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青森公立大学国際芸術センター青森[ACAC]にて開催中の松本美枝子 「具(つぶさ)にみる」展

その展示会場自体がまるで生と死の境目のような、不思議な展覧会である。青森公立大学国際芸術センター青森[ACAC]にて開催中の松本美枝子 個展「具(つぶさ)にみる」の展示風景は安藤忠雄設計のACAC展示棟ギャラリーAのもつ場の力と溶け合って不思議めいた空間となっていた。この展示室で本展が設営されたこと、それを直接見に行ける機会に恵まれたこと、間違いなく2022年上半期で一番印象深い展示だった。

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ACACエントランス

松本は、20215月から約1年間の延べ3ヶ月をACACに滞在し、アーティスト・イン・レジデンスプログラムで青森県内でリサーチを行い青森の土地や歴史を再考し、それらを反映した新作インスタレーションを本展で発表している。これまでもその土地の歴史的背景を丁寧に紐解きながら、それまで光が当たらなかったけれどそこに確かに存在していた数多のストーリーを再編集するような作品を手掛けてきた松本の最新作を見れる機会をとても楽しみにしていた。

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展覧会ポスター

《私たちが作った風景》では、、松本が訪れた県内の様々な場所が作品に収められている。そのうちの一つ、日本三大霊場の恐山菩提寺を有する恐山は霊的な場所であると同時に地質的にも非常に面白い場所だと松本は語る。恐山山地最高峰の釜臥山頂上には航空自衛隊のレーダーサイトが設置されており日本周辺の他国の航空活動を365日監視している。活火山である恐山はそのカルデラ湖周辺で現在でも火山活動が観測されており、昭和初期までは鉱山があり大勢の人が働いて大規模な採掘を行なっていたそうで、この山地一つにしてもみえないレイヤーが複数存在している。

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松本と《私たちが作った風景》の展示風景

八甲田山大岳は防災という観点から気象庁が特に観測を強化している常時観測火山の一つである。火山ガス災害が発生しているこの場所であるが、ガスの危険性が高い場所に設置されたロープの横を多くの登山者が素知らぬ素振りで通り過ぎて行く。日常の中に共生している火山地帯に着目してほしい。

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《私たちが作った風景》火山地帯である八甲田山大岳の中腹

太平洋戦争時、東北地方で最大の空襲被害を被った青森大空襲。その青森で発掘された焼夷弾の傍に展示されている写真には現在の青森市街地の夜景が写っているが、煌々と明るいこの街はかつてほぼ全域が焦土となった。人為的に破壊されたこの街を再生するのに要した何十年の時間について思いを巡らせる。写真を見るために壁に近づくと、展示を照らす強い光の中に取り込まれる。この眩しい光の元を振り返ると焼夷弾が視界に入ってくる。本作は30分毎に展示を照らす照明が強くなり、同じタイミングで楽曲が流れてくる。松本によると、青森にかつて存在した師範学校や医学校は空襲で焼け落ち、それらの機能は弘前に移転されたので、青森市は国立大学を持たない数少ない県庁所在地だそうだ。空襲がなければ生まれていなかったかもしれない1993年に設立された青森公立大学と1949年に開学した弘前大学のそれぞれの象徴である校歌がインスタレーションで使用されている。戦後に作られた、平和の中で生まれた歌が作品全体に流れる長い時間の物語を浮かび上がらせる。

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《46番目の街》76年前の大量破壊兵器の遺物と青森市街の現在の夜景

津軽地方、青森県鯵ヶ沢町から北部の十三湖にかけては強風が吹き付け、松本がリサーチで青森に滞在している間にも、七里長浜に訪れる度にどんどん地形が変わっていったそうだ。風だけではなく、波浪や雪の影響で、土地が一年に3センチ程度削られ後退するこの地域の自然の厳しさが伝わってくる。人間の力の及ばない場所、そういったものの象徴に見えてくる。松本がふとつぶやいた「自然が厳しいから、人間じゃないものを信じるのかな?」と言う意味を実感する。

