東京の設計事務所で働いていた頃、所長によく言われていた言葉がある。「たくさんある建築を見に行くこと。有名な絵画は向こうから来る可能性がある。でも建築はそうはいかない」。建築は、読んで字のごとく不動産である。向こうから来てはくれない。自分から出会いに行かなくてはならないのだ。そして、空間芸術でもある建築は、写真で見ただけではわからない。実際に、その足で行って体感するものなのである。
僕はロンドンに2年住み、現在ベルリンに2年住んでいる。語学学校に通いながら仕事をし、1ヶ月に1都市を目標に建築旅行をしている。時には友人と、時には独りで。その建築旅行では、数万枚の写真を撮った。ここでは、それらの中から、共通点・接点をテーマに、建築やデザイン・アートを随時紹介していこうと思う。第一回は、住み慣れたこの2つの首都にある、1人の建築家の良く似た作品を紹介する。
ノーマン・フォスター(Norman Foster)
1935年、イギリス、マンチェスター生まれの建築家。ハイテク技術を駆使した洗練されたデザインと環境配慮で、世界的な賞賛を浴びている。1999年には、建築界のノーベル賞とされるプリツカー賞を受賞している。
ロンドン シティ・ホール(London City Hall) 2002
ロンドンシティ・ホールは、ロンドンのタワーブリッジに近い、テムズ川南岸にロンドン市長・ロンドン議会から成る大ロンドン庁の本部。卵のようなユニークな形状をしている。この形状は、直射日光にさらされる表面積を最小限に抑える形状として設計され、ずれた上部階が下部階の庇ともなっている。
エントランスを抜け、エレベーターをあがると、10階にはロンドンのリビングルームと呼ばれる展示・会議スペースと展望デッキがあり、ロンドンのパノラマビューが楽しめる。屋根にはソーラーパネルが設置されている。
展望デッキを背に、歩いていくと、2階へと降りる螺旋階段が現れる。建物内部の北側には螺旋階段、南側にはオフィス空間が配置されている。この螺旋階段からはテムズ川の景色やオフィス空間を覗け、歩く度に風景が変わり、長い道のりも楽しみながら歩くことができる。
この螺旋階段下には議場があり、ここで政治討論が行われる。議場は北側に大きく開口をとり、直射日光を避けた採光をとるとともに、ロンドン市政の透明性を表現している。自然換気や地下水利用など省エネ対策も施され、高度なサステナブルデザインである。
毎年9月の中旬に『Open House London』という、ロンドン市内の優れた建築の内部を無料で一般公開しているイベントがあり、シティ・ホール内を上からも見学することができる。
ライヒスターク (ドイツ連邦議会議事堂/Reichstagsgebäude) 1999
ライヒスタークは、ベルリンのブランデンブルク門にほど近い、ドイツ連邦議会の議場が置かれている議事堂である。1894年に建築家パウル・ヴァロット(Paul Wallot)が設計し議会として機能していたが、戦災の後は廃墟のまま放置されていた。東西ドイツ統一の後、1999年にノーマン・フォスター設計のもと再建され、西ドイツのボンにあった連邦議会がこの建物に移転した。
エレベーターで屋上に上ると、目の前にガラスドームが現れる。屋上にはソーラーパネルが設置されている。
ガラスドーム中央には鏡の貼られたコーンが配置されており、二本のスロープが二重螺旋状に巡っている。コーン上部から垂れ下がる巨大日除けは自動制御により可動する。
ガラスでできたドームは見晴らしがよく、スロープを上りながらベルリンの全体を眺めることができる。このスロープはドームを支える構造体としても機能し、ガラスを支えるドームの構造を軽やかにしている。
スロープを上っていくとにテラスがあり、中央の煙突のまわりにベンチが配置され、天井は空に向かって開いている。コーン上部に位置するこの煙突は、太陽光で上昇気流を発生させるソーラーチムニーの役割を果たし、効率よく建物内の換気を行っている。
鏡の貼られたコーンの下のガラス天井からは議場が覗け、その周りにはベルリン議事堂の歴史が展示されている。ドーム下の議場にも、上のドームから自然光が降り注ぎ、明るい光で満たすよう設計されているとともに、市民に開かれた政治を象徴している。事前に予約すれば誰でも無料で入ることができる。
見て分かるように、この2つの建築は非常に良く似たデザイン解決方法を取っている。ガラスを使用した外観、螺旋状の歩道、最新テクノロジー、環境配慮、そして民主主義の透明性である。
首都であるロンドンと環境先進国であるドイツは、シティ・ホールと議事堂に最新テクノロジーで環境対策を講じ、市民にアピールしている。そして、ランドマークであるそれらは、ここを訪れる観光客への国家イメージの『広告』として機能している。
建築の在り方。 建築は造形美だけではない。そこにどのような意味が込められているのか。それを知るためには、このようにその建築家を知るとより建築を楽しむことができる。
いつもこうして、共通点・接点を探ってみると思わぬ発見があり、他の様々な事にも興味が湧いてくる。