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「美術とはなにか?」という根本的な問いに様々な角度からアプローチしてきた美術家

NADiff a / p / a / r / tは、梅津庸一の個展「プレス機の前で会いましょう 版画物語 作家と工人のランデヴー」を2023年5月19日(金)から6月11日(日)まで開催する。会期中2回にわたりトークイベントを実施、版画と芸術について語る。梅津庸一は「美術とはなにか?」という根本的な問いに様々な角度からアプローチしてきた美術家。日本の近代美術絵画の生起する地点に関心を抱いたことがきっかけとなり、その問題意識のもと受験絵画などの日本の美術教育や制度に切り込んだ視点で制作や活動を行っている。adf-web-magazine-exhibition-by-umetsu-yoichi

細密なドローイングや映像作品など絵画にとどまらない領域でも作品を展開し、2014年には美術共同体 / 私塾「パープルーム」を創設、2021年からは信楽の製陶所で作陶を始め、「美術」「つくること」にひたむきに向き合い続けている。本展では今年4月に銀座 蔦屋書店で開催された個展「遅すぎた青春、版画物語(転写、自己模倣、変奏曲)」に続き、版画作品を中心に発表。前回展では多様な版画技法を梅津ならではの方法論で練り上げ、圧巻の作品点数で構成されたが、本展では短期間のうちにさらに追求された新作の版画によって「ライフスタイル」に及ぼす影響を考える。また版画制作の要でもある工房の職人の仕事と、版画と向き合い出会った版画家たちの現在を紹介する「みんなの版画掲示板」も同時開催する。

アーティストステートメント

見晴らしの良いベランダで洗濯物を干しながら「ここでの生活にもだいぶ慣れたな」とふと思った。ここは町田市の高ヶ坂にある「版画工房カワラボ!」である。年代も属性も異なる人々が版画を介してプレス機の前に集い時間と場をゆるやかに共有する。民間の工房でありながら公民館のような公共性を持っているのだ。現代アートにおいて「ソーシャリー・エンゲイジド」と謳うようなことが「カワラボ!」ではごく自然に行われているのだ。
僕がいまだにここに滞在し続けている理由は銀座 蔦屋書店での展覧会の会期中にナディッフから依頼があり本展の開催が急遽決まったためである。前回は1ヶ月のあいだに250点ものユニークプリントを生み出した。しかし最近、僕の中に版画家の自我らしきものが芽生えつつある。複数の技法が画面上で同時進行、もしくはそれらの中間地点に妙なこだわりを持ち始めたのである。

かつて版画家の中林忠良はこんな言葉を残している。
「現代では、版画もより個性的な絵画であろうとするために、その技法は作家固有の言語に改変されることが多く、その改変が独自の、また多様なイメージを支えているといえよう。」
(中林忠良『もう1つの彩月 -絵とことば-』、《転位’87-地-Ⅰ》に寄せたテキスト「絵の周辺」1988年1月、玲風書房、2012年、p68)

なるほど。僕も中林と同じようなルートに入りつつあるのかもしれない。中林の師で日本における銅版画のパイオニアと評される駒井哲郎なども美術史的に見ればパウル・クレーなどのエピゴーネンに過ぎないと一蹴することもできるだろう。けれどもその一方で駒井の仕事にはたしかに興味深い成果も散見される。版画自体の作品分析と同時に版画界を形作ってきた教育制度なども一緒に再考していく必要があるだろう。

版画工房では日常的に市場経済との距離感や産業と美術における技術の差異が具体的に見えるかたちで展開されている。そしてそもそも作家と工人(職人)は簡単に定義できるのだろうか。それぞれの中に内なる作家、内なる工人が存在しているはずだ。版画作品は「規範や伝統からの逸脱」と「地道な修練の積み重ね」の往復を経てはじめて結実するからだ。作品は便宜上、作家に帰属しているに過ぎないのではないか。しかし僕が工房と同化しようと試みたとしても、やはりそれは難しいのかもしれない。今はその抵抗と作家という役割を演じることに作家である自分を逆説的に見ている。作家という主体の限界や欺瞞、情けなさを見つめ直し、勘違いや間違いをも刷り重ねていく。それこそが僕にとっての「版画家」の仕事なのだろう。

なお、本展と同時開催の企画として「みんなの版画掲示板」がナディッフの店舗スペースにて展開される。今泉奏、花澤武夫、重野克明、辻元子、尾関立子、小指、わだときわ、冨谷悦子らの作家の版画を紹介する。美術の世界において版画は周縁のものとみなされがちだが、今一度版画の持つ芸術と産業のポテンシャルを見つめ直し、刷り直す展覧会になる予定だ。物語はひとりでは紡げないのだから。
版画を始めて2ヶ月に満たない僕が言うのもなんだが「プレス機の前で会いましょう」

梅津庸一

梅津庸一(うめつ よういち)

美術家。1982年山形県生まれ。神奈川相模原市と滋賀県甲賀市信楽町に在住。「美術とはなにか」「つくるとはなにか」という問いを美学的、制度的の両面から考察している。主な展覧会に、個展:「未遂の花粉」(愛知県美術館、2017年)、「 梅津庸一展|ポリネーター」(ワタリウム美術館、2021年)、2人展:「6つの壺とボトルメールが浮かぶ部屋 梅津庸一 + 浜名一憲」(⾋居アネックス、2021年)、グループ展:「森美術館開館20周年記念展 ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会」(森美術館、2023年)、「恋せよ⼄女!パープルーム大学と梅津庸一の構想画」(ワタリウム美術館、 2017年)、「百年の編み手たち―流動する日本の近現代美術―」(東京都現代美術館、2019年)、「平成美術:うたかたと⽡礫(デブリ)1989-2019」(京都市京セラ美術館、2021年)など。作品集に『梅津庸一作品集「ポリネーター」』(美術出版社、2023年)、『ラムから マトン』(アートダイバー、2015年)。『美術手帖』2020年12月号特集「絵画の見かた」監修。

「プレス機の前で会いましょう 版画物語 作家と工人のランデヴー」開催概要

期間2023年5月19日(金)から6月11日(日)まで
時間13:00 ~ 19:00
会場NADiff a / p / a / r / t 1階、地下1階 NADiff Gallery
入場無料