Sk_Th5mn4mM

先日、2月20日にアムステルダムで開催されたFRAME AWARD 2019のセレモニーに参加してきました。

このアワードでは、審査会場で直接プレゼンテーションをする機会があったので、色々と考えることがありました。応募から審査までに出会った「Tokyo Apartment」と「時間軸」ということについて、プレゼンテーションを通して感じたところを少し書いてみようと思います(今回、FRAME AWARD 2019に応募した私のプロジェクトの設計趣旨や背景はarchitecture photonetで公開されています)。

House of Wind and Light_PHOTO_credit_Ichiro Mishima_20

光と風が通る家 / House of Wind and Light, 2018年 東京
FRAME Awards 2019 Residential部門 (Small apartment of the year) 受賞
設計:小野寺匠吾建築設計事務所
Photo@ Ichiro Mishima

ヨーロッパのアワード

昨年、私が応募したヨーロッパのアワードは2つありますが、面白いもので両方とも、竣工写真だけでなく、「設計趣旨」と「なぜこのプロジェクトが優れているのか述べよ」という論文形式のテキストを提出する必要がありました。日本国内でもアワードに応募したことはありますが、その際は竣工写真のみで一次審査が行われ、箸にも棒にもかからず初戦敗退という有様でした。

このような場合、想像に容易いと思いますが、応募者としては「写真だけで何が判断できるものか」という疑問と同時に、怒りのようなものが湧いてくるものです。私たち設計者は、いつもあらゆる思考を重ねて、全力で絞り出したコンセプトを図面や素材に宿らせ、それが空間となって立ち上がるのに、解像度が低い写真だけでどうして審査ができるのか、と。その点から言って、ヨーロッパのそれはとても妥当だと感じました。

19MAR01_ADF_shogo onodera_02

Frame Award 2019
今年から新しくカテゴリーに加わったResidential部門の受賞者たち

19MAR01_ADF_shogo onodera_03

Frame Award 2019
各カテゴリー受賞者たちと記念撮影。総応募数は1050プロジェクト

では何が面白かったのかというと、「自分のプロジェクトの何が新しいのか」ということを具体的に表明する必要がある点です。

もちろんどのプロジェクトもコンセプトを作りながらまとめてきたものですが、竣工後に改めてプロジェクトを振り返りながら「そこでなにが起こっているのか」を言語化する作業が必要になります。その時の立ち位置というのは、実は当初の設計趣旨から飛躍している場合があります。
無意識ですが、同じプロジェクトであるのにも関わらず別の角度からアプローチして思考していたり、その論考の過程で新しく気づくことがたくさんあります。すなわち、こうしたプレゼンテーションそのものがプロジェクトの質を高いところに導いてくれるということでもあるのです。

ヨーロッパから見たTokyo Apartment

このプロジェクトは以前にFRAME MAGAZINE WEBでも記事にして頂いたことがあるのですが、その際に海外メディアが使用した「Tokyo Apartment」という言葉について深く考える機会がありました。

19MAR01_ADF_shogo onodera_04

ヨーロッパだけでなく、アジアや日本国内でも今や当たり前となっているリノベーションやコンバージョン。元々は、別の機能で使われていたものを別の用途に転用することを意味していました。しかし、日本におけるリノベーションと言うと多くの場合、古い建物の躯体を残して、中身を新しく更新することを意味し、用途の変更自体は行われない前提で、リノベーションと呼ばれているものが多いのが現状だと思います。特に住宅の場合、古く残された壁や床を生かした改修プロジェクトは事例として多く見られます。

では、そういった事例が一般化されてきた現状の中で、改めて「Tokyo Apartment」 とは一体何なのでしょうか。それは、海外から見たときの日本人の暮らしや所作が詰まった「暮らしの箱」のことだと想像できます。当たり前ですが、日本人ならわざわざ「東京アパートメント」という言い方はしないでしょう。

この記事を読むと良く分かるのですが、暮らしの記憶を引く継ぐことが面白いということを、ヨーロッパの視点から注目していることが分かります。当時、私が提出した設計趣旨とプロジェクト背景の中で、nLDKスタイルの限界と新しい暮らしへの対応の必要性について述べました。これに対して、FRAMEからは、いくつか具体的な質疑が上がってきました。

・なぜnLDKはなぜ現代社会で機能しないのか
・なぜ部屋ではなく場所を定義したのか
・なぜ天井と壁には既存の仕上げを残しているのか

このような質問に対して回答するには、まず東京の集合住宅における間取りについての変換過程や社会背景から説明する必要がありました。

戦後の高度経済成長のもとで、住宅供給の波にかられて標準化した間取りであるnLDKは、畳という床の生活から椅子というダイニングの文化に移行したこと、そのこと自体が寝食分離を意味していることなどを踏まえ、それがいかに当時の生活文化に適していたか、それと同時に、いかに現代の多様化した暮らしに適していないかということを説明しました。そのやりとりの結果、「What was this Tokyo apartment like before? Look to the ceiling for clues」というタイトルで記事がリリースされました。その時、初めて「Tokyo Apartment」という単語を見た私は、驚きと新鮮さと的確さが感覚を貫き、これはまさしく「ヨーロッパのメディア」なんだということを改めて認識することになったのです。

19MAR01_ADF_shogo onodera_05

改修前の状態。40年前の間取りがそのまま残る。

House of Wind and Light_PHOTO_credit_Ichiro Mishima_35

改修後の状態。新しい時間と古い時間が混在する空間。
Photo@ Ichiro Mishima

(後編へ続く)