Sorry, this entry is only available in Japanese. For the sake of viewer convenience, the content is shown below in the alternative language. You may click the link to switch the active language.

山芸術交流 OKAYAMA ART SUMMIT 2019 「IF THE SNAKE もし蛇が」展が岡山市で2019年9月27日から11月24日にかけて開催された。アーティストディレクターとして展覧会を取りまとめたのは、前回の岡山芸術交流2016にも蜂の巣の頭をした裸婦像の《未耕作地》などを出展し、2017年のミュンスター彫刻プロジェクトに出展した《これからの人生のあと》などでも話題となった、フランス人アーティストのピエール・ユイグ(Pierre Huyghe)

チケットセンターの傍で売られている展覧会カタログに目を通すと、巻末に 「展覧会『もし蛇が』は、独立した一つの生命体である」という一文から始まる、ピエール・ユイグによる詩のような文章が載せられている。

予備知識を持たず、キャプションも読まずに展覧会を見ると、どこからどこまでが一人の作家の作品なのか判別できない瞬間が度々訪れる。そして、各作家の作品について調べ、改めて作品を見ると、それぞれの作品が影響し合うことで、作家個人の「作家性」に基づく表現とは別の側面が立ち現れていることに気づく。内臓がそれぞれ独自の機能を持ちながらも体全体と繋がって影響し合いながら存在するように、各作品はそれぞれの独自性を保ちつつ、それぞれに影響し合い、鑑賞者の頭の中で絡み合い、「もし蛇が」という一つの像を成していく。その在り方は「現代美術」や「テクノロジーアート」、「時代性」といったカテゴリー分けや、コンセプトによって作品を集めて開かれる企画的な展覧会とも、複数の作家が寄り集まって開くグループ展ともまた異なる。

カタログの巻末の文章は、更に「それは異なる種類の知的生命形態や化学的、生物学的、アルゴリズム的過程の異種混交に添うように航行する。この特定の設定の存在がもつ一つ一つの特徴は、それぞれの共存状況の条件ゆえに先天的にダイナミックな性質を備えており、偶発的な連続性のモードとして果てし無く成長していく。 この幼いが複雑なシステムは絶えず自身の適応力を変更しながら、いかなる潜在的な目撃者に対しても無関心を貫く。そして自然発生的な秩序や自己生成、意識を有する素材、意味の置き換えに迅速に反応する。この展覧会はその存在についての数多く存在する仮説の一つとして立ちあらわれるにすぎない。『もし蛇が』は、多様な相からなる肖像画ではない。機械のなかの幽霊でもなく、人間の属性や価値観にのみ認識されるアミニズムでもない。それは自らを表現しながらもなお表現することを避ける。奇異なもの、人工的な他者性の帰化、ある奇妙な主体の形成形態。『既知』に束縛された合意形成に依拠する現実から旅立つためには、フィクションのもつ不確かな要素が必要だ。不可能と考えられていた世界に手を伸ばすために、それらがどのような世界になりうるか、遊び心を持って想像し、具体的に現実のものとするために。無目的なこのトポロジーは多孔性のフィクションの一種の氾濫であり、ある不確実性の状態へと入り込むクロスフェード、可能性の不安定な形式化の一個の連続体なのだ」と続いていく。

この文章を読んですぐにその全てを理解できる人は恐らく、ほとんどいないだろう。SNS映えする作品や、深く考えずに楽しめる参加型の作品などと異なり、岡山芸術交流に展示されている作品は、現代アートに親しみがない人たちにとっては理解に苦しむものが多い。だが、もしそれぞれの作品に明確なテーマやコンセプトを打ち出し、それを理路整然とした文章で説明したとしたら、鑑賞者の多くは「へぇー」、「なるほど」などと言って頷きながら、作品を分かったつもりになったことに満足してそれ以上深く考えないまま作品の前を通り過ぎていくだろう。そこに”偶発的な連続性”や”数多く存在する仮説”が入り込む余地はあるだろうか。ピエール・ユイグの謎かけのような難解なステイトメントや展示構成は、様々な解釈の余地(多孔性)を作り、作家同士や作品と鑑賞者の間に生まれる偶発的な影響を展覧会の中に取り入れていくための工夫だと捉えることができる。それこそが「『既知』に束縛された合意形成に依拠する現実から旅立つため」の「フィクションのもつ不確かな要素」であり、「不可能と考えられていた世界」を「遊び心を持って想像し、具体的に現実のものとする」ためのピエール・ユイグの試みではないだろうか。

