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上野駅で70年ものあいだ行きかう人々を見守った壁画《自由》

猪熊弦一郎が描いた上野駅の壁画《自由》に焦点を当て、その成り立ちから現在までを紹介する企画展「上野駅と猪熊弦一郎の《自由》」が、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(MIMOCA)で2026年3月1日(日)から6月28日(日)まで開催される。JR東日本上野駅の中央改札上に掲げられる、幅約27メートル、高さ約5メートルに及ぶ猪熊作の大壁画《自由》は1951年戦後の混乱期に描かれた。東京の「北の玄関口」と呼ばれる上野駅の象徴的な存在として、70年以上にわたり行きかう人々を見守ってきた。

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猪熊弦一郎 《自由》 1951年 撮影:木奥惠三(2025年2月)

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《自由》修復中のJR上野駅グランドコンコース 撮影:木奥惠三(2025年6月)

物資不足で適した材料が調達できなかった制作当時の事情と、駅という開かれた環境により傷みやすいこの壁画は、これまで三度の修復を経て現在に至る。昨年5月の修復時には、掲出された横断幕の文言が意味深であるとSNSでも話題となり、壁画自体も注目されるきっかけとなった。

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猪熊弦一郎 《自由》原画 1951年

本展では、上野駅の歴史と壁画の関わりを振り返るとともに、緻密な修復作業の様子や実際に使用された道具なども紹介される。また、空間全体の調和を図るためにクリエイティブユニット「SPREAD」が壁画から色彩を採取し現代的な色の組み合わせ「フリーダムカラー」を制作したプロセスも併せて紹介される。

猪熊弦一郎(いのくまげんいちろう)

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撮影: 高橋章

1902年 香川県高松市生まれ。少年時代を香川県で過ごす。
1921年 旧制丸亀中学校(現 香川県立丸亀高等学校)を卒業。
1922年 東京美術学校(現 東京藝術大学)に進学、藤島武二教室で学ぶ。
1926年 帝国美術院第7回美術展覧会に初入選する。
1936年 同世代の仲間と新制作派協会(現 新制作協会)を結成、以後発表の舞台とする。1938年 渡仏、パリにアトリエを構える(〜1940)。滞仏中アンリ・マティスに学ぶ。1950年 三越の包装紙「華ひらく」をデザインする。
1951年 国鉄上野駅(現 JR東日本上野駅)の大壁画《自由》を制作。
1955年 渡米、ニューヨークにアトリエを構える。
1975年 ニューヨークのアトリエを閉じ、東京に戻る。冬はハワイで制作するようになる。
1984年 上野駅開業百周年記念として《自由》が初めて修復される。
1989年 丸亀市へ作品1000点を寄贈。
1991年 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館が開館。
1993年 逝去、90歳。
2002年 上野駅の大規模改修にあわせ、《自由》が修復される(2回目)。
2025年 上野駅グランドコンコースのリニューアルにあわせ、《自由》の修復が始まる(3回目)。

丸亀市猪熊弦一郎現代美術館

1991年11月23日、JR 丸亀駅前に開館。同時代の新しい表現を積極的に紹介する「現代美術館」を望んだ猪熊弦一郎の考えを受け継ぎ、猪熊作品を中心とした常設展、現代美術にフォーカスした企画展、子どものためのワークショップなど、多彩なプログラムを展開している。さらに、当館は猪熊弦一郎の遺した絵画やドローイングなど作品約2万点を所蔵。猪熊が「対話彫刻」と名付けた小さな作品群、猪熊夫妻が各地で収集しその生活を彩っていたコレクションなどの多数の資料とともに、常設展や企画展を通して、猪熊の活動を深く、広く紹介している。設計は谷口吉生。

「上野駅と猪熊弦一郎の《自由》」開催概要

会期2026年3月1日(日)~6月28日(日)
時間10:00~18:00(入館17:30まで)
会場丸亀市猪熊弦一郎現代美術館
料金

一般1,500円/大学生1,000円

URLhttps://www.mimoca.jp/