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15万点超のコレクションを公開し、デジタル時代の鑑賞体験を建築化した新たなミュージアム

Depotの概要

ロッテルダムのDepotを訪ねて

今年1月下旬、オランダ・ロッテルダムに位置する「Art Depot Museum Boijmans Van Beuningen(通称Depot)」を訪れた。同市を拠点に世界的な作品を手がける建築家集団・MVRDVが設計を担当した建築である。

お椀のようなボウル型のボリュームを持ち、ファサードは全面が鏡面のガラスで覆われている。周囲の公園の緑やロッテルダムの空を反射・増幅して映し出す一方で、そのガラスの一部はマジックミラーになっており、窓として内部から景色を望むことが出来る。マッシブな建築ボリュームを公園にカモフラージュする、独特な存在感のある建築だった。

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Depot外観(筆者撮影)

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鏡面ファサードは自撮りスポットになっている(筆者撮影)

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開口部

公開収蔵庫型ミュージアムという形式

Depotの最大の特徴は、これが単なる美術館ではなく「公開収蔵庫(Open Storage)」という形式を採用している点にある。通常、従来の美術館において一般に公開されるのは全収蔵品のわずか数パーセントに過ぎず、残りの膨大な作品はバックヤードの収蔵庫に厳重に保管されている。これに対しDepotでは、約15万点超に及ぶ全収蔵品を一般の来館者に公開するシステムをとっている[1]。

この「公開収蔵庫」という展示手法には、美術史的な背景が存在する。かつて19世紀後半から20世紀にかけて成立した現代的なミュージアムは、見せるための「展示室」と保管するための「収蔵庫」を厳格に分離することで成り立っていた。しかし20世紀末以降、展示しきれない収蔵品を積極的に公開するため、収蔵空間そのものを展示空間へと転換する試みが世界各地で模索されるようになってきた[2]。Depotをはじめとして、2025年開館のV&Aイーストハウス・ストアハウスや、2028年開館予定のSeoripul Open Art Storage(Herzog & de Meuron設計)がある[3]。

平面計画の分析:中央吹き抜けと縦動線

Depotの平面図[fig.4]を見ると、その空間構成には同事務所が過去に手がけた原宿の複合施設《GYRE》(2007年)との計画上の類似性が読み取れる。

全体のボリュームの操作手法そのものは大きく異なるものの(GYREが層をねじるように積層させるのに対し、Depotは垂直に拡がるボウル型)、中心部に巨大な吹き抜けと縦動線を集約させ、その周囲にメインプログラムとなる各室を配置する構成や、最上階に都市を臨むテラス/レストランを冠する基本的なダイアグラムはきわめて類似している。しかしDepotの空間内部の意匠においては、コンクリ-トや金属といったより即物的な素材感を採用することで倉庫である事を意識しつつ、強化ガラスによる高い透明度を持たせ、オープンさを両立した空間になっている。

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※1 Depot平面図

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※2 GYRE 平面図

建築空間・展示的手法の多様さ

実際に館内を歩くと、展示手法の巧みさ、多様さに驚かされる。まず印象的なのは、吹き抜け空間に設置されたショーケースの存在である。階段やエレベーターで垂直移動する来館者の視線に対し、多様な絵画や立体作品が浮遊するように展示される。また、通路の床面の一部には足元がガラス張りになった展示スペースが設けられており、直下にある収蔵・作業空間や作品を上から覗き込むようなスリリングな鑑賞体験ができる。

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Depot内観(筆者撮影)

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足元のスケルトン展示 (筆者撮影)

さらに、通常は立ち入ることのできない修復作業や梱包作業を行うスペースまでもが透明なガラス越しに公開されており、公開収蔵庫であるという事が徹底されたプログラム構成である。また殆どの展示物はQRコードをスキャンすることによって、その詳細にアクセスすることができるようになっている。

「YouTube的」鑑賞空間

没文脈とノンキュレーション

Depotの展示室に足を踏み入れると、従来の美術館とは決定的に異なる分類体系であることに気付く。そこには「印象派」や「現代美術」といった、時代や芸術運動、作家に基づいた伝統的なキュレーションは存在しない。

Depotの全収蔵品(約15万点超)は、作品の文脈ではなく、素材ごとに要求される保管条件に基づいた5つの「気候ゾーン(Climate Zones)」によって分類・格納されている[1]。その中でさらに微妙に異なる湿温環境の14区画に分け、「絵画」「金属」「有機物」「無機物」「モノクロ・カラー写真」専用の区画がある。ロジスティクス的要件のみによって構築された空間である。

西洋におけるミュージアム(美術館、博物館)の発展は、常に「文脈化」と「分類学」と密接な関係がある。美術においては、作品を歴史的線形の中に位置付け、どの時代・どの主義に属するかという理論的な体系(文脈)を与えられる。博物学においては、化石や標本などの収集物を形質によって、目科属種の分類群に仕分けされ、保管・展示される。近代的なミュージアムは、「文脈化」と「分類学」に基づくキュレーションによって機能してきたのである。

しかしDepotの空間は、そうした美術史的文脈を解体し、時代も国籍も思想も異なる作品群が、ただ「保管条件が同じである」という物理的理由のみによって隣り合わせに並べられる。没文脈的で、ノンキュレーションな展示空間である。

