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世界の一部をもがきながら切り取った

写真家・天野裕氏個展「あなたがここにいてほしい」がSAIで2025年5月15日(木)から6月8日(日)まで開催される。天野は30歳から写真を撮り始め2009年には塩竃フォトフェスティバルで大賞を受賞、写真界にデビューを果たした。その後全国を軽自動車で寝泊まりしながら旅を続け、日時と場所をSNS上で指定し、そこへ訪れた者に1対1で自作の写真集を閲覧させる「鋭漂」というスタイルを17年間続けた。2020年頃からは元ラブホテルであった自宅マンションを図書館兼ギャラリーとして解放、写真家としての活動の幅を大きく超えていった。

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暗闇の中を漂う光、どこともわからない旅先の海、握られた手、室内の風景、流れた血、刃物、薬など、天野の写真には、天野の生きる世界の断片が写し出されている。しかし、その写真は「私写真」という枠では到底くくることができず、抽象的で、詩的で、まるで 1本の映画を見るかように、天野の作り出した世界へ引き込まれるような感覚にとらわれる。30年以上重い鬱(うつ)と闘い、常に死というものが身近に存在している天野が何かを刻み込むようにもがきながら切り取ったような写真は、厳しく、はかなく、そして何物にも変えられない一瞬の美しさを持っている。

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Chromogenic print
420 × 332 mm
16.8 × 13.28 in
Unique

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Chromogenic print
420 × 294 mm
16.8 × 11.76 in
Unique

展覧会に寄せて

種田山頭火を放浪の併人と呼び、山下清を放浪の画家と呼べるならば、天野裕氏は放浪の写真家である。

写真家としてデビュー早々に賞を獲得しながら、スタジオを持たず、展覧会をせず、写真集を出さず、軽自動車に寝泊まりしながら日本中を走り回り、ツイッターで「きょうはこの町にいます」とつぶやき、喫茶店やファミレスやスナックや公園で「客」を待つ。旅の時間のなかで撮影した写真をコンビニでプリントして束ねた「写真集」をテーブルに置いて。そうしてやってきた客に「ー冊千円」で写真集を観せる。一対ーで。その見物料で食費やガソリン代をまかない、また次の場所に行く。毎日が旅で、毎日が撮影で、毎日が一期一会の、極私的な展覧会。そういう生活を天野くんは、僕が 2017年に出会った時点で5年も続けてきた。いまはからだの具合が悪くてなかなか難しいらしいけれど、快復したらきっとまた旅に出る日々が戻ってくるはずだ。

旅することの本質はたくさんの場所を訪れることではなく、移動し続けることにある。立ち止まらないと探せないこともあるけれど、走っていないと見えない景色もある。そういう瞬間を撮り集めてきた天野くんは、まさしくストリートで生まれ、ストリートに生きてきた写真家だった。
その天野裕氏がホワイトキューブのギャラリーで展覧会をすると聞いて、驚いたひとがきっといるだろう。違和感を抱いたひともいるはずだ。

立派なギャラリーにすっきりした装の大判プリントを余白たっぷりに並べて、ハードカバーの分厚い写真集も刊行して、おしゃれなオープニングパーティーでにこやかに談笑展…そういうアート・フォトグラフィー業界のシステムに背を向けて、地べたにひっついてきた天野くんの気持ちも、この展覧会の企画を聞いたときの戸惑いも、痛いほどよくわかる。

ただ、何年間も天野くんの写真と付き合っているうちに、僕個人としては「この写真を取り澄ました業界の真ん中にぶち込んでみたい」という思いも浮かんできた。それは今回のギャラリーの運営者も同じだろう。だって、写真のことはなんでも知ってるつもり、みたいなひとたちにこそ、この写真を突きつけてみたいから。

既存のシステムの外側で、既存のアートや写真愛好家たちの外側にいるひとたちのために、天野くんの写真は存在してきた。それは写真業界の端っこにいる僕にとってはあまりに奇跡的で羨ましいサバイバルのスタイルでもあった。

でも、その尊く、同時に閉じられた輪のなかから写真を引っ張り出して、仮想敵だと思っている場所一一ひとりもサポーターがいないアウェイのフィールドで、あえて対戦相手のルールに従って勝負してみたら。

天野くんの写真が、たかが場所や展示方法で見え方が変わってしまうほどヤワな写真なのか、それともいろんな違和感を軽快なフェイントで駆け抜けて美しいゴールを見せてくれるのか。それを僕らはもうすぐ目撃することになる。

写真家・編集者 都築響ー

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Chromogenic print
420 × 302 mm
16.8 × 12.08 in
Unique

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Chromogenic print
420 × 294 mm
16.8 × 11.76 in
Unique

天野裕氏個展「あなたがここにいてほしい」開催概要

会期2025年5月15日(木)~6月8日(日)
時間11:00~20:00
会場SAI
URLhttps://tinyurl.com/24tjks56