そういうのを面白いって思ってくれる人口を増やしていって、そういうリテラシーをみんなで共有していくことが重要だよね。

adf-web-magazine-unqualified-architecture-damaged-beam

シロアリ被害に遭った梁の一部。
こうした被害が解体してみて初めて判明し、計画が大幅に狂うことも珍しくない。

青山:このあいだ三和土(たたき)を作るワークショップをやったんだけど、そうしたらやっぱりそういうのに興味があって、ただただ作業をしにくるひとが何人かいたよ。

おじさんもおばさんもいたなー。

そういう人口っていうのはやっぱりいるから、その人たちを仲間に入れて、うまい感じでできたらいいよね。

その辺を上手にコーディネートしてくれる団体みたいなさ。

山本:ただ、絶対怪我人は出ますから、そこが難しいところですよね。

昔、村人総出で家を作っていた時も相当怪我人や死人が出てるんだろうなって思います。

青山:死んでるだろうねー。

大谷:ヘルメットとかない時代だもんね。

青山:まあでも尾道でいうと、これからどういう景観を守りたいのか、残していきたいのかを考えないと、これから急速に変化していく可能性が大きいよね。

大谷:おじいちゃんおばあちゃんが今後どんどんいなくなるからね。

今、地方都市でも都心回帰がすごいよね。

本当にどこの駅前も東京の劣化版のさらに劣化版みたいな風景になってるからね。

福山とかまさにそうなんだけど。

あれも国から規制緩和だの助成金だのどんどんつくからやってしまうし、市長もそれをコンパクトシティで素晴らしいんです、おじいちゃんおばあちゃんも安心して暮らせますみたいな、そういう謳い文句でやるからね。

山本:三階建てくらいならまだ分かるんですが、数十階の高層マンションなんか沢山建てちゃって、災害時にそこに住んでるおじいちゃんおばあちゃんどうするの?って思います。

大谷:そう、エレベーター止まったらどうするの?ってね。

今はまさにそういう感じですね。

青山:あと景観の話だけど、ヨーロッパでは外観はそのままに内装変えるじゃない。

だからこっちでも外観をそのままにして内装だけ変えたら景観は守ることもできるよね。

ヨーロッパは外観をかえてはいけないというのが結構大きくあるでしょ。

それが日本と違うよね。

大谷:ヨーロッパでは外観は個人のものではないんだよね。

山本:でも日本とヨーロッパでは建物の構造の違いも大きいですよね。

この間ポルトガルに行って高台から街を見下ろしたら、外観だけ残して家の中身がごそっと抜けてなくなってる建物が沢山あったんですよ。

下で街を歩いているときは全然気づかなくて、普通の街並みに見えていたんだけど、景観が残されているだけで実はスカスカの街だった。

あれは組積造だからできることで、日本の木造家屋では無理だなーって思いました。

青山:そうよね。木造だったら腐るもんね。

山本:日本の木造家屋って外観を残そうと思ったら外装に繋がっている柱や梁までぜんぶ補修しないといけなくなりますよね。

adf-web-magazine-unqualified-architecture-port

ポルトガルのポートで撮影した外観だけが残された家の様子。
ポルトガルに限らず、外観やファサードだけが残された中身のない家はヨーロッパでは珍しくない。

青山:でも焼杉だとかモルタルだとか、補修や改修をするときに同じ材料をつかって外観を復元しなきゃいけないとかいう決まりもないじゃない。

景観条例の厳しいところではそこまでやっている場合もあるけれど。

ただ、焼杉がうまい具合にプリント鋼板に置き換わっているのは面白いといえば面白いけどね。

波板が錆びてるのとかも尾道の景観を作ってるじゃない。笑

そのバラック的なのも含めて。

大谷:今批判されている景観とかも、50年後とかにはレトロで面白いみたいになりうるからね。

景観というのも絶対的なものではないんですよ。

山本:私たちにとっては凄くつまらない今の新築も、数十年後にはノスタルジックなものになりえますものね。

しかもそうした建物もその頃には既存不適格になってるっていう。笑

大谷:あとプラスチックとか石油製品が今後どんどん使われなくなっていくと思うんだけど、そうしたら逆に平成のプラスチック製品かっこいいみたいになるかもしれないよね。

ただ、一つ普遍的なのかなと思うのは、そこで人々が手作りで作っているようなものはそれなりにいいなと思われていくのかなって気がするけどね。

技術とかマテリアルとかは変わっていくけど、身体ってそんなに変わらないから、誰かが手を使って汗をかきながら作ったもののよさっていうのはずっと残っていくんじゃないかな。

そういうものでいい景観が形成されていくのかな。

トップダウンで行政が作ったものとか、大企業が作ったものとか、どうなんだろうって思うよね。

山本:倉敷の美観地区なども、行政によってしっかりと景観が保存されてはいるけれど、ショーウィンドウを見ているような無機質さや味気なさはあって、そこに住んでいる人々の生活感みたいなものは全然感じられないから、生きている景観を見たい人には物足りないですよね。

尾道とかは景観条例もゆるゆるでどこまで景観が守られてるのかよく分かんないし、既存不適格や危険建築物だらけで、行政のコントロールが及んでいないような、雑多でカオスで泥臭い感じがあるけど、その生活感や人々の手垢がついて街が作られている感じがとても魅力的なんですよね。

また、どこもかしこも東京の劣化版みたいなものが増えている状況だからこそ、逆に尾道のような特殊な場所に観光資源としての価値が生まれてきているんでしょう。

大谷:そう。だけど観光地として整備しはじめるとそれが失われてしまう。

そこがジレンマだよね。

青山:だからトップダウンじゃなくてみんなが面白がって作っているところに価値が生まれている。

トップダウンでできた駅とかホールとか市役所とか、それはやっぱり面白くない。

大谷:あと進行中であるということですよね。

そこで生活が営まれていたり、活動があったり。

そういう動いている、動きがある感じが面白いよね。

山本:法律に従ってピシッと作られた街より、個性豊かな建物や景観がひしめき合って、そこに住んでいる人々のストーリーを身近に感じられる場所の方が魅力的ですよね。

INFO

青山修也 プロフィール

  • 一級建築士
  • アトリエアーキツリー代表
  • NPO法人むかいしまseeds代表理事
  • 京都芸術大学非常勤講師

1972年福山生まれ。建物を新築するだけではなく、古い建物を残し、使い続けるための改修計画や、人が集う場をつくる設計事務所を主宰するかたわら、“こどもを真ん中にまちをつくろう”を合言葉に子育て環境を整えるNPO法人の代表もつとめる。ローカルな環境を生かしより生きやすい未来へ向けて活動中。

https://www.mountainblue.jp/architree

大谷悠 プロフィール

  • まちづくり活動家・研究者
  • 福山市立大学 都市経営学部 専任講師

1984年東京生まれ。2011年ドイツ・ライプツィヒの空き家にて仲間とともにNPO「日本の家」を立ち上げ、以来日独で数々のまちづくりプロジェクトや芸術祭に携わる。2019年より尾道に在住、山手の空き家を「迷宮堂」と名づけ、国籍も文化も世代も超えた人々のかかわり合いの場にしようと、仲間と共に改修&活動中。2022年より現職。主な著書に『都市の〈隙間〉からまちをつくろう』(学芸出版、2020年)など。