「インクルーシブデザイン」を用いて実用的でクライアントが長く使えるものをデザインする共創型デザイン
ナショナルデザインウィーク
今年で20回目の開催となる「ナショナルデザインアワード(The National Design Awards)」がスミソニアンデザインミュージアムのクーパーヒューイットで2019年10月17日に発表された。また「ナショナルデザインウィーク(National Design Week)」はナショナルデザインアワードと一緒に毎年開催されているデザインウィークである。
ナショナルデザインウィークのキックオフイベントとして10月19日に「デザインフェスティバル」が開催された。当日はミュージアムが無料で鑑賞できるだけではなく、ナショナルデザインアワードの受賞者とゲストデザイナーがコーディネートした体験型アクティビティを全ての人が参加できるワークショップが準備されるなど、参加型のコンテンツが充実していた。ワークショップには、パトリシア・ムーア氏監修の「特定のユーザーのための時計の再設計」、景観デザインファームscapeによる「特定ユーザーの視点に立って考える公園の設計」などがあり、プロトタイプを作る素材は小さな子供たちが工作で使う馴染みのある素材だが、デザインチャレンジは年齢に関係なく楽しめるテーマが設定されていた。そして、このイベントの各ワークショップの根底にある共通のテーマは「インクルーシブデザイン(Inclsive design )」ではないかと思われる。
様々な業界のデザイナーが自分の作品を使用する人にとって、そのデザインが使いやすいものであるかどうかという視点を改めて見直そうとしているのではないかと感じた。
そして、ファッション業界においても大小様々な企業が「インクルーシブデザイン」に取り組みを始めている。ファッション業界で「アダプティブクロージング(障害者がある人、高齢者など、様々な理由によって衣類の装着、着脱が難しい人のために設計された衣服)」という概念は新しいものではない。だが、今年度のナショナルデザインアワード「新人デザイナー」カテゴリーを受賞した、「オープンスタイルラボ(Open Style Lab)」は、彼らが障害のある人のための実用的な衣類のデザインを行うだけではなく、全ての人にとって使いやすいデザイン「アクセシブルデザイン」の認知度を高め、より広いコミュニティに革新的なアイデアを提供し、その活動が注目を浴びている。
オープンスタイルラボ(Open Style Lab)
オープンスタイルラボは、障害があるクライアントがファッションとテクノロジーを利用し、自分のスタイルを表現しながらも彼らの生活に必要な機能性をもつアパレル、アクセサリーの制作を支援する非営利団体組織。オープンスタイルラボはマサチューセッツ工科大学のデザインプロジェクトの一つとしてスタートし、その後に独立をしたプロジェクト集団として活動を発展させた。チームメンバーは様々なバックグラウンドを持つ人で構成され、その一部は以前のクライアントであったか、障害がある人も含まれる。
今回、チーフマーケティングオフィサーであるクリスティーナ・マロン氏にオープンスタイルラボのユニークネスやインクルーシブデザインのプロフェッショナルとして話を聞くことができた。
ヒューマンセンタードデザイン(HCD)によるアプローチ
オープンスタイルラボと他との最も大きな違いというのは、構成メンバーの多様性、そしてヒューマンセンタードデザインによるアプローチである。通常のファッションブランドのクリエイティブチームとは異なり、オープンスタイルラボはデザイナー、エンジニア、理学療法士と作業療法士といった様々な専門知識を有する人々で構成されている。ユーザーを中心に置き、課題を解決するアプローチをとるヒューマンセンタードデザインを実践する理念を掲げ、クライアントがプロジェクトの初めから終わりまで、全てのプロセスに携わるという手法を取っている。オープンスタイルラボが携わるプロジェクトは特定のクライアント向けのプロジェクトだけではない。この分野について知識を深め、商品を展開させたいアパレル製造業者、様々なアパレルブランド、そしてアパレルに限らずにアクセシブルデザインを作りたい幅広い企業も彼らのクライアントである。このように、オープンスタイルラボが対応する相手は障害がある人だけではない。しかし、全てのプロジェクトの中心となるのは何らかの理由でサービスやプロダクトが多くの人と同じように使用ができない可能性がある人たちなのである。
全てのプロジェクトは、クライアントの障害や特定のニーズを理解するため、直接クライアントにインタビューするだけではなく、彼らの日常生活、自宅、職場、外出中など、クライアントの全ての生活の様子をシャドーイングすることから、デザインチームがクライアントを十分に理解することから始まる。そこから、チームはソリューションのブレーンストーミングを行う。複数のプロトタイプを作成し、クライアントが全ての段階のプロトタイプを実際にテストし、修正を重ねる。
プロジェクトの最後には、プレゼンテーションが行われ、全ての工程を経てクライアントが本当に求め、長らく使用できるプロダクトが完成する。クリスティーナ氏によると、クライアントこそがこのアプローチの力を実感する一番の当事者だという。彼女自身、身体に障害があり、クライアントとしてプロジェクトに参加したことがきっかけでオープンスタイルラボのメンバーとなった一人。彼女は、プロジェクトを通じて障害があるということに負い目を感じて生きるのではなく、社会が障害のある人の存在を考慮したデザインがより増えるように啓蒙活動を行うこと、そしてプロジェクトを通じて、障害のある人が色々なことによりアクセスしやすい社会を実現することに貢献したいと思ったのだという。
インクルーシブデザインとは手法であり、その成果物がアクセシブルデザイン
アクセシブルデザインとインクルーシブデザインは新しい概念ではない。しかしながら、以前よりも様々な業界の企業やブランドが、作り手だけの目線で考えたデザインは、ユーザーにとって実際には機能しないという状況があり、アクセシブルデザインとインクルーシブデザインが再び注目を浴びている。また、カスタマーエクスペリエンスをより高めるためには「使用する全ての人々のため」というデザインをユーザー中心に行うべきだという動きもある。 それゆえに、昨今よく見かけるこれらの用語だが、違いを意識せずに同じ意味で使用されている記事を見かける。そこでクリスティーナ氏に、彼女はアクセシブルデザインとインクルーシブデザインの用語をどのように区別し、実践しているのかを尋ねた。「重要な違いはインクルーシブデザインは手法であり、アクセシブルデザインはインクルーシブデザインによって出来上がった成果物と考えるべきだ」とクリスティーナ氏は言う。オープンスタイルラボでは、ヒューマンセンタードデザインの一つであるインクルーシブデザインとアクセシブルデザインを実践し、クライアントが本当に長く使用し続けたいと思える商品デザインを実現しているのだという。
私がオープンスタイルラボから学んだことは、インクルーシブデザインの実践とは「常にユーザーのアクセシビリティ(あらゆる人が、どのような環境においても柔軟に利用できるか)をしっかりと理解することから始める」ということだ。そして、どんなデザインにおいてもユーザーがコアにいなければ、デザイナーは実用的で価値のあるソリューションを提供できないのだということを改めて感じた。