佐野みなみ氏インタビュー Part 2
質問8. グローバルな活動をする際、日本人としての個性・特徴・表現で思慮することはありますでしょうか?
今、ちょうど海外のクライアント様の案件を進行しておりますが、痛感することは海外の方が求める「日本らしさ」と日本人が考える「日本らしさ」には大きな違いがある点を思慮しなければいけないという点です。
例えば、「モダンジャパン」がテーマだったとしても、我々とクライアントとでは「モダンジャパン」の定義がだいぶ異なるケースがありますので、しっかりとヒアリングをし先方が求めるモダンさとジャパンらしさを表現しなければなりません。
もちろん日章旗など政治的なニュアンスを含む表現には気をつけるなどもあります。また、海外ではこの工程になぜそんなに時間もお金もかかるの?と思われてしまうケースもあるかと思いますが、そこに関しては、それがジャパンクオリティであり、それがSMDOクオリティであると成果物を見てご納得いただかないといけないケースはあります。
クライアント様が、なぜ日本で撮影をし、なぜ日本で印刷をされたいのか、そのあたりもまだまだ日本が誇れる品質の高さ故であると感じます。
質問9. 他のアートディレクター、デザイナーや創作者からの影響を受けたことはありますか?それらの影響はどのように現れていますか?
私は師事していた師匠はおりますが、1年足らずで独立しておりますのでそういう点では師の影響は少ないと思っています。どちらかというと近い業界のクリエイターさんからは刺激を沢山いただきます。
一人目は高野修平さんです。株式会社トライバルメディアハウスという代理店のクリエイティブディレクターさんで、私と同い年のCDさんです。もう10年以上のお付き合いになりますが、オーディオテクニカさんや、リクルートさん、JVC ケンウッドさん、プレイステーションさんなど数々の大きなプロジェクトをご一緒してきました。

高野修平さんCD、佐野がADで制作されたオーディオテクニカ SRシリーズのクリエイティブ
(有名声優を起用した映像プロモーション作品「Color of Life」。大好評につき同じクリエイティブチームで第二弾も制作された)
高野さんとの出会いは、対面ではなくfacebookのメッセンジャーでした。私がアートディレクションとデザインを担当していた「蟲ふるう夜に」というバンドのクリエイティブディレクターさんとして、新曲のKVの方向性をメッセンジャーでやりとりさせていただいたのですが、面識もないのに阿吽の呼吸と言いますか、高野さんのCD提案と私のAD提案が異常なまでのスムーズなスピード感とシンクロ率でハマり、お互いに感動したのを覚えています。それをきっかけに高野さんとは10年以上、大きなプロジェクトをご一緒しています。
高野さんとご一緒するプロジェクトでは、高野さんのチームがコミュニケーションコンセプト、タグライン、クリエイティブディレクション、マーケティング&プロモーション戦略を担当し、 アートディレクション、デザイン、グラッフィック、場合によっては作曲をSMDOが担当するという分担がとても多いのですが、10年以上もタッグを組んでいると、マーケティング戦略を前提としたアートディレクションのあり方のようなものが染み付いてきます。
アートディレクターとしては、どうしても「斬新で洗練された注目度の高いクリエイティブ表現」を求めたくなりますが、「クリエイティブありき」ではなく、「マーケティングやプロモーション戦略ありき」のクリエイティブ表現をアートディレクターとして早い段階で受け入れることができたのも、アーティスト性の高いアートディレクターではなく商業性の高いアートディレクターとしての今があるのも高野さんとプロジェクトを長年共にしてきたのが大変大きく影響しています。
また、SMDOの最大の強みである「なぜこのデザインになったのか」というロジカルなプレゼンテーションを一番に評価してくださったのも高野さんでしたが、おかげさまで感覚的、アート的な表現ではなく、戦略的、ロジカル的に表現し、進行するアートディレクションの需要が私の理系出身というルーツとぴったりハマるようになったと感じています。
もう一人は同い年の田辺佳子さんというカメラマンさんです。田辺さんとはちょうど今現在、日本を代表する某飲料メーカーさんのアジアプロモーション案件をご一緒しておりまして、アートディレクションを佐野が、撮影を田辺さんが担当しております。
彼女とは10年ほど前にとあるファッションブランドさんの案件でご一緒して以来、何度かご一緒しているのですが、田辺さんは当時から有名なアーティストさんの撮影を沢山されていて、第一線のカメラマンとしてパワフルに世界中を飛び回っている姿をみていると大変刺激を受けます。
田辺さんは、もちろんご自身でもフォトディレクションはされますし、言ってみればアートディレクションもできてしまうタイプのフォトグラファーさんなので、案件の規模によってはアートディレクターが2人いるような(笑)力を持て余してしまうような状態にもなってしまうのですが、規模の大きなプロジェクトではそんな彼女とのセッションは信頼感の上で成立する気持ちよさや安心感があります。田辺さんも私もコミュニケーションのテンポがかなり早いタイプなので、二人でやり取りを進めていると、周りのスタッフが置いてけぼりになってしまうようなスピード感でディレクションが進んでいくのですが、それがとても心地よく案件の精度も上がり、刺激にもなっています。
10年前は全体でも5名ほどの人数で進行するようなプロジェクトをご一緒していたのが、今では海外クライアント、広告代理店、制作会社、撮影チーム、SMDOチーム含め大人数で進行するようなプロジェクトをご一緒しているのも感慨深いです。
また、クリエイティブに対して絶対妥協をしない田辺さんが、デザイン事務所を紹介したいと言ってちょくちょく私のことをご紹介くださるのも大変嬉しく光栄なことだなぁと感じています。
質問10. デザインまたはアートディレクションからマーケットや消費者に対してどの様な貢献を心掛けていますか?
