Sorry, this entry is only available in Japanese. For the sake of viewer convenience, the content is shown below in the alternative language. You may click the link to switch the active language.

独学の芸術家たちが描いた自己形成の物語

「大人になる日が来るのが嫌だった。ずっと子どものままでいたかった。」
Henry Dargerは自伝『The History of My Life』のなかで、そう語っている。

アメリカン・フォーク・アート・ミュージアムで開催された「Self-Made: A Century of Inventing Artists」では、この自伝とともにDargerの絵が展示されている。ヴィヴィアン・ガールズをはじめとする少女や子どもたちが大人たちの世界と戦う、彼が作り上げた巨大な物語だ。本展はDargerを含む、20世紀初頭から現代までの60名の「独学の芸術家」を取り上げ、その歴史的な意義を問い直す。アカデミックな訓練を受けていない芸術家たちを、系譜や美術史の影響、繋がりを持たないアマチュアや孤立した天才として捉えるのではなく、彼らがどのように自らを表現し、自己をかたち作ってきたのかに焦点を当てる。

adf-web-magazine-self-made-1

Exhibition view of “Self-Made: A Century of Inventing Artists” at American Folk Art Museum, New York

adf-web-magazine-self-made-2

Henry Darger (1892–1973, Chicago, Illinois), 1960s, Page from untitled scrapbook,Watercolor, pencil, carbon tracing on pieced paper (double-sided)

彼らは美術の制度的な枠組みの外側で活動してきたが、何もないところから制作していたわけではない。専門的な知識や職業の経験、地域社会の伝統、宗教、日常生活など、それぞれが生きてきた場所から学び、独自の方法で作品を生みだしている。日記や個人的な記録のように、作品は「私が選んだこの方法で、私を見て」と語りかけている。ここで問われているのは、作品に意味を与える鑑賞者の視点だけではなく、作家自身がどのように自分を表現し、どのような世界を作り上げたのかという主体性だ。

こうした視点の背景には、アメリカン・フォーク・アート・ミュージアムが2023年に開始した「Rethinking Biography」がある。20世紀および21世紀のコレクションの従来の分類や文脈を見直す取り組みから本展は生まれた。作品を、作家について第三者が語るための資料としてではなく、作家自身が残した記録として捉え、その声や視点を解釈の中心に置く試みだ。

adf-web-magazine-self-made-3

Exhibition view of “Self-Made: A Century of Inventing Artists” at American Folk Art Museum, New York

Dargerの作品の前には、彼の自伝「The History of My Life」が置かれ、そこには彼の幼少期の記憶が率直に綴られている。かつてDargerは幼い子どもを嫌い、ある少女の目に灰を投げ入れてしまったことがあった。父親からは「もし彼女が死んでいたらどうする」と問われたという。しかし成長すると、かつて嫌っていた赤ん坊や小さな子どもが、「世界の何よりも」大切な存在になったと、彼自身の変化を記している。ここにあるのは完成された自己像ではない。矛盾や恥ずべき記憶、時間とともに変化した感情まで含め、自分の過去を自ら書き留める行為だ。Dargerは絵や物語だけでなく、自分の記憶を選び取り、それを言葉にすることで、自分自身についての物語を語っている。

adf-web-magazine-self-made-4

Henry Darger (1892–1973, Chicago, Illinois), 1960s, The History of My Life, Volume 1, 196-1973, Ink, glue, twine, found material on paper and cardboard, inside plastic-and-metal binder (pages 1-1, 183, bound)

adf-web-magazine-self-made-6

Lee Godie (1908, Chicago, Illinois-1994, Plato Center, Illinois) Untitled (’Lee in a large hate?) 1970s, Ballpoint pen on photograph

一方、Godieは自分の写真を絵画に貼り付けたり、作品を購入した人に渡したりすることで、アーティストとしての自分を繰り返し提示した。写真では絵の具やキャンバスを手にし、ポーズや服装、髪型まで意識的に演出している。ここで写真は、彼女を記録するものではなく、「アーティストとしての自分」を演出し、作り変えるための手段となる。自画像とは単に自分の姿を描くことではなく、自分がどう見られ、どのような存在として認識されるのかを自ら決めることでもある。

adf-web-magazine-self-made-7

Patrick J. Sullivan (1984, Braddock, Pennsylvania-1967, Wheeling, West Virginia) Art Historic, Event, 1937, Oil on canvas

