革靴でもスニーカーでもないフットウェアstglitz

今回は浅草の靴職人やドイツの靴マイスターの元で靴作りを学び、2021年から自身のブランド「stglitz | ステーグリッツ」を立ち上げ、革靴のフォーマルさとスニーカーの機能性の両方を備えた、革靴でもスニーカーでもない第3の選択肢としてのフットウェアを展開している、森雅誠(もりまさのり)さんに浅草とドイツでの靴作りのことやご自身のブランドのことについてお話を伺いたいと思います。

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stglitz のシューズ(間庭裕基 撮影)

山本:それでは森さん、よろしくおねがいいたします。

森:よろしくお願いします。

山本:まず最初に、靴作りを行おうと思ったきっかけはなんでしょうか?

森:僕はもともとファッションやアパレルが好きで、服飾の学校を卒業後、東京で衣装に携わる仕事をしていました。

そのときに浅草で靴作りを教えてもらえるという話を聞いて、靴ってどうやって作っているんだろうという興味から浅草を訪れるようになり、最初は趣味のような感覚で職人さんの元に通って仕事が休みの日に靴の作り方を教えてもらったり、自分の作った靴を見てもらったりしていました。

また、自分の履きたい靴があまりなくて、自分が履きたい靴を作りたいという気持ちもありました。

山本:森さんはその後ドイツへ靴作りを学びに行かれ、『stglitz | ステーグリッツ』というブランド名も滞在されていたドイツ・ベルリンの地域名から取られたとのことですが、ドイツに行こうと思われたきっかけはなんでしょうか?

森:僕は宮城県出身なのですが、東日本大震災で多くの親類や知人が被害を被ったことにショックを受け、生きている内にやりたいことをやっておこう、前から気になっていたドイツに行ってみようと思ったのがきっかけです。

もともとバウハウスやドイツのプロダクト、マイスター制度や整形靴には興味を持っていました。

最初から工房などに伝手があったわけではなく、とりあえずドイツに行ってみて靴の工房を探したりメールなどで見学の申し込みをしてみたりしたのですが、それは中々うまくいきませんでした。

そんなときに飲み屋でたまたま知り合って意気投合した人が靴職人の家系で、その人の家の工房で靴作りを教えてもらえることになり、靴職人だった彼と一緒に、マイスターである彼の父親から靴作りのことを教えていただきました。

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ドイツの工房の様子

山本:日本とドイツで靴作りの方法や職人の姿勢などに何か違いはありますでしょうか?

森:日本では売る側も買う側もファッションとして靴を見ている傾向が強いのですが、ドイツでは見た目よりも機能性や履き心地が重視されていると感じました。

たとえば左右で足の長さの違う脚長差の調整や外反母趾の治療のためなど、医療目的で作られる整形靴には保険も適用されるので、自分の足に合わせたオーダーメイドの特注品でも比較的安く作ることができます。

整形靴のような特別な靴でなくても、多くの人が見た目のファッション性よりも機能性や履き心地で靴を選んでいるように思います。

山本:ドイツから戻ってきた現在も浅草で活動されているとのことですが、なぜ浅草なのでしょうか?

森:浅草に通うようになるまで僕も知らなかったのですが、浅草は靴の産地として有名で、都市部なのに革靴などを手工業的に作っている中小の工場がたくさんあります。

ドイツから戻ってきてからも、靴に関する知識をもっと深めたいと思って浅草のレディース靴のメーカーとコレクションブランド向けのデザインに特化した靴などを作るメーカーに勤めました。

メンズとレディースでは使う革の厚さや種類が違ったり、メンズにはないハイヒールの特殊な構造や、デザイナーズブランドでの奇抜な仕様など、色々な靴に触れることができてとても勉強になりました。

そうしているうちにコロナ禍になり、またあらためて自分がやりたいことを見つめ直したときに、中国や東南アジアで大量生産されるスニーカーなどが出回るようになった影響で日本製の履き物や革靴を履く人がほとんどいなくなって、浅草にあるような中小の工場で靴を作っている職人さんや企業が立ち行かなくなっているという現状をどうにかしたいと思い、靴職人の技術を生かした現在にアダプト(適応)する新たな靴をデザインし、職人さんに発注することで日本から消えつつある職人と靴産業を活性化することができないかと考え、浅草でブランドを立ち上げることにしました。

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浅草の靴工場の様子

山本:革靴のフォーマルさとスニーカーの機能性の両方を備えた、革靴でもスニーカーでもない第3の選択肢としてのフットウェアは、浅草をはじめとした日本の靴職人の方々の技能を生かしながら現在に合う靴を作るにはどうしたらいいかという課題から生まれたものなのですね。

森:そうです。

大規模な工場で多くの人員と機械を使って大量生産されることが前提のスニーカーやタウンシューズと違って、革靴はソールを作るためのプレス機やグラインダー、革を縫製するためのミシンなどがあれば大規模な設備は必要なく、技術を持った職人がいれば大きな工場は必要ありませんでした。

しかし、海外製の安価な靴の普及や、スーツの着用が不要な企業が増えるなどのカジュアル化の影響により革靴の需要がさらに減少し、靴職人を目指す若者が生計を立てることも難しくなり、後継者のいないまま高齢化している靴職人や靴工場の廃業が相次いでいます。

僕の知っている工場もこのコロナ禍のあいだにいくつかなくなってしまいました。

一部、自社工場でスニーカーなどを作っている企業もあるにはありますが、ほとんどのメーカーは安い海外の工場に製造を発注しており、中小の工場がスニーカーやタウンシューズを製造するための設備を整えてまで安い海外の製造工場と競争するのは難しいのが現状です。