マーケットや消費者に対する貢献よりは、まず第一にクライアント様への貢献を考えます。ですが、SMDOのクライアント様はマーケットにとても影響力のあるブランド様が多いですので、結果的にブランド様経由でマーケットや消費者様への貢献につながっていると感じます。
コロナ禍当初の時は特にその辺りは意識しました。消費者が街へ繰り出すことが減り、飲食業界が大打撃を受けておりました。そんな中、ホワイトデーシーズンに桜のモチーフを使用した焼き菓子のパッケージの制作依頼をいただいたことがありました。表の商品コンセプトに加えて、裏のコンセプトとして、「商品を手に取ってくださった方に、そして、マーケット全体に対しても、社会全体に対しても、下を向かず、上を向いて希望を見出そう」という裏の意味合いを込め、桜の花を下から見上げた描写(桜が天を仰ぐようす)をしたパッケージを提案したことがありました。クライアント様にもコンセプトに共感いただき、そのデザインが即採用となりました。
その後、商品が発売された際に、商品をご購入いただいたお客様からSNSのDMが届きました。読んでみると、コロナ禍でお花見にも行けず部屋に篭りきりであったけれど、この商品を手にして生まれたばかりのお子さんに初めての花見をさせてやることができました。心が明るくなるパッケージを作ってくれて有難うございます、というような内容でした。このようにユーザーさんから直接声を届けていただけるケースは稀なのですが、消費者の方に想いがしっかり届いていたと実感できるエピソードでした。
質問11. デザインと社会や文化との関係についてどのように考えていますか?
社会との関係という点では「働きやすい環境作り」は強く意識しています。
デザインの作業というものは、リモートワークが取り入れやすい業種の代表だと思います。リモートワークの取り入れ方次第では、今まで社会的に評価が受けにくかった方、働きにくかった方(例えば女性の妊娠出産、介護、耳が聞こえにくい方、足が不自由な方、コミュニケーションが苦手、年齢、セクシャリティ、外見、国籍、介護、ペット看病など)が働きやすい環境作りをSMDOでは実践しています。
コロナ禍がきっかけでリモートワーク、オンラインミーティングが当たり前になりましたが、SMDOではコロナよりかなり前から、スタッフへのディレクションは動画収録アプリケーションで佐野のPCを画面収録した動画を共有するスタイルです。動画には何度も見返していただけるメリットがありますし、何時何分に何を発言したか確実なエビデンスにもなります。そして対面でないこと、スタッフ間のコミュニケーションは引き継ぎ以外に発生しない事によりパワハラ、セクハラ、いじめの回避にもなり、何のフィルターもなしに実力のみで評価ができます。コミュニケーションが苦手な方でも動画を見聞きすることができ、テキストベースでやり取りができる方なら問題なく作業の遂行が可能です。
SMDOには20代前半から50代まで、(過去には60代の方の応募もありました)性別年齢問わず様々なスタッフがおります。居住地が大阪、北海道、石垣島、エクアドルなど遠方のスタッフについては一度も会ったことがないスタッフもおりますが、それでもSMDOのチームとして5年以上働いてくださっている方も多いです。
SMDOのデザイナーは全員業務委託契約で、自由に働きたいタイミングに働きたいだけ働くスタイルです。勤務日時の制約は一切ありません。
チームメンバーの作業時間は各自で好きなように随時設定や変更していただき、朝型、夜型、終日型、不規則など個人により様々です。石垣島在住で子育てをしているスタッフは早起きなので深夜3:30からお子さんが起きる時間まで作業したり、エクアドル在住のスタッフは日本時間 23時頃から朝まで作業したり、毎日必ず朝9時から夜遅くまで連日作業するスタッフなど、個々の働きたい時間帯や稼ぎたい報酬によって働く時間や場所も制約は一切なく自由です。
例えば結婚前まで現役バリバリで広告代理店で働いていたデザイナーが、結婚と出産を機に大手代理店では働けないので専業主婦になるようなケースもあると思います。しかしSMDOのスタイルであれば、完全にリモートですし、空いている時間を利用して好きな時間に遺憾無く実力を発揮していただけます。
