佐野みなみ氏インタビュー Part 1

NPO青山デザインフォーラム(ADF)は、デザインチームSMDO(Sano Minami Design Office)の代表、佐野みなみ氏にインタビューを行いました。佐野氏は1983年生まれ、東京理科大学理学部化学科卒業後、東京理科大学大学院理学研究科化学専攻中退。第一種特待生としてバンタンデザイン研究所グラフィックデザイン学科を卒業されています。2010年に立ち上げたSMDOは、ヴィジュアルアイデンティティの策定をはじめ、アートディレクション、 グラフィックデザイン、フォト、WEBデザイン、イラスト、パッケージデザイン、ブースグラフィック等幅広く業務を行っています。また、佐野氏は2023年より2年連続でグラフィックデザイン年鑑「MdNデザイナーズファイル」で最前線で活躍しているトップクリエイター&次世代を担う若手デザイナーの1人として選出されています。

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写真:アートディレクター佐野(2021年参宮橋アトリエにて。現在は南青山に移転)

質問1. 化学の研究者からデザインの道へ動いた理由・動機とは何でしょうか?

どちらかというとクリエイティブの世界へ戻ってきたという表現の方がしっくりくるのですが、元々高校時代は等身大の鉛筆画などで受賞し、大きな美術館に飾っていただいたり、新聞に掲載いただいたりと評価いただく機会がよくありました。いざ大学受験となると実際に将来絵画で食べていくのは現実的ではないと考え、同様に得意の分野であった理系の進路で東京理科大学に進学しました(当時はプリオンの研究に興味があったのと、当時流行していたXファイルのスカリー捜査官に憧れて、白衣を着たかったというミーハー心もありました)。

進学後も絵画を続け、また独学でカメラを学んだりしていただのですが、アルバイト先のカフェバーでの出会いをきっかけにアーティスト写真の撮影やCDジャケットの撮影依頼をいただいたり、写真展で賞をいただくなどもしました(尚、私が通っていた東京理科大学は留年大学と言われるほど進学が厳しい大学で有名で、飲食店でアルバイトをしている事自体がかなり異端でした)。

大学在学中は研究者を目指して一般受験にて同大学院にも進学し、「ルテニウムとビイミダゾールによるプロトン電子連動系錯体」というものを研究していましたが、「大学院の研究」は「大学の勉強」とは一線を画しています。知識だけではなく化学の才能やセンスが必要な世界です。どんなに苦労をしても評価されない研究と比べて、(努力はしても)全く苦労をしなくても評価されるクリエイティブを比較したときに、自分の適性が後者であることに気がつき大学院の中退を決意しました。

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写真:研究時代の写真

大学院中退当時は親からも勘当され、無一文でしたが、全学費免除の特待生枠がある専門学校を見つけ、等身大の鉛筆画と共に「佐野みなみを特待生として入学させるメリット」をプレゼンし第一種特待生枠を獲得し、入学が決まりました。

もともと絵は描けますし、独学で撮影も覚えました。あとはグラフィックデザインのPCスキルと理論を学べばある程度のクリエイティブ表現ができると考え、グラフィックデザインを学びアートディレクターを目指すことを決意しました。

質問2. 左脳的な思考と右脳的な思考のハイブリッドの最終的な折り合いの付け方、あるいは葛藤などはありますでしょうか?

葛藤は全くありません。私はデザインをクリエイティブの精度の高さとセンスが伴う「分析 & 整理」と考えます。文字詰めやマージンの調整、レイアウトバランス調整も理論的な設計が必要ですし、クライアントからの要望を紐解き、分析をし、解を見つける工程は基本的に「左脳」的な思考に基づくものです。なぜこのデザインになったのかという理由を理論的にしっかりとクライアント様にお伝えできるという点も私の強みですし、美術系と理系の両方を学んだ私にとっては天職だと思っています。

