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ファンタジーのすすめ2

ここ数年、自分の中での食卓の興味がぐんと高まってきている。普段から住宅を設計する際にもキッチン周りはとことん考えるので、スタッフに設計させないで自分でやる。むしろスタッフも、キッチンは色々と細かく言われてうるさいので、自分でやってくださいよ、みたいな感じさえある。

おそらく、おうち時間が増えた多くの家庭で食や暮らしに関する意識が高まっているに違いない。食材や料理ももちろんこだわりはじめたらキリがないのだが、器はその際たるものである。

しばらく前から、僕の周りにいる食いしん坊仲間やこだわりの強い変人たち、フード左翼たちとプライベートや仕事を通して共に時間を過ごすようになって、食材や料理だけでなく器の魅力にも引き込まれるようになった。

周囲で器に興味がある人たちやお店の人と話していると、好みに関しては民藝派と作家派にキッパリ分かれる印象があるが、僕は民藝も好きだし、作家ものも好きだ。それは自分が建築家という立場での作家活動をしていることもあり、ジャンルを問わず作家へのリスペクトはとても高い位置付けにあるからである。そして自身の設計活動の中で大事にしている「普遍的な美しさ」や「スーパースタンダード」のような精神は、民藝の「日常使いの物に見出される美」「匿名の職人技」といった本質的な部分と通じている。だから、自分自身はより独自性(ユニークネス)の強い普遍性を探究することで「すごい建築」を構築することに日々奔走している。

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さて、その精神は、やはりものづくりに携わる過程で熱量となって現れてくるものだが、このような作り手の熱量がありのまま伝わってくる素晴らしい小説がある。それが原田マハさんの著書「リーチ先生」(2016年集英社)である。民藝に明るい方ならすぐにピンとくると思うが、リーチ先生は、かの陶芸家バーナード・リーチ。1900年台初頭から1930年あたりにかけて、思想家である柳宗悦らとともに「民藝」という言葉を作り、全国へその運動を広げた中心人物のうちの一人。彼もまた、芸術家(作家)であり、その作家性を通じて民藝にのめり込んでいった人物である。

物語の舞台は、一子相伝の窯元である小鹿田焼で知られる大分県日田市小鹿田皿山地区。数奇な運命によりリーチの付き人をすることになり陶工にまでなった、沖亀之助の人生を取り巻く世界を中心に、彼が生涯尽くしたリーチ先生との素晴らしき時間を通して、民藝という「新たな芸術の道」を切り開いていった様子が壮大に描かれている。民藝運動が生まれるずっと前の芸術評論誌「白樺」の創設時から始まり、その当時実在した芸術家たちによる芸術運動や芸術批評であったり、彼らの国際的な活動、その各々の人生描写の中で得られる教訓の数々は、生々しいと同時に直感的であり、人生における大切なことを伝えてくれている気がする。

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小鹿田焼の1尺皿(坂本窯)

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飛び鉋の模様

どうしても、芸術を通して表現をする立場として読むと、感情移入してしまい気持ちが昂る。おそらく著者の原田マハさんによる「柳はこんな男だったに違いない」とか、「リーチたちは毎日こんな会話をしていたんじゃないか」などといった妄想にまんまとのめり込み、気がつけば自分も彼らの芸術議論に参加し、一緒になって土を触っているような、夜明けまで登り窯に張り付いて火番をしているような、そんな気持ちになる(窯から取り出した器が割れていた時にはそれはもう登場人物と一緒になって疲弊してしまう)。

毎朝、出勤前の少しの時間にコーヒーを飲みながら読んでいたが、朝から気持ちが昂ってしまいカフェの片隅でひとり号泣したこともあった。それほど素晴らしく、そして清々しく透き通った小説。このような厳しい時代を生き抜くために必要な想像力を養うべく、ぜひお勧めしたい一冊である。この先のいい時代を作っていくために、ぜひ今一度ファンタジーを讃えよう。


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