結婚したから、出産したから、高齢だから、人と話すのが苦手だから、健康ではないからと言っても才能のある人材であれば、短時間で効率的に作業は進行できますし、有名企業案件などにも積極的に関わってもらっています。そのためかわかりませんがSMDOのスタッフには既婚者や子持ちの方が多く、何年にも渡りSMDOの仕事を続けてくれているスタッフの多さや、産休後に復帰してくれるスタッフ等の存在でも自由度が高く働いやすい環境であることがわかります。
個人によってデザインの能力や特性も様々です。瞬発力があってアイデア出しやスピード作業が得意だけれどもミスが多い人や、作業に時間はかかるけれど、とても丁寧で慎重な人、全般的にレベル高く対応範囲が広い人など様々です。SMDOでは「餅は餅屋。」という考え方で私が特性を見極め、その人が得意な作業のみをお願いするというスタイルをとっています。ですから1つの案件にかかわるスタッフの数がとても多くなることはありますが、アイデア出しが得意でミスが多いスタッフにミスが厳禁な入稿データ作成を頼むのは非効率ですし、アイデア出しが苦手なスタッフに無理にアイデア出しをしてもらう事も非効率。得意な人が得意な事をするのがベスト。というのが私の考え方です。このような考え方がより浸透することにより、社会的に働きにくかった方が、思う存分才能を活かせる環境づくりが広がっていくことを願っています。
質問12. これまでのアートディレクター、デザイナー人生で最も印象に残っていることは何でしょうか?
個人からチームでの活動に切り替えられたことはアートディレクー、デザイナー人生で一番印象的です。そしてその大きなきっかけとなったのが、上記でもお話しした「画面収録動画」の活用です。
チームにする前は「イラストも自分で描ける、撮影も自分でできる、デザインもアートディレクションも佐野一人で可能なので、ブレがなくコストパフォーマンスが良いこと」を売りにしていました。
ですが、次第に受注量もどんどん増え始め、今から7年ほど前(2017年)に自分と夫(夫は現在SMDOのアシスタントディレクターですが当時はグラフィックデザインもかなり手伝ってくれていました)だけでは限界を迎え、初めてSNSでデザインパートナーを募集しました。
当時から人脈は割と豊富ではあったので、有難いことに募集は数件あったのですが、当初はどうしても自分のディレクションを相手に伝える難しさや、自分で手を動かしてしまった方が時間的にも費用的にも良いのではないかという葛藤と戦ってきました。この悩みはアートディレクターの永遠の課題かもしれません。
ですがなんとかして相手に会わずして、自分の指示を正確に、事細かく、もれなく伝える方法が無いかと検討した結果としてPCの画面収録という手段を編み出し、相手に伝える難しさをクリアしました。(当時はQuick TimeでPCの画面と私の指示音声を収録していました。今はPCの容量を抑えるためにloomという画面収録アプリを活用しパスワード付きのURLで共有しています)この動画収録で相手に伝達する方法はさまざまな「非効率さ」を解決してくれたのが私のアートディレクター人生の分岐点です。そこから毎日、デザインパートナーに向けて、365日7年間欠かさず何人ものスタッフに指示出しの動画を撮り続けていますと、長時間でダラダラ話すのではなく、頭の中で簡潔に指示をまとめる力と、プレゼンテーション能力が驚くほど身につきました。
新しくデザインパートナーになった方々は、皆、口々に私による動画での指示出しに驚いていた様子で、「今東京ではこんなやり方が主流なんですか。。」と聞かれたこともありました。もちろん東京で主流ではなく佐野独自のやり方ですが(笑)。
1つの案件に関わる人員が増えれば、見積もりの単価も上がります。当時は「コスパの良さ」ばかりを売りにしていたものが、今では単価も当時の10から15倍になりましたが「質の高さ」を売りにできるようになり、結果有名な企業様やブランド様からのお声がけがとても増えました。それはまさに「画面収録によるディレクション方法」により、引きこもりでもチームを編成できた事が最大のポイントでした。今ではSMDOのデザインチームは常時20人程度で構成されています。今でもその全員へのディレクション動画を佐野と夫の2人で日々収録しています。
質問13. デザインの創造的な壁にぶつかった時、どのように克服してきましたか?