だが残念なことに、「もし蛇が」を見ても、”遊び心を持って想像”するところまで至らずに、”よく分からなかった”という感想で終わってしまっている人が多いことは否めない。そこに現代日本人が抱える問題が浮かび上がってくる。

adfwebmagazine_asagao1

メイン会場である内山下小学校のプールサイドに咲くアサガオの花はアメリカ人作家 シーン・ラスペットの《ノアサガオ: IRBliシルバーブルー》という作品。このアサガオは日本の放射線育種場でガンマ放射線照射の突然変異を利用して開発されたもの。

adfwebmagazine_okayamaartfestival2

手前の”標準化されたヨーロッパ人の肌色”で満たされたプールは、スイス人作家 パメラ・ローゼンクランツによる《皮膜のプール(オロモム)》という作品。奥のRSKの建物に設置されたディスプレイに映っているのはアイルランド人作家ジョン・ジェラードによる《アフリカツメガエル(宇宙実験室)》という精巧なCG映像作品。無重力空間に漂うカエルは不規則な間隔で時折痙攣する。プールの周囲にはシーン・ラスペットと郑胜平によって開発された新たな分子による香りの作品《越香©️(2-ベンジル-1、3-ジオキサン-5-オン)》が漂っている。

adfwebmagazine_okayamaartfestival3

内山下小学校のグラウンドに展示されていたフランス人作家エティエンヌ・シャンボーの彫刻作品《微積分/石》(写真左)とピエール・ユイグの映像作品《タイトル未定》(写真右)。どちらも解説や予備知識なしでは何を表現した作品なのか一目で理解することは難しい。

adfwebmagazine_okayamaartfestival4

内山下小学校の体育館に展示されているレバノン生まれの作家タレク・アトウィの《ワイルドなシンセ》(床の上に置かれているユニークな楽器の数々)と、メキシコ人作家フェルナンド・オルテガによる《無題》(天井から吊るされている青い殺虫灯)。体育館の中で様々な音を響かせる楽器と、天井の殺虫灯は連動しており、殺虫灯に虫が当たって死ぬと、全ての楽器の演奏は中断される。この体育館の中にもシーン・ラスペットと郑胜平による越香が漂っている。

adfwebmagazine_okayamaartfestival5

アメリカ人アーティスト、マシュー・バーニーとピエール・ユイグによる《タイトル未定》という作品。左にはユイグによるノコギリイッカクカニ・カブトガニ・アネモネ・サンゴの入った海洋生物生態系を表した水槽があり、右にはバーニーによる両面にエッチングの施されたアスファルト塗装の銅板が青い電気メッキタンクに浸けられている。展覧会終了後、電気メッキされた銅板は取り出され、二人のアーティストのコラボレーション作品としてユイグの水槽に設置される。

adfwebmagazine_okayamaartfestival6

天神山文化プラザに入り、階を下ったホールに展示されたフランス人作家エティエンヌ・シャンボーの《ソルトスペース》(床に撒かれた動物の骨粉)と《熱》(ホールを支える柱の幾つかが人体のように発熱しており、変化していくその体温は測定され、スクリーンに表示されている)。

adfwebmagazine_okayamaartfestival7

林原美術館に展示されたアメリカ人作家 イアン・チェンによる《BOB(信念の容れ物)》というAIを用いた作品。ディスプレイの中にはBOBというAIキャラクターが生活しており、来場者はアプリをダウンロードすることによってBOBに情報と共に餌や爆弾を与えることができる。BOBは与えられた情報から学び、餌を食べながら成長し、時折与えられる爆弾によって死ぬ。そしてまた最初から学習と成長を繰り返す。最初にこの作品を見たとき、そこにはヒュドラのように複数の頭を持ったBOBがいた。だが、この写真をカメラで撮り直すために後日また訪れたとき、そこには餌を食べることを拒み、頭一つで成長することをやめたBOBがいた。餌はBOBが食べないまま部屋に蓄積され、グラフィックの情報処理量は重くなり、動きはとてもぎこちない。最先端テクノロジーや複雑な機構を用いたアート作品にバグや故障はつきものだ。だが、この作品の場合、これを単なるバグと言い捨てることはできなかった。もし、人々によって情報と餌と爆弾を与えられ続け、何度も生死を繰り返したAIが、自分の意思によって断食を選んだ結果がこれなのだとしたら・・・。内部のプログラムを知らない観客は、これをバグともAIの意思とも断じることはできず、そこには解釈の余地がだけが作品の一部として存在していた。

