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ニューヨークのメトロポリタン美術館で開催されている「Lorna Simpson: Source Notes」展

ニューヨーク・ブルックリン出身のアーティスト、ローナ・シンプソン(1960〜)は、アメリカ現代美術におけるコンセプチュアル・フォトグラフィーの先駆者として知られている。写真とテキストを組み合わせ、歴史や記憶、アイデンティティといったテーマの作品を1980年代から90年代初頭にかけて発表し注目を集めた。その後も、映像、インスタレーション、絵画など多様なメディアを駆使して、幅広い創作活動を展開している。

2025年11月30日までニューヨークのメトロポリタン美術館で開催されている「Lorna Simpson: Source Notes」は、シンプソンの近年の絵画作品に焦点をあてた初の美術館巡回展であり、その複雑な表現をあらためて知る機会となっている。

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True Value, 2015, Ink and acrylic on gessoed wood

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Exhibition view of “Lorna Simpson: Source Notes” at the Metropolitan Museum, New York

本展ではシンプソンが10年にわたり取り組んできた30点以上の絵画を中心に、その創作活動を包括的に紹介している。シンプソンは、アメリカの雑誌「Jet」や「Ebony」のヴィンテージ写真を使ったコラージュを多く制作してきた。これらの雑誌は、白人中心の主流メディアが支配的だった1940〜50年代に、黒人の生活に焦点を当てた雑誌だ。絵画もコラージュ的であり、たとえば展示の冒頭の絵画「True Value」では、チーターを紐で繋ぐヒョウ柄の服の女性の顔が、繋がれているチーターと入れ替わっている。こういった視覚のズレが生む異様さはシンプソンの作品の特徴でもある。

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Ghost Note, 2015, Ink and screenprint on gessoed fiberglass

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Three Figures, 2014, Ink and screenprint on clayboard

「Ghost Note」には黒人の少女の顔が水面に浮かんでいる。海中には読めない文章の断片と女性の顔がのぞいている。不穏な表情をした少女の前方にある黒い四角形は、明るみにならない記憶を思い起こさせるようだ。何を表しているかはわからないが、奴隷貿易の難波船の歴史や記憶を示唆するものなのだろうか。「Three Figures」では、1963年のアラバマ州での人種差別に対する公民権運動デモの報道写真をもとに、消防ホースに抵抗する黒人の若者たちが描かれている。つぎはぎのイメージと大きくズレたキャンバスにより一人の手が途切れている。その身体が公的・政治的な舞台にさらされてきた歴史を象徴しているかのようだ。

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Younger Queen, 2019, Found photograph and collage on paper

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Exhibition view of “Lorna Simpson: Source Notes” at the Metropolitan Museum, New York

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Blinking, 2016, Found photograph and collage on paper

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Ebony Branches, 2010, Collage on paper

展示には、シンプソンが長年取り組んできたコラージュ作品や、「Ebony」と「Jet」を素材にした最近の彫刻作品も登場する。個人的には、大型の絵画作品よりもコラージュ作品の方が見応えがあった。

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5 Properties, 2018, Ebony and Jet magazines, poly sleeves, bronze, plaster, glass

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Night Fall, 2023, Ink and screenprint on gessoed fiberglass

シンプソンの作品の中で繰り返し登場するのが自然の要素だ。自然物は記憶や歴史の層を思わせると同時に、そこに刻まれたトラウマや語られない物語をも思い起こさせる。また、壮大な自然はその存在自体が理解を超えるものでもあり、大きな脅威を感じる対象だ。こうした自然と黒人女性の身体の融合は、展示全体を通して見えるシンプソンの一貫したテーマでもある。アイデンティティの構築、記憶の継承、そして視覚イメージの不確かさ。あらゆる問いがそこに凝縮されている。