Patrick J. Sullivanの「An Historic Event」では、歴史上の人物を通した自己像が現れている。描かれるのは、英国王エドワード8世と妻ウォリス・シンプソンをめぐる出来事だ。エドワードは王族でなく離婚歴のあるシンプソンと結婚するため王位を退く必要があった。失望したキューピットに導かれるよう英国王冠を冠ったライオンが画面の外へ去っていく。愛と義務のあいだで選択を迫られる王の姿は、Sullivan自身の葛藤と重ねられている。Sullivanもまた、画家として注目を集める一方、制作を続けることと家族を養うことのあいだで揺れていた。歴史上の人物の選択を借りて、自らの人生の選択を語るこの作品は、歴史画であると同時に、一種の自画像でもある。

adf-web-magazine-self-made-8

Aloïse Corbaz (1886–1964, Switzerland), Untitled (‘Fleurir [Bloom] ,Colored pencil, graphite, sewn paper cutouts on wrapping paper

Corbazの作品には、女性と男性の関係をめぐる官能的な物語が繰り返し現れる。約50年にわたり精神科病院で暮らしたCorbazは、憧れたオペラや劇場の世界に自らを重ね、ヒロインや兵士、画家、キューピッドなど、さまざまな役割へと自分を投影した。展示作品では、花々を背景に抱き合う男女に、色鉛筆や鉛筆、包装紙、広告の切り抜きなどが重ねられている。既存のイメージや言葉を自分の物語へと組み替え、自らをそこに投影しながら、新たな世界を作り上げている。

adf-web-magazine-self-made-9

Madge Gill (1882-1961, London, England) Untitled, 1922-1925, Ink on calico

Gillの迷路のような線や螺旋、階段のあいだからは、彼女自身に似た顔を持つ女性像が浮かび上がる。それらは分身や先祖、あるいは霊的な導き手とも解釈できるものだ。Gillはスピリチュアリズムを実践し、「Myrninerest」と呼ぶ霊が自分の手を導いていると語っていた。自分自身に似た人物を反復して描きながら、それを「自分ではない何か」としても捉える。その曖昧さのなかで、Gillは自らの内側にある世界を独自の視覚言語へと変えていく。そこでは、既存の表現に従うのではなく、自分のなかで成立するルールを見つけ、それを繰り返し発展させていくことが重要になっている。

adf-web-magazine-self-made-10

Exhibition view of “Self-Made: A Century of Inventing Artists” at American Folk Art Museum, New York

adf-web-magazine-self-made-11

Clementine Hunter (1887-1988), Natchitoches, Paris, Louisiana) The Apple Paring, c.1945, Oil on paper

Clementine Hunterの「The Apple Paring」に見られるのは、もっと日常に近い「自己形成」だ。特別な神話や架空の世界ではなく、身近な生活の一場面を描くこと。それ自体が、自分が見てきた世界を自分の視点から記録し、残す行為になる。

adf-web-magazine-self-made-12

Augustin Lesage, (1876-1954, France), Composition Symbolique, 1928, Oil and graphite on canvas

一方、Augustin Lesageの「Composition Symbolique」は、すこし複雑だ。炭鉱夫だったLesageは、キャンバスに縦横の線を引き、右上から画面を少しずつ下へ進みながら描いた。スピリチュアリズムとも結びつき、初期にはレオナルド・ダ・ヴィンチの霊を媒介して描いていると語り、「私は命令を実行するだけの手だ」と語っていた。しかし、左右対称の建築的な形態や装飾的なパターンには、炭鉱夫として経験した地下空間の記憶や、宗教、神話、異なる文化圏のイメージが混ざり合う。自らを単なる「手」と捉えていたとしても、その手が生み出した形には、生きてきた経験が刻まれている。何かに導かれていると信じながら、それを自分だけの形式へ変えていくこともまた、一つの自己形成なのだろう。

adf-web-magazine-self-made-5

Exhibition view of “Self-Made: A Century of Inventing Artists” at American Folk Art Museum, New York

独学という言葉は、ときに誰からも何も学ばず、我流で孤立しながら制作している人といったイメージを作ってしまいがちだ。しかし本展が見せるのは、作家自身が何を選び、どのような形式へと変え、自分自身をどのような存在として提示したのかというその複雑な過程そのものだ。作品を作ることと、自分自身を作ること。その二つは、作家たちにとって切り離すことはできない。Dargerが自分の記憶から巨大な世界を作り、Godieが写真のなかで自らの姿を演じ、Sullivanが歴史上の人物を通して自分自身の葛藤を語ったように、ここで示されるのは、自分が何者であるかを作り続ける営みそのものなのなのかもしれない。