異なる言語や文化、宗教、人種、国家の人々がひしめき合い、衝突を繰り返してきた大陸社会では、隣の人間が何を考え、何をどう感じ、何を言っているのか分からないということはめずらしいことではなく、同じ背景や共感を前提として何かを伝えるということは容易ではない。

例えば、ここにカブトガニの絵があったとする。日本人の多くはそれを見てすぐにカブトガニの絵だと理解できる。そしてそこから、カブトガニがどこに生息していたかだとかカブトガニがモデルになったポケモンのキャラクターがいただとかを連想するだろう。だが、世界にはカブトガニを見たことも聞いたこともない人も多い。その人たちはカブトガニの絵を見てもそれが何だか分からないし、カブトガニに付随するイメージを共有することもできない。それが実際にいる生物なのか、架空の生物なのかも分からない。そもそも海を実際に見たことがない人すらいる。そういう人はまず、カブトガニという生物についてや、カブトガニが生息する海というものについて説明してもらわなければ、その絵のことを理解することはできない。その絵のそばに親切な解説がないときは、自分で調べなければ理解できない。そのように”分からない”ことに直面し、困惑することこそが異文化に対面するということであり、そこから”分からない”ことを調べ、理解しようとすること、また、相手も同じように”分からない”のかもしれないと想像力を働かせていくことが、異文化と接していくことだと言える。

それが単なる絵画ではなく、作家の生まれ育った場所の社会的・歴史的・政治的背景などをもとにした作品などになると、調べる内容はさらに増えて複雑化していく。現代アートが難しいと言われる要因の一つはそこにある。しかしそれは同時に、現代アートを理解しようとすることが、複雑化した現代社会と向き合い、それを理解しようとすることに繋がっているということでもある。

岡山という地方都市に現れた「もし蛇が」という"奇異なもの(異文化)"に対して、最初は訳が分からずに困惑するのが当然だろう。だが、もしそこで”よく分からなかった”で思考を打ち切り、それ以上理解しようとすることを止めたとしたのなら、それは自分とは異なるものに対して歩み寄ろうとすることを止めることと等しい。閉鎖的な環境の中で、同じ境遇で育った人々と生活をするのならば、それでも問題ないだろう。だが、少子高齢化やグローバル化に伴い、外国人実習生などの名目で外国人労働者を増やし、移民に頼った社会システムに移行しようとしている現在、果たして同じ境遇で育った人々とだけ接して生活する、閉鎖的な環境を保つことはできるだろうか。自分とは異なる土地や文化で育った他者を”よく分からない”で切り捨てて済ますことができるだろうか。

同じ境遇で育った人々による閉ざされた環境は、まさしく「『既知』に束縛された合意形成に依拠する現実」の一つだとは言えないか。

岡山に住んでいると、「岡山芸術交流は岡山県や岡山市が関わった事業でありながら、岡山で活動している地域の作家を取り上げず、海外作家の作品ばかりを展示している」という地元の住民や作家からの批判を時折、耳にする。確かに、これがもし他と同じような、日本の地域の「芸術祭」であるならば、それはもっともな意見だろう。それらの地域重視の芸術祭は内輪の祭りを外に対して開いているという側面が強い。もちろんそれが悪いということではなく、都市部に若者が流れ出て、コミュニティの維持すら困難になりつつある地方や地域で、外に向かって開かれた場を作る芸術祭の持つ役割は大きい。地元芸術家や他所から呼び込んだアーティストがそこで求められるのは、地域の代弁者や、地域から新たな価値を生み出す開拓者としての役割だ。

だが、そもそも岡山市は72万人に近い人口を擁し、政令指定都市にもなっている、それなりの地方「都市」であり、地方と呼ばれるのは同じでも、そういった地方地域とは状況が異なる。それゆえに「岡山芸術交流」のコンセプトもそれらの地方芸術祭とは自ずと異なってくることは考慮しなければならない。本来であればヴェネチアビエンナーレやミュンスター彫刻プロジェクトなど、海外の大きな芸術祭に行かなければ見られないような、世界の第一線で活躍している作家達の作品が並ぶ美術展を、東京ではなく地方都市である岡山で開くというのは、とても意義のある試みと言える。しかも、その展覧会を取りまとめるのは第一線のアーティストだ。

