真鍋大度と石橋素によるRhizomatiksが理解の外側で生成される知識と人間に残る知性を問う
Rhizomatiksによる個展「After Understanding」が、KOTARO NUKAGA(天王洲)で2026年9月12日から10月17日まで開催される。2006年に設立され、真鍋大度と石橋素が主宰するRhizomatiksは、音、映像、空間、システムを横断しながら、人間と非人間、現実と生成、制御と偶然のあいだに生まれる知覚や経験を探究してきた。本展では、回転するステンレスの円盤にダイヤモンドの針で一筆書きの線を刻み続ける極座標型プロッターを中心に、理解より先に生成され進み続ける知識と、人間に残される知性のあり方を問い直す。
理解より先に進む知識
知識はこれまで、人間に理解され、説明され、共有されることで成立してきた。しかし本展では、その前提そのものが揺らぐ状況に焦点を当てる。展示されるプロッターは、回転するステンレスの円盤に線を刻み続ける。刻まれた溝は消すことも描き直すこともできず、機械が進んだ時間と運動の痕跡として金属表面に残る。会期中もプロッターは稼働し続けるため、円盤の状態は時間とともに変化していく。機械は自らが刻んだ溝を読み取り、これから進む場所がどれほど刻まれているかを予測する。実際の状態との誤差が生まれた場合にのみ線を曲げ、誤差がなければ直進する。目標や報酬、良し悪しの基準、乱数は設定されておらず、線を変化させるのは予測の誤差だけである。金属に刻まれた線は、機械の意図を表すものではなく、予測が外れた場所を記録する痕跡となる。
人間に残る知性とは何か
本作では、規則そのものを知ることはできても、完成した円盤からその生成過程を完全に読み戻すことはできない。真鍋大度は本作に至る実験で、線の複雑さと機械が作品ごとにつけた点数との相関を検証した。その結果、両者の相関はほぼゼロだったという。また、見た目が完全に同じ2枚の円盤に対しても、機械は異なる点数を与えた。違いは線が刻まれた時間にあるが、その差は金属表面には現れない。人間が複雑だと感じることと、機械内部で評価されていることが一致しない。本展は、読み解こうとしても完全には読み解けない状況を提示し、「理解すること」が知識の成立条件ではなくなったとき、人間に残る知性とは何かを問いかける。
AIから身体を持つ機械へ
RhizomatiksがKOTARO NUKAGAで個展を開催するのは、2024年の「Rhizomatiks Beyond Perception」以来2年ぶりとなる。前回展では「AIと生成芸術」をテーマに、Rhizomatiks自身が制作した映像から切り出した約17万枚の画像のみを学習データとして《Beyond Perception Model》を開発した。既存の基盤モデルに依存せず、自らの表現を学習するモデルそのものを作品として提示した。その発展形となる《recursive》では、モデルが生成した画像を大型LEDに表示し、カメラで撮影した映像を再び学習へ戻すことで、来場者や周囲の環境も含む再帰的な生成プロセスを展示空間へ開いた。「After Understanding」では、こうした画面内のAIからさらに踏み込み、実際に金属を削る身体を持つ機械へと展開する。プロッターは外部情報を取り込まず、自らが刻んだ傷だけを読みながら動き続ける。理解される前に生成され、次の出来事を動かしていくもの。それを人間が後から理解しようとするとき、どのような意味を与え、何を信じ、どの結果に責任を持つのか。本展は、その時間差そのものを一つの運動として提示する。
Rhizomatiks
2006年設立。東京を拠点に活動するクリエイティブ・プラクティス。アーティスト、クリエイティブディレクター、作曲家として活動する真鍋大度と、エンジニアの石橋素が主宰する。音、映像、空間、システムを横断し、人間と非人間、現実と生成、制御と偶然のあいだに生まれる知覚や経験を探究。アートやインスタレーションの制作、新たな表現技法やメディアの研究開発、社会、文化、テクノロジーを横断するプロジェクトを展開している。これまで東京都現代美術館、金沢21世紀美術館、NTTインターコミュニケーション・センター、余杭美術館などで展覧会を開催。作品は金沢21世紀美術館に収蔵されている。
Rhizomatiks個展「After Understanding」開催概要
| 会期 | 2026年9月12日から10月17日まで |
| 時間 | 11:30〜18:00 |
| 会場 | KOTARO NUKAGA(天王洲) |
| URL | https://rhizomatiks.com/ |

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