構造家として独立するまで
大場
最初のクライアントはどんな繋がりだったんですか?
金田
パリにいたとき、やっぱりフランスの事務所にいると時間があって。風太君もあったと思うけど。放課後じゃないけど、仕事終わったら時間あるからコンペしたりとかしてたと思うけど。
大場
してましたね。時間ありましたね。
金田
同様に時間があり。独立はしてないけど時間あるんでなんかあればっていう状態で、2年間Bollinger+Grohmannにいる間に、多分3件くらい住宅と、あとは家具とか。今と自分としてはスタンスは変わってないと思うんだけど、建築家目線で提案をしてやっていくと、その2年後に独立したタイミングで、その時に知り合ってた人とか一緒にいた人から紹介してもらってって感じですね。最初はだから、このまま生きていけるのかなっていう感じはあったかな(笑)。
大場
そういう感じでした?やっぱり(笑)。
金田
でも、独立するとやっぱり違くて。どっかに属しながら片手間でやってるように見えるよりは、覚悟決めて独立したとなると、じゃあ一緒にやってみようかみたいな。同じ覚悟を持って独立した建築家なわけだから。
大場
そんなに自信ない時期もあったんですか?大丈夫かなという。
金田
自信ないというか、「え、独立って何?」みたいな。でもうちの両親も自営業で、軽量鉄骨の金物屋さんみたいなのをやっていて。僕が小2ぐらいのときにうちの両親が、突然もともと勤めていた会社から独立して。そういうのを見ていて。
大場
そうなんですか。
金田
彼らの場合は材料が必要で、工場が必要で、機械が必要で。凄い借金がまず最初からある。それに比べると、僕ら構造設計はパソコンも既にあるし、もう何も初期費用はいらない。そうなると始めた感覚もないし(笑)。
大場
取り合えずパソコンがあればいいという感じ何ですね(笑)。
金田
もう「独立しましたー」って言うだけみたいな。とりあえず、アナウンスメントみたいな、独立しました宣言みたいなのは、一応当時のSNSの規模の中ではしていたのと、メールも多少送ったかな。でも基本は紹介が重要だっていうのはわかってたので、既につながっている人に声をかけて。
大場
独立までの戦略みたいなのがあったんですか?そういう繋がりを作るような。
金田
もうわかる人にだけわかればいいやぐらいの感じで。手当たり次第というよりは、この人と設計したいなみたいな人にはメール送ったりはしてた。返事来なかったりしたけど。
大場
なるほど。むしろ自分のモチベーションが出るような人と一緒に。
金田
誰でもいいわけじゃ無いじゃない?
大場
そうですね確かに、そっちの方が良いものができる可能性も高いですしね。意匠の方も同じなんですかね。仕事の取り方というか。
金田
意匠は色々だよね、自分で施工会社作って、プロジェクトまで作っちゃう秋吉さんみたいな人もいるし。まあ色々。全員違うから一緒にやってて本当に面白い。特にうちと一緒にやってくれる人たちは本当に濃いから。でもなんか上手くいってる人はみんな素で、妥協せずにこれだ、と信じていることだけをやってる人たちばかり。
大場
なるほど、変に媚びるとかでなく。
金田
とりあえずお金のためにやってるみたいなものを持ってる人は、うまくいってない気がして。それで本当にいいんですか?という感じの。何の分野でも言えると思うけど、自分がこれだと信じてることだけをやってる人が強いよね。
大場
それは心強いアドバイスかもしれません。
構造家としてオルタナティブを提案する
金田
関わってくる人が多くなると、僕のプロジェクトへの関わり方も色々になってきて。本当に構造のコンセプトをバーって決めて、初期スタディーから別の人に頼んでそれをスーパーバイザーにするみたいなやり方もあったりして。
今やってるいくつかのホテルのプロジェクトがあるんだけど。一般的なホテルの構造形式もリサーチすると、ラーメン構造でプランと関係なしに、とりあえず合理的にスパンと高さだけ決めちゃうみたいな、そこに無理くり部屋を入れていくみたいなのが多くて、やっぱり、それは超つまんなくて。どうにか構造と一体で設計したら、そもそもホテルの部屋割りとかプロモーション自体が変わっていくみたいなことがあり得るんじゃないの、っていう提案をしていく。
僕が建築家と本当にコンセプチュアルなところで提案して、まあでもその今までつまらないホテルを作っている人からすると、「こんな提案実現できるかわかんないですよね」と言いつつも、「できたら面白いっすよね」みたいな。2つあって、経験的にダメかもしれないけどやってみたい、見てみたい、みたいな欲求がブワーッてなってくると、それは重要で。そっちに推進力が行くとみんなそれを実現したくなるから。多少お金かかっても、これすごい魅力的なんじゃないかみたいな。
大場
クライアントが提案についてくると。
金田