かといって、ただ今まで通り革靴を作っていても産業を再び活性化させることは難しいので、革靴にスニーカーの気軽さや機能性を取り入れることで時代にアダプトできないかと考えました。

たとえば現在は温暖化の影響で雨の日やゲリラ豪雨が増えているので、雨の中でも気軽に履けるように、革に特殊耐水加工の”rain cancel”を施しています。

耐水加工のコーティングは徐々に失われていくため、効果がずっと続くわけではありませんが、コーティングがはがれてくると通常のケア用品も使用でき、経年変化によりリアルレザーの風合いが出てくるので、革靴のように履き込んでいく楽しさもあります。

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stglitz のYoutubeチャンネルより、rain cancelの紹介動画の一コマ

また、革靴の特徴の一つであるヒールは、もともと乗馬する人があぶみにひっかけるためにあのような形状になったものであり、現在では形骸化してしまっているデザインなので、削り落としてスニーカーのような平らなソールにしました。

アウトソールには高いグリップ性と耐久性を誇る、ドイツの hexa4GRIP社のHigh-GRIPソールを使用しています。

このアウトソールは溝が浅いため泥や石が詰まりにくく、それでいて滑りにくい優秀な靴底です。

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hexa4GRIP社のHigh-GRIPソール

踵部分には靴を脱げにくくするためのマイクロストッパー素材を、シュータンにはクッション性を向上させるためのゴムから生成された発泡スポンジを使用し、高いホールド感と柔らかな履き心地をを実現しました。

そうしたスニーカーのような機能性を持たせつつ、フォーマルな場でも通用する革靴の外観や、日本の靴職人の丁寧な造りは残しています。

ブラックとネイビーの2種類のカラーバリエーションがあり、男女問わず履いていただけるように23cmから28cmまでのサイズを取り揃えています(23cmおよび24cmについては、オフィシャルサイトのコンタクトフォームよりお問合せください)。

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山本:プロダクトに使用している革は全て食肉として加工される過程で出る副産物であり、革にならなければ捨てられてしまう物だとのことですが、副産物である革を使用することで品質が落ちてしまうなどのデメリットはないのでしょうか?

森:革製品に使われるレザーはもともと牛肉や豚肉などの食肉用の家畜の革を利用していることが多いので、食肉用の家畜の革を使っているからといって製品の品質が落ちるということはありません。

SDGsについて話していると、動物を殺して大量消費を行うのは良くないという理由で革製品全てを否定されることもありますが、全ての革製品が環境に悪いというわけではないはずです。

もちろん革製品を作るためだけに大量に動物を殺したり、劣悪な環境で労働者を搾取して製造されている革製品には問題があると思います。

僕が作っている靴には表・裏に2種類の革を使っていますが、ローカルメイド・ローカルサポートという理念のもと、日本で育てられ、日本のタンナーが丁寧に鞣した出どころのはっきりしている日本製のものだけを使用しています。

日本の靴職人の技術は高く、作られる靴の品質も高いので、ちゃんとメンテナンスや修理をしながら履けば、生地でできた大量生産の安価なスニーカーよりも長く履き続けることができます。

また、有料になりますがソールの交換修理などのサービスも用意しているので、靴底が減ったり壊れたりしたら修理に出していただいて、長く使っていただけたらありがたいです。

山本:たしかに、スニーカーやタウンシューズは早ければ12年ほどで履き潰してしまいますし、穴が開いたりソールが剥がれたりしたらわざわざ修理することもなく新しいものを買ってしまいます。

また、ファストファッションを前提として作られているため、履き潰さなくても毎年新しい流行やデザインのものに買い換える人もいるでしょう。

SDGsの一環として肉食や家畜産業そのものを減らしていこうとする動きもありますが、問題の本質は肉食そのものではなく、大量生産大量消費を行っていることによる環境への負荷です。

stglitz はデザイン数を絞り込み、流行を追ったデザインなどの付加価値のための過剰なモデルチェンジはしないポリシーとのこと。

大量生産・大量消費をすすめるものではないので、使用する革の量も限られています。

化学繊維やポリウレタンなど、ほとんど石油製品で作られ、短期間で使い捨てられる大量生産品の靴に比べたら、丈夫で丁寧な造りの靴を長く使用する方が環境への負担は低いでしょう。

ちなみに、stglitzの靴はどこで購入することができるでしょうか?

森:現在は stglitzオフィシャルサイトと、東京都渋谷区の代官山にある ELIMINATOR というセレクトショップの店舗およびオンラインショップで取り扱っていただいております。

今は注文をいただいてから職人に作ってもらう生産方式のため、納品までには少しお時間をいただきます。

価格は5万円前後と大量生産されるスニーカーに比べると高く感じますが、職人さんに仕事に見合った適正な報酬で靴を作ってもらうためにはどうしてもこのくらいの値段になるので、日本の産業や職人を応援したいという方にも買っていただけたらありがたいです。

山本:インタビューさせていただきありがとうございました。

見た目や流行を追ったファストファッションではなく、産業の構造が抱える問題へのアプローチを靴作りやデザインを通して行っているブランドであることがお話を通して分かりました。

stglitz の取り組みを今後も微力ながら応援させていただけたらと思います。

森:こちらこそありがとうございました。まだ発足して間もないブランドなので、ぜひ応援していただけたら助かります。