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《新しい地形》屏風山の崖に立てられた柵が崩れ落ちる様子

「青森はいつもグレーの光が差している。」

青森に来るのは4回目だと記憶しているけれど、いつも感じていたこの土地の印象を余すことなくストンと腑に落ちるように再編集してくれた作品があった。《もつけの幽霊》は青森県出身の人へのインタビューを軸に、松本が撮影、創作した物語が挿入されつつ進行する20分の映像作品だ。事実と創作されたエピソードの境目が曖昧になっていくにつれ、鑑賞者はそこに存在するインタビュー対象者と、創作された語りが絡み合い、最後に一つの大きな物語が現れることに気づく。松本の言う「近代化されていない心」が作品を通じてより現実味を伴ってくるので、時間に余裕をもってぜひ本作を鑑賞していただきたい。

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《もつけの幽霊》展示風景

青森県蓬田村の在郷軍人会は日露戦争出兵に際し、ロシアで散ったとしても灰になって外ヶ浜に帰還しようと誓って墓を立てた。この墓は現存するが、出兵した彼らは日露戦争中に亡くなった人もいる。景勝地の美しい浜辺に墓が重なり投影され、最初は浜辺から海路を眺める視点だった映像が、終盤では海から砂浜を見るアングルになり、その魂の帰還を暗示させる。その9分の映像中、展示室内が暗闇に包まれる瞬間がある。暗闇の展示室内で雪を踏み締め行進する音が聞こえてくる。それは青森県から日露戦争に駆り出され、散った人々の幽霊の足音、戦争の足音、作家の足音、はたまた八甲田山の雪中行軍を思い起こさせる。穏やかな波の映像を鑑賞しつつも、どこか不安をかき立てるような作品である。

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《自分の墓を見る》浜辺より外ヶ浜の海路を望む

本展のタイトルを振り返る。「具に(つぶさ)にみる」は、松本が青森でのリサーチを通じ、みて(見て・観て・視て)きた超自然的で神秘的な事象や、戦争や産業による人為的な痕跡を紐解き、人々の中で過去から現在に至るまで地続きで存在するものに向き合った行為を指す。入口横、一番最初に展示されている《世界の輪郭》は、今回展示された6つの新作の中ではその展覧会タイトルを鑑みると異色な作品と言える。本作はピンホールレンズを使用した写真と音響によって構成されており、一見動画のように見えるが、写真を0.3秒毎に繋いでおり、映像と写真の中間のような作品となっている。幼少期に弱視だった人のエピソードに由来している作品で、大人になって視力が回復した後も子供の頃体験した見えないものが音を出して近づいてくる恐怖から、今でもねぶたや海に身が竦むそうだ。見えなものを写真にすることの難解さ、「みる」ということの意味自体を大きく問いかけられる作品だ。

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《世界の輪郭》

本展において鑑賞者は、青森の風景をみているようで、そこに存在する松本の「土地をまなざすこと」に媒介され、多層的に折り重なったその土地の記憶を再発見する。土地と人々の結びつきを思い起こさせ、それによって現在に生きる人々の相貌が浮かび上がる試みとなっている。私たちの生きる「いま」が様々な歴史と記憶を集積させた流れの中にあることを、松本の拾い集めた手がかりを起点としてぜひ思い出してほしい。

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青森公立大学 国際芸術センター青森 設計 安藤忠雄、竣工2001年

松本美枝子 個展「具(つぶさ)にみる」

会期2022416日~619
会場青森公立大学 国際芸術センター青森 ギャラリーA
開館時間10:0018:00
休館日会期中無休
入場料無料
主催青森公立大学 国際芸術センター青森
助成公益財団法人朝日新聞文化財団
URLhttp://acac-aomori.jp/program/2022-1-3/