地方美術館の多くが天下り先と化し、観光産業としての役割が芸術祭に強く求められる日本の現状で、目先の来場者数などに囚われない専門家の監修によって開かれる、質の高い展覧会が地方で開かれるというのが、どれほど得難い機会か。素人のために観光産業化したアートは分かりやすく、頭を使わずに楽しめて、見る側も企画する側も楽かもしれないが、そこにそれ以上の発展性はなく、消費され、飽きられるのも早い。

現代美術は難しい。しかしそこが面白さでもある。良い作品を知るには、良い作品を沢山見て自分の内に蓄積していく必要がある。そして面白いことに、理解が追いつかないまま見ていても、良い作品を数多く見て少し目が肥えてくると、上手く説明できずとも、これは良い作品、これはそうでもないというのがなんとなく分かってくる。やがてSNS映えや分かりやすいキャッチーさだけの、中身のない作品では満足できなくなってくる。そうすると今度はちゃんと調べて作品を見てみようという気が起きてきて、「分かりやすいだけの作品」にはない面白さや奥深さに目覚めていく。自分で調べて、作品に対して抱いた自分なりの解釈を他の人ととも話すようになってくると、また新たな解釈を発見して世界が広がっていく。調べる楽しさ、学ぶ楽しさ、議論する楽しさを知る。その姿勢は芸術に対してだけではなく、日常社会の中で対面する様々な物事にも適用され、思考や感性に柔軟性や広がりが生まれてくる。それはただ消費され、使い捨てられていくコンテンツにはないものだ。そういう豊かさにつながるものが芸術が持つ効能の一つにある。

「岡山芸術交流」は、アーティストを地方の代弁者や開拓者として迎える地方芸術祭とは違い、容易に理解できない他者や異物として、アーティストやその作品を街中に配し、向き合わせることで、そこに住む人々の意識や在り方そのものに変化を起こそうと企てているように見える。リアム・ギリックによる第一回 岡山芸術交流2016 「Development」、 そしてピエール・ユイグによる第二回 岡山芸術交流2019 「IF THE SNAKE もし蛇が」、この二つの展覧会によって人々は親しみのない異文化である現代美術と”対面”し、”接触”をした。だがまだ「交流」にまでは十分至っていないのが現状だろう。しかし、これらの展覧会を通して作品に触れた人の内には、意識的もしくは無意識的に作品がストックされていく。力のある作品、良い作品を見るということはそういうことだ。

未知なるもの・異なるものに対面したとき、最初は居心地の悪さや不安や恐怖を感じる。そして次に拒絶や怒りなどの防衛反応が現れる。だが次第にその異物に慣れてくると、今度は興味が出てくる。そこから交流は始まる。「岡山芸術交流」はまだ発足したばかりなので、運営側の未熟な点も多々指摘できるだろう。だが、もし「岡山芸術交流」が今後も数年に一度のペースで回を重ね、人々の批判が興味へと移り変わり、歩み寄り、本当の意味での「交流」が始まったとき、経済効果上の数字だけでは表せない「岡山芸術交流」による効果が、人々の在り方を通して見え始めるのではないだろうか。

アートディレクター: ピエール・ユイグ(Pierre Huyghe)

1962 年パリ生まれ、ニューヨークを拠点に制作活動。ユイグの作品は生存形態や、無生物、科学技術によって特徴づけられた複雑なシステムとしてしばしばその姿をあらわす。 ユイグの構築した有機的組織体は、生物学的要素と科学技術的要素、そして架空の要素を結合させるだけではなく、仮想現実没入型の、常に変化し続ける環境を作り出す。その環境のなかで、ヒトや動物、非存在もまた学習し、進化し、成長する。2001 年に参加した第49回ヴェネツィア・ビエンナーレにて審査員賞受賞、2002 年ヒューゴ・ボス賞受賞。2017年ナッシャー彫刻賞を受賞。近年の主な展覧会は、2018年「UUmwelt」サーペンタイン・ギャラリー、2017年ミュンスター彫刻プロジェクトにおける「After ALife Ahead」、2015年のメトロポリタン美術館のルーフガーデン・コミッション、2014年「A Season Dedicated to Pierre Huyghe」アーティスツ・インスティチュート。2013年から2014年には、ポンピドゥ・センター、ルートヴィヒ美術館、LACMAを巡回。2016年「Tino Sehgal」パレ・ド・トーキョー、2015年「Saltwater: A Theory of Thought Forms」、第14回イスタンブール・ビエンナーレ、2012年ドクメンタ13など多数。