質問3. かつて「デザイン(主にグラフィック)は”分析と整理”の作業に尽きる」という発言がありましたが、こちらについて教えて下さい。

私は、「デザイン」を「分析 & 整理」と考えます。クライアント様が求める要望を読み解き、整理し、 時には樹形図のように傾向を分析する。時代の流れやユーザビリティも考慮し、限られた制約の中で ベストだと判断される「バランス」に整えていく。その「バランス感と判断」にアートディレクター個人 としての色やセンスが滲み出ますが、あくまでも主役は、ユーザーであり、商品であり、プロジェクトであり、 ブランドであり、クライアントなのです。

  • 企業の顔であるロゴが、できる限り視認性が保たれるようにロゴ規定を設け
  • ブランドが体現したいコンセプトに沿って、ブランドカラーやフォントの種類を選び
  • プロジェクトが伝えたい文章が読み手に雑念なく届くように、文字間を決め、文字詰めをして整える

その作業を担当する職人がグラフィックデザイナーであり、 その提案と判断を下せる美術監督がアートディレクターなのだと私は思います。その判断を下すには、その場で 手本を見せることができるだけの知識や経験も必要で あり、グラフィックデザイナーを経験してアートディレクターに昇格するケースがとても多いです。

アートディレターやグラフィックデザイナーと聞くと華やかな役職に聞こえるかもしれませんが、少なくともSMDOの場合、全く華やかではありません。分析と考察、実験と実践の繰り返しは、私がかつて携わっていた化学の研究にも近い、とても理系的で地道な仕事だと感じます。

クライアント様の発信するコンセプトを分析し、整え、形状化したものがロゴとなり、広告となり、Web サイト、印刷物、壁面グラフィックやパッケージデザインとなっています。

質問4. フォト(写真)は、3Dを最終的に2Dで表現することになりますが、特に思慮・配慮していることは何でしょうか?

これは元々カメラマンとしても活動していた人間だからこそ、余計に感じることなのですが、ざっくりとした「雰囲気」でロケーションを選んでしまって、いざ撮影しようとしたら理想的な絵が撮れなかった、構図にうまくおさまらなかった...など初心者のアートディレクターさんは失敗の経験がある方もいるかもしれませんが、その撮影プランが2Dに落とし込んだ時に本当に「現実可能なものか」という点はかなり配慮する点ではあります。

また、SMDOでは撮影したお写真単体で使用するケースよりも、デザインに反映して展開するようなケースが多いのですが、撮影現場では必ず撮影した写真をその場でデザインに反映し、デザインに反映した際に想定通りであるかを確認します。これも初心者の方ですと経験があると思いますが、いざ指定された比率でトリミングするとかなり寄りの構図になってしまって、後から「もっと引いた構図で撮影しておけばよかった...」や、後からクライアント様からのご要望で合成等する可能性を踏まえて素材カットを撮っておくなど、先を見越して撮影するという点はとても大事な点かなと思います。

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写真:撮影をする佐野の様子(独立当初)

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写真:佐野がアートディレクション、撮影を担当したファッションブランド

質問5. 逆にパッケージデザインは、2Dが3Dとしてプロダクトとなりますが、特に気をつけていることは何でしょうか?

例えば、直方体のパッケージを作る場合、天面と側面の繋がり部分(例えばイラストや曲線的なデザインを天面と側面を跨いで構成しているようなデザイン)を2Dで作成してみると綺麗になりそうと感じたものが実際に3Dになった時にとても汚く見えてしまうようなことがあります。我々はスイーツなどのパッケージデザインを数えきれないほど制作しておりますので、今では実際にモックを作らなくても容易に想像する事ができますが、合成イメージだけを見ていて実物の立体を作成してみないと失敗するケースはありますので、特に今までチャレンジしたことのない形状のパッケージを考案する場合は、机上の空論にならないようサンプルを必ず作成する事は大事だと思います。

例えば、パッケージを専門とした商社さんに、「Mサイズの商品もSサイズの商品も、別の形状の商品も、入れる数もかなり自由にアソートできるギフトボックスを作りたい」と相談したときに、商社さんに「それは無理です」と言われても、私が自分自身で展開図を作成し、サンプルを作成することで、実現可能であることを実証したケースなどもありました。実際に作ってみるという事は机上の空論を回避する上や説得力を持たせる上でとても大事な工程かと思います。

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写真:佐野が展開図から考案したCARAMELIFEのパッケージ

質問6. クライアントからの要望に対して、デザインコンセプト(なぜこの様なデザインにするか)を導く際のこだわりは何でしょうか?

