個人の記憶と歴史の重みが交差する場所
ニューヨークのグッゲンハイム美術館で2018年に個展「Take My Breath Away」を開催したDanh Voが、約8年ぶりにニューヨークへ戻ってきた。2018年では、グッゲンハイムの巨大な螺旋状の建築を舞台に、移民、植民地主義、資本主義、そしてアメリカの政治的・文化的影響を、家族の所有物や歴史的オブジェクトを通して表現した。それから8年を経た今回の展覧会では、より小さく、身体的で、私的な領域へと視線が移っているようにも見える。もちろん、植民地主義や戦争の記憶が消えたわけではない。むしろそれらは、彫刻や古美術、植物、陶磁器、木材、ガラス、骨、キノコなど、一見すると互いに関係のないように思える物たちが静かに共存する空間のなかで、その内部や表面、そして父親の筆跡といった物質の中へと沈み込んでいる。
Voは1975年、ベトナムのバリアに生まれた。4歳のときに家族とともにベトナムを離れ、アメリカを目指して父親の手作りのボートで海へ出たが、途中でデンマークの貨物船に救助され、その後家族はデンマークに定住した。政治的庇護を得てデンマーク国籍を取得したVoは、ロイヤル・デンマーク芸術アカデミーで学び、その後ドイツのフランクフルトにあるシュテーデルシューレで学んでいる。こうした難民としての移動と、その後のヨーロッパ社会への同化は、彼の制作を考える上で重要な背景だ。彼自身の人生もまた、ベトナム戦争、植民地主義、キリスト教、ヨーロッパ文化、アメリカン・ドリームや資本主義といった複数の歴史が交差する場所にある。

πνεῦμα (Eλισσα)2025, German 18th-century rare wrought-iron knee-high torture shackle and Roman marble portrait of a young man from the second half of the 1st century CE
今回展示されている古代ローマ時代の二つの大理石の断片を組み合わせた「Shove it up your ass, you faggot!」は、タイトルだけを見ても強烈な作品である。ウィリアム・フリードキン監督の1973年の映画『エクソシスト』の中で、悪魔に取り憑かれた少女リーガンが司祭に向かって放つセリフから取られたものだ。White cubeによると、「憑依」は本展全体を貫くテーマであり、そしてこれらのローマ時代の彫像は、異教の神々を排除しようとしたキリスト教徒によって、少年像の陰茎や若者像の鼻を切り落とされた可能性があるという。そこには、宗教による異なる価値観の排除と、身体そのものに刻まれた暴力の痕跡が残されている。ベトナムにおける植民地主義の先兵となったのはカトリック教会であり、デンマークでクィアな子供として育ったヴォー自身のあり方もまた、その影響下で形成された。

Shove it up your ass, you faggot!2025, 1st – 2nd-century CE Roman marble head of a youth, 1st-century CE Roman marble lower torso of a youth, and bronze
物は移動し、そのたびに新しい意味を獲得する。宗教的な彫像は異教からキリスト教へ、そして美術市場へと移動する。ベトナムの陶磁器は海底から引き揚げられ、再び展示空間へと現れる。物は保存されるだけではなく、所有者、場所、制度、時間を横断しながら、その意味を変えていく。
興味深いのは、展示には海底から引き揚げられたベトナムの陶磁器と、Voの父Phung Voのカリグラフィーが使用され、それらがVoの友人のアメリカのCraig McNamara農場の木材のブラックウォルナットと組み合わされているところだ。その木材を提供したCraig McNamaraは、ベトナム戦争の主要な立案者の一人だったRobert McNamaraの息子だという。個人的な家族史とベトナム戦争の歴史、アメリカとベトナム、過去と現在が、一本の木材と一つの器を媒介にして接続されている。

Untitled2026, Bronze cast of late 15th-century limewood relief from the Workshop of Tilman Riemenschneider, South Germany, bronze cast of 1st–2nd-century CE Roman fragment of Apollo of Asklepius, mushrooms and birc
White Cubeは、これらの要素を「理解するための鍵」ではなく、経験への「入口」と表現している。この言葉は、この展示の性格をよく表しているように思う。どの文化にも永遠は存在せず、移動と移ろいを経て新たな意味を獲得していく。Voの作品は、そういった複数の時間と場所が重なる場所であり、それらが解消されないまま不安定な過程として存在しているようであった。

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