こう言ってしまうと傲慢に聞こえてしまうかもしれませんが、デザインの「創造的」な壁にぶつかったことは一度もありません。
化学の研究はまだ世の中で誰も成果を導き出した事がない未知の法則を求めて研究しますが(その成果が世界的に評価されたものがノーベル賞などですね)、デザインの世界は世の中に数え切れないほどの成功事例やお手本が転がっています。
化学の道からクリエイティブ業界に転向した理由もそうですが、自分にとってはデザインという分野は、きちんと時間をかけて検証をし、理論立てて道筋を立てる事さえできれば、化学のような未知数の研究と比べると、かなり明確に「解」が導き出せる分野です。
創造面においては、研究と同じスタイルで、とにかくまずリサーチし(化学ではまず文献を探します)、検証してみる(化学では物質の重さや温度、濃度、拡散時間、圧力などの組み合わせで成果が変わります)というのがモットーです。そのため、SMDOのデザイナーはもう慣れていると思いますが、一般的なデザイン事務所と比べると信じられない数の案出し、検証、修正を行います。クライアント様や代理店さんから出てきたリクエストやご意見も、デザイン的にそれはどうかな?と思っても否定せずにまず検証してみる事がとても多いです。先入観を持って決めつけてしまうと、可能性を否定することになります。
「ターゲットと目的、コンセプト」という「条件」を満たす表現同士の組み合わせ検証を可能な限り行い、クライアント様の求める表現にもっとも近いと思われるデザインの精度を上げていくという検証型のスタイルは、私が大学院で携わっていた無機化学の研究の進め方となんら変わりません。検証してみたけど目的を達成できなかったという結果についてもエヴィデンスとなり、それを積み重ねることが知識となり、検証せずとも結果がわかるケースと、検証して新たな可能性を生み出せるケースの判別精度が年々上がっていきます。
また、技術的なミスについては、二度と同じ失敗を繰り返さないように過去13年間のミスを全てリストアップし、納品や入稿前のチェック項目としてスタッフに共有することで、データ自体の品質や安全性も担保しています。
過去のトラブル(デザイン経営的な壁)を思い返してみますと、実質的なデザイン決定権のある方へ直接ヒアリングができなかった事で、クライアントの要望が2転3転してなかなか納品ができなかったり、事前の業務委託契約が締結できなかったりする場合は、スムーズに進行できないケースもごく稀にございますが、それは創造的な問題ではないケースとなります。また、事前にSMDOが制作した契約書を締結しているクライアント様とのトラブルは過去0件です。
質問14. 今後のプロジェクトや展望について教えてください。また将来、実現したいこと、新しいアイデアや目標はありますか?
最近、SMDOではコンサルティングに特化したサービスも始めました。「自社にインハウスデザイナーがいるが、レベルの高いアートディレクションができない」、「自社にデザイン制作部門はなく、AD不在のままデザインを外注している。or 新しいADを採用したい」というようなアートディレクションの環境が整っていない企業様・ブランド様へ向けた、デザインチームの整備を含めたアートディレクションに特化したディレクションのご依頼が可能となります。
SMDOは通常、アートディレクションとデザインをまとめてご発注いただくケースがほとんどです。そんな中、世界最大のチェーンの一つである某ブランド様から、社内のアートディレクターとして就任して欲しいというご相談をいただいた事がありました。しかし、その際はSMDOを継続しながら希望される出勤の条件などの条件を調整することができず、見送りになりました。
ですが、SMDO自体、コロナ禍より何年も前から完全リモートワークですし、実際は動画アプリケーションやコミュニケーションツールを駆使して出勤体制を取らずに効率的なアートディレクションを行う事は可能です。そのような経験からディレクションのみに特化したサービスの提供を開始いたしました。是非、お気軽にお問い合わせいただきたいです。
また、上記業務拡大に伴いwebサイトもリニューアル中なのですが、SMDOではデザインスタッフを募集しています。こちらについても是非、お気軽にお問い合わせいただきたいです。
佐野みなみ プロフィール
デザインチーム「SMDO(Sano Minami Design Office)」代表。1983年生まれ。東京理科大学理学部化学科卒業後、東京理科大学大学院理学研究科化学専攻中退。第一種特待生としてバンタンデザイン研究所グラフィックデザイン学科入学。C.T.T.P(現 信藤三雄事務所)でのインターンを経て、2009年に合同会社OPERA(現 株式会社ヴィーナス・スプリング)にグラフィックデザイナーとして入社。2010年から現職。ヴィジュアルアイデンティティの策定をはじめ、アートディレクション、 グラフィックデザイン、フォト、WEBデザイン、イラスト、パッケージデザイン、ブースグラフィック等幅広く扱っている。2020年バレンタインデー以降、チョコレートブランド「GODIVA」のパッケージデザインも多数手掛ける。2023年より2年連続で、グラフィックデザイン年鑑「MdNデザイナーズファイル」にて最前線で活躍しているトップクリエイター&次世代を担う若手デザイナーの1人として選出される。