そう。しかもこれに関わってこれ実現したいみたいな、今まで超つまんない、100万回やったことあるような構造形式を繰り返して焼き増してもう結果わかってるようなつまんないことばっかやってる人も、「いやこれ、無理ですよ」といいつも、ちょっとニヤニヤしている(笑)
大場
ニヤニヤしている(笑)。
金田
っていう状況が作れるポジションは、多分その時点で同じ目線を見れてるので、それが構造から提案でき、かつそれがプランニングにちゃんと直結するとかね。例えば。それは十一階建てのホテルの計画なんだけど。そういう規模のものでもまだまだやれることがあんじゃないの?ってのがあって。プランがいくら斬新であったとしても、「でもこれ実現するためには構造が無理なんじゃないですか」って言われちゃったら、誰でもフム...ってなっちゃうでしょ。
大場
そうですね。
金田
でもモチベーションとしては新しい構造形式をやりたいわけではなくて、新しい見たことのないホテルのプランニングをやって欲しい、見てみたい、泊まってみたい。そこに構造体がちゃんとリンクしていて、かつ合理的であったら、それがオルタナティブなんですよ。やっぱり焼き増しをする方が安全だし、事例があるのを使った方が簡単だから誰もリスクを取らないんですよ。見たことのない形式かつ、本当はそういうのがあった方がいいと思うけど、それを推せる人がいないんですよ。でも構造家は勝手にその立場にいられるというか。「え、めっちゃ構造的に合理的ですよこれ」って言って、「見たことないですよね、じゃあ何でやんないんですか」って言って(笑)、答えられる人はいない。今までやられているから、合理的だと思われていることが世の中のほとんど。そこをどうにかしたい。
大場
確かに(笑)。構造的に建つならやればいいって話ですよね。
金田
良いじゃん良いじゃんって、クライアントも含めて皆どんどんやってみようとなるっていうのは、結構多分日本的だと思う。逆に事例があるのをやりたがる人の中にも、今までやったこと無い事をやりたいっていうキャラクターが内包されていて、そっちが勝つ場合があるけど、みんな本当はそういうふうにしたい。けど社会システム的にそうなってないし。っていうので、僕は空気を読まずに言える立場にいると思ってる。外国人半分みたいな。
大場
それやっぱ強いところですよね。構造家として海外に住んでいるっていう。
金田
知らない振りをする(笑) 他の構造設計者がどこまでそういうスタンスでやってるかわかんないけど、毎回そのなんかしらオルタナティブを提案しないといけないんじゃないかと思っているというか。
大場
構造的なオルタナティブって今既に何か見えてるんですか?
金田
それって本当に条件とかによるんですよ。さっきのホテルの計画とかはそういうものが出てきやすいプログラムかなと思うんですよ。まあ何回もいろんな規模のものをやってるうちに、その規模の中で今まで普通にやられたものから、違う回答を出す、かつそれなりの合理性があって、施工的にもコスト的にも現実的な中で、何ができるかというのを考えていくのは結構面白い。
大場
だからなんかスタンダードを作るというよりかは、条件毎に何ができるかを考えていくと。
金田
スタンダードもさ、もともとはスタンダードじゃないものだったわけでしょ。「うわキモ」とか「何かありえん」みたいなやつが、「あ、なんかすごい安くできる」ってそれがスタンダードになるので。
大場
コルビュジェのドミノシステムってどういう受け入れられかただったんですかね、あれ。今はもう全てのスタンダードじゃないですか。
金田
どうなんだろう。あの人もだってプレゼンテーションがうまい人だからね。実際にそれがスタンダードになったと思う?あれがきっかけだったと思う?
大場
ああ、なるほど。彼が発明者であったかということですね。
金田
そうそう。コルビュジェが始めたからそうなっているのか。
大場
もしくは彼が勘がいいから、それに気づいて理論化したのかということですね。
金田
彼のあの住宅とかから始まったっていうよりは、彼はあれを理論的に言った人っていうか。でも言ったっていうのは重要で、だから皆そうだよねっていう共通の意識を持ったわけなので…でもコルビュジエはすごいよ。その後の建築家にひたすら引用されまくったからね。
飲み物は?
大場
あ、じゃあビールでお願いします。
金田泰裕
1984年生まれ。大学卒業後、2007年ASA/鈴木啓に入社。2012年にBollinger +Grohman Paris入社。2014年、パリを拠点にyasuhirokaneda STRUCTUREを設立。2016年香港拠点。2019年からコペンハーゲン拠点。大阪万博では河森館とフィリピン館、ヴェニスビエンナーレ2025ではデンマーク館の構造設計に関わる。

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