特にVIの策定をする際はクライアントが想定するペルソナのライフスタイルを想い描いた際に、設定するストーリーや商品を手にするまでの工程に説得力があるか、また、私たちのクリエイティブがブランドの伝えたい世界観をしっかりと体現できているかという点を強く意識し、できる限り将来的な可能性を見越した展望のイメージも想定してデザインをプレゼンテーションします。

また、デザインコンセプトの考案理由を曖昧な表現ではなく明確に言語化するという点も大事にしています。なぜこのストーリーなのか、どのようなターゲットの心理を想定しているか、なぜこのモチーフを使うのか、なぜこの配色なのか、それによりどんな効果が期待できるかをクライアント様の要望に合わせて明確にロジカルに説明ができるようにしていますし、そのロジカルさをご評価いただく機会はとても多いです。

実際にデザインを提案する際は、クライアントへどれだけの案数を、どのような説明の仕方で提案するかという点から戦略を立てます。

例えば、SMDOは競合コンペの勝率が高いのですが、特に複数の競合相手がいるようなケースでは「社運をかけたプロジェクトに対して1社だけでは不安なので複数案を比較検討したい。や、マンネリ化から脱したい」というな要望があった場合、アイデアの数とクオリティとパワーが求められていると考えます。そしてクライアント様が「案数が多い分には構わない。できるだけ多くのデザインを見たい」ということであれば、おすすめ案を提示した上で100案のデザインを提案する事もよくあります。SMDOでは求められたお題に対して「これだけの幅のある提案をこのクオリティでこのボリュームを用意するパワーがある」という説得力になります。

逆に練りに練ったVIの提案が求められる場合は、さまざま媒体に展開されたイメージを検証して合成イメージ作り込んだプランを10案ほど提案するケースもあります。

私はアーティスト型のアートディレクターではなく、完全に商業的なアートディレクターですので、この検証型のスタイルは特にコンペを実施するような大きな企業様や、社長様の決済を得るまでに様々な工程を踏む必要のある企業様との相性がとても良いです。 

SMDOとしてのオススメは提示しながらも「クライアント様に最大限の選択肢を与える」「SMDOに頼めば1社コンペ状態なので今後コンペは不要」「潰しがきく安心感がある」という印象を与える事はかなり意識している点です。

逆に海外のお客様や、クライアント様の性質上、あまり選択肢が多くても結局あなたのオススメは何?と言われてしまいそうなケースの場合は1案をわかりやすくプッシュしますが、それでも予備案は必ず多めにご用意します。

質問7. デザインからモノ作りの製品化にこだわっていることは何でしょうか?

SMDOではスイーツのパッケージのご依頼をいただくことがとても多いです。スイーツはギフトやご褒美としての需要がとても多いので、手にした際に心が躍るような、気持ちの高揚感やプレミアム感、スーパーに並んでいるお菓子とは違う特別感、非日常感を感じられる表現にはとてもこだわっています。

その非日常感=物語感と捉え、思わず部屋に飾っておきたくなるような「大人向けの」絵本の扉になり得るかどうかは、よく私がデザインやイラスト制作スタッフに伝える表現となりますが、非現実感=非リアルという点で、リアルすぎずどこかにアナログ感は感じるけれども決して子供や赤ちゃん向けの絵本ではなく、大人向けの絵本の表紙になり得るような洗練された表現になるように心がけています。

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写真:国際アワード(SKY DESIGN AWARDS)を受賞したパッケージ

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