須藤玲子《扇の舞》がオンライン公開

テキスタイルデザインスタジオNUNOのディレクターである須藤玲子の大型インスタレーション《扇の舞(Japanese Fanfare)》が、イギリスのコンプトン・バーニー・アート・ギャラリー(Compton Verney Art Gallery)で開催中の展覧会「ファブリック:タッチ&アイデンティティ(Fabric: Touch and Identity)」のフィナーレを飾っている。新型コロナウィルスの感染拡大の影響を受け現在美術館は休館となっているが、展覧会のオンライン公開がスタート。

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コンプトン・バーニー庭から建物を臨む Compton Verney ©︎John Kippin

ファブリックが創り出す私たちのアイデンティティ

イギリスの田園地帯に位置するコンプトン・バーニーは18世紀に建てられた邸宅を改装した美術館で、美しい庭園とユニークな展覧会で知られている。開催中の「ファブリック:タッチ&アイデンティティ」は、我々の第2の皮膚であるファブリックについて、アート、デザイン、ファッション、映画、ダンスのレンズを通して、身体性と社会性に迫る意欲的で遊び心溢れる展覧会。

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左:Bob White《Between Cloth & Skin Series》2004  右:Annie Bascoul《’Vivre et Rêver… En Dentelle‘》 2015 (c)Compton Verney

服に袖を通した際の布が直接肌に触れる感触は誰もが経験したことのある普遍的なもの。それは非常に感覚的なものですが、同時に服やテキスタイルはジェンダーやセクシャリティなど社会的なアイデンティティをかたちづくる重要な要素でもある。展覧会ではこうしたファブリックと私たちとの関係性を日本から招聘された須藤玲子、野田涼美、イギリスを代表するファッションデザイナーのヴィヴィアン・ウェストウッドなど現代のクリエイターの作品、歴史的な絵画や衣服のコレクションを展観することで明らかにする。

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Liz Rideal《Terme di Diocleziano》2017, Fabric Touch and Identity(c)Compton Verney, photography Jamie Woodley

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Vivienne Westwood《RED SUIT》1992, Fabric Touch and Identity(c)Compton Verney, photography Jamie Woodley

青い扇に覆われた空間が呼び覚ます感覚の世界

この展覧会の最後の展示室に登場する須藤玲子による《扇の舞》は、2017年にワシントンDCにあるJ. F. ケネディ・センター(The John F. Kennedy Center for the Performing Arts)にて大統領生誕100周年を記念して開催された展示を発展させたもの。前回同様にフランスの建築家アドリアン・ガルデール(Adrien Gardere)が空間デザインを担当した。展示室を覆い尽くす223に及ぶ布製の青い扇は、平安時代に日本で発明された扇を抽象化させたもの。扇は古くから「あおぐ」という本来の機能に留まらず、狂言では杯に、落語では蕎麦を啜る箸へと姿を変え、お茶席では自らの膝の前に置き結界を表すなど様々な役割を担ってきた。また何よりその「すえひろがり」の形状から祝い事に欠かせないかたちでもある。そんな日本文化の多義性を象徴する扇をすべてブルートーンで制作した。

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須藤玲子《扇の舞》2020, Fabric Touch and Identity(c)Compton Verney, photography Jamie Woodley

「青」は日本では古くは奈良時代より暮らしを彩り支えてきた色であり、作品を通じてこの青色への敬意を表している。1890年に来日したラフカディオ・ハーンは後に日本の印象について次のように述べている。「青い屋根の下の家も小さく、青い暖簾を下げた店も小さく、青いキモノを来ている人々も小さい」。

職人・工場とのコラボレーションによる作品制作

須藤はNUNOの活動を通じて、日本各地の優れたテキスタイルの生産者とのコラボレーションを重ね、伝統的な技術に最新のテクノロジーや現代的なデザインセンスを融合させる独自の布づくりに長年取り組んできた。《扇の舞》で使用されているテキスタイルもそうして開発をされたNUNOのアーカイブから選ばれたもの。その一部は今回の制作用に新たに染を施したが、徳島のBUAISOUによる本藍染から最新の熱転写まで、ここでも全国のつくり手と共に新旧の様々な手法に挑戦している。

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徳島の工房に依頼をした本藍染の工程 写真提供 BUAISOU

今回の展示で須藤は「扇」の空間の中に包まれ、テキスタイルの風合い、青色、扇が連なるうねり、リズムなどが体感されることを願った。言わば「青い扇」の体験。この意図からすれば、コロナ禍による美術館のリアルな空間がクローズされていることは残念なこと。一方、今回のオンライン公開によって、カメラを用いた、より近距離での鑑賞体験、世界中の人がNUNOの作品を楽しんで頂けることなど新たな可能性も感じる。《扇の舞》は2020年秋、茨城県近代美術館での展示も計画されている。

須藤 玲子 / Reiko Sudo プロフィール

茨城県生まれ。武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科デキスタイル研究室助手を経て、株式会社「布」の設立に参加。現在取締役デザインディレクター。英国UCA芸術大学より名誉修士号授与。2019年より東京造形大学名誉教授。

2008年より良品計画のファブリック企画開発、鶴岡織物工業協同組合、株式会社アズのデザインアドバイスを手掛ける。2016年無印良品アドバイザリーボードに就任。毎日デザイン賞、ロスコー賞、JID部門賞等受賞。日本の伝統的な染織技術から先端技術までを駆使し、新しいテキスタイルづくりをおこなう。作品は国内外で高い評価を得ており、ニューヨーク近代美術館、メトロポリタン美術館、ボストン美術館、ヴィクトリア&アルバート博物館、東京国立近代美術館工芸館等に永久保存されている。2018年に国立新美術館にて個展「こいのぼりなう!」、2019年に香港のCHAT(Centre for Heritage. Arts and Textile)にてSudo Reiko: Making NUNO Textilesを開催。代表作にマンダリンオリエンタル東京、東京アメリカンクラブのテキスタイルデザインがある。

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アドリアン・ガルデール / Adrien Gardere

ルーブル美術館やケネディセンターといった国際的な文化施設で空間デザインをおこなうスタジオ、アドリアン・ガルデール創始者。フォスター+パートナー、SANAA, デヴィッド・チッパーフィールドや槇文彦といった建築家とも仕事の経験があり、視覚的、教育的、そして来場者が展覧会の内容に引き込まれる展示デザインで定評がある。東京の国立新美術館、香港のCHAT(Centre for Heritage, Arts and Textile)で展示された『こいのぼり』をはじめ、須藤の多くのインスタレーション作品でコラボレーションをしている。

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