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様々な年代の絵画が同じショーケースに展示される(筆者撮影)

ミュージアム史の円環:現代の「驚異の部屋」へ

ミュージアムの成立史をさかのぼると、16〜17世紀のヨーロッパにおいて王侯貴族や学者が世界中からあらゆる珍品・奇品を集めて陳列した「驚異の部屋(ヴンダーカンマー / Wunderkammer)」に行き着く[fig.9]。その後、市民革命後の王宮コレクションの一般開示を経て、20世紀には現代アートの登場と同期するように、作品を漂泊された純粋空間で見せる「ホワイトキューブ」が成立し、近現代の美術館の標準となった。[4]

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※3 驚異の部屋

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※4 Exposition au Salon de 1787

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※5 Installation view of the exhibition "Cubism and Abstract Art."

Depotの提示する空間は、一見するとホワイトキューブの極致のようでありながら、その実、あらゆるジャンルと時代が混淆したという点で「驚異の部屋」への回帰とも捉えられる。もちろん、個人的なコレクションであったかつての「驚異の部屋」に対し、Depotは高度な都市的公共性やビジネス(保管ビジネスや観光インフラ)の上に成り立っているという根本的な違いはある。しかし分類体系から解放された物体群が、キュレーションを経ずに空間に充満する様は、近代的な美術館制度が成立する以前の、「物のカオス」が持つ初期衝動を彷彿とさせる。

「YouTube的」という現代性

このDepotの没文脈的、ノンキュレーション的な空間は、私たちが日常的に触れている現代のデジタルメディアの鑑賞空間と並行関係にあると私は考える。これをここでは「YouTube的」鑑賞空間とする。

手持ちのスマートフォンでYouTubeをスクロールすると、整列した無数のサムネイルが表示される。その中にはミュージックビデオや、スポーツのハイライト、芸人やYoutuberのチャンネル、一般人の個人Vlog、ビジネスチャンネル、テレビ番組の違法アップロードや、さらには皇室の公式チャンネルまでもが等しいサイズの「サムネイル」として画面上にフラットに並ぶ。長大な歴史的、文化的文脈やファンダムの存在は各々のサムネイルの背後に隠され、クリック操作によってアクセスすることができる。

YouTubeのタイムライン上では、芸術文脈・社会階級的な意味でのHighもLowがゴチャ混ぜになり、アルゴリズムや検索条件によって文脈が解体される。鑑賞者は提示されたサムネイル群を「スクロール」するように次々と消費していく。

Depotの吹き抜け空間やガラス越しに提示される15万点の作品群もまた、まさにこのサムネイル群が並ぶ「YouTube的」鑑賞体験に近い。来館者は、文脈に基づくキュレーションに沿って歩くのではなく、高密度に浮遊する作品群をスクロールするように視線で追い、横断していく。琴線に触れたもののみ、QRコードをスキャンすることでその背景を知る事ができる。

「YouTube的」という観点において、Depotはまさに私たちが生きるデジタル時代の鑑賞習慣をそのまま建築化・空間化したものと言え、現代性を反映したポスト・ホワイトキューブの展示空間の一つの方向性であると考える。

出典

[1]Museum Boijmans Van Beuningen「About Depot Boijmans Van Beuningen」『Museum Boijmans Van Beuningen』(https://www.boijmans.nl/en/depot/about-depot 、2026年9月7日閲覧)

[2]ケリー・プレスッティ「美術館の『見せる収蔵庫』をめぐる論争──新刊が突きつける保存と公開のジレンマ」(清水玲奈 訳)『ARTnews JAPAN』2026年7月2日(https://artnewsjapan.com/article/78684 、2026年9月5日閲覧)

[3]Herzog & de Meuron「619 Seoripul Open Art Storage」『Herzog & de Meuron』(https://www.herzogdemeuron.com/projects/619-seoripul-open-art-storage/ 、2026年9月7日閲覧)

[4]暮沢剛巳『ミュージアムの教科書 深化する博物館と美術館』青弓社

※1:MVRDV, Ossip van Duivenbode「Depot Boijmans Van Beuningen」『Divisare』(https://divisare.com/projects/449835-mvrdv-ossip-van-duivenbode-depot-boijmans-van-beuningen 、2026年9月7日閲覧)。

※2:「2007 – Gyre – MVRDV」『architecture tokyo』2017年7月3日(https://architecture-tokyo.com/2017/07/03/2007-gyre-mvrdv/plans-3/ 、2026年9月7日閲覧)。

※3:「驚異の部屋」『Wikipedia』(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A9%9A%E7%95%B0%E3%81%AE%E9%83%A8%E5%B1%8B# 、2026年9月7日閲覧)。

※4:Pietro Antonio Martini「ファイル:Salon du Louvre 1787.jpg」『Wikipedia』(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Salon_du_Louvre_1787.jpg 、2026年9月7日閲覧)。

※5:「Installation view of the exhibition "Cubism and Abstract Art."」『MoMA』(https://www.moma.org/calendar/exhibitions/2748/installation_images/12474 、2026年